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キズナ  作者: 鮎川りょう
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3

「ここが、ぴったりの場所?」

 吾作は辺りを見回した。猫や鼠もいないし、確かに危険な場所とは思えなかった。けれど樹木の陰には難敵ともいえる虫が潜んでいるだろう。そのうえ眼下には目がくらむような眩しい街並みが横たわっている。

「我慢しろよ。指定された条件に見合う場所はここしかないんだからさ」

「指定って、誰にだ。まさか、あの――長老なのか」

「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。問題は、あんたが人間の多く住む場所で生き抜き、悟りを得ることだよ。誰の指図であろうと関係ないんだ」

「冷たいことを言うんだな。鼠に襲われて、死んだらどうするんだ」

「簡単なことさ。死んだら魂は天に昇る。それこそ小人冥利に尽きると思うけどな」

  

 思うはずがない。流刑ではなく追放を受け入れたのは、自由を束縛されるよりましだと結論に達したからだ。それに里の小人の寿命は平均五百歳。まだ吾作はその十分の一しか生きていない。

「なら逃げ帰ってもいいのか」

「かまわないよ。けれど悟りを得ずして里には入れないぞ。黒い影のように彷徨い続けるならそれでもいいけどな」

「黒い影だと」

 やはりこいつは、里と人間界を自由に行き来している。

 だとしたら影たちの末路は惨めだと思った。人間界で生き抜くこともできず、かといって事情を知るこいつにも救ってもらえず、結局行き場を失くして洞窟を彷徨い続ける。

 もしかしたら一部の影は、すでに肉体が朽ち果てるのかもしれない。それすら気づかず浮遊霊となってまで彷徨い続けている。惨めさを通り越して、憐れとさえ思えた。

「さっ、いいかげんに降りろよ。しばらくしたら様子を見にくるからさ」

 吾作を草場に降ろすと、鴉は「あばよ」と言って飛び去った。

  

 とうとう見知らぬ世界で一人になってしまった。里では好んで一人で生きてきたが、ここはモンスターだらけでそうもいかない。吾作は草むらの中で腕を組んで、この先どうしようか考えた。頭の中であらゆる生きものの姿をイメージし、危険な生物か安心な生物かを選別した。

 まず頭に浮かんだのは鼠と野良猫だ。しかし彼らが小人を庇護するわけがない。獰猛のうえに勝手すぎるような気がした。次に浮かんだのは犬だ。例外もあるが、忠実であるし吾作の命令を聞く可能性もある。ぱんと手を打ち、犬を手なずけようと思ったが、すぐに究極の疑問に行き当たった。

  

「何を喰うつもりだ。まさか一緒に残飯を漁って、それを日々の糧にして生きるのか」

 無理な話だった。

「やはり人間しかいない」

 そう結論づけて、吾作は大きな溜息を吐いた。人間はなまじ知能があるため、見世物にされる恐れがあるからだった。美味いものを食べさせてくれて重宝されるかもしれないが、その反面、吾作の最も大切にしている自由が損なわれる。

 考え込んでいたらきゅーと腹が鳴った。詮索はよしにして、まずは腹ごしらえだと吾作は草むらを出た。

  

 土の少ない場所だった。緑も極端に少なく、ぽつんぽつんと申し訳ていどの木が植えられているだけ。道はすべて建物とは異なる石で舗装され、ときおりそこを車が猛スピードで走り去っていく。

 こつこつ甲高い靴音を響かせ人も歩いていた。大きさは鴉の比ではなかったが、吾作の神経はすでに麻痺していた。天を突くような大巨人であれ、もうどうでもよくなっていた。見つかったら逃げればいいことだし、幸い、小さな吾作は隠れ場所には不自由しなかった。

 ただし、そこで注意しなくてはいけないのが鼠とゴキブリだ。彼は素早いうえに狂暴、ばかりか吾作が身を隠そうとする場所は、彼らの通り道であり餌場の可能性が高い。

  

 鼠とゴキブリに注意しつつ番犬のいない家を捜し、忍び込もうと様子を窺った。しかしどの家も戸締りが厳重で簡単に忍び込めそうもない。

 考え込んでいると、またまた疑問に行きあたった。

(忍び込むって、泥棒の真似をするつもりなのか)

 里に食いものを盗む者はいなかった。というより昼食でも夕食でも客をもてなす習慣があった。

 ここではそうはいかない。

 住人が短気な者であれば棒で追い払われるであろうし、欲深い者であれば捕まって檻の中に閉じ込められてしまうだろう。そもそも戸締りされた家の中に忍び込むこと自体、吾作の性分に合わなかった。

 仕方がない。危険かもしれないが光の密集する中心地へ移動するしかないだろう。

  

 人に見つからないよう障害物に身をひそめながら歩いていると、かぐわしい匂いが鼻に入りこんできた。覗き込むと正面に赤い提灯がぶら下がっていた。周囲に天敵の犬や猫の姿はない。とうぜん戸締りもしていなかった。

 里ではこういった店で酒を飲む習慣はなく、行動の理由がわからなかったが、人が出ていくときに店の人間に何やら渡していた。たぶん御礼の金だろう。吾作は布袋から硬貨を一枚取りだし、握りしめた。

 最大限の警戒を怠らずに裏へまわり込んだ。そっと忍び込み、硬貨を置いて、まんまと酒と肴をかすめ取るのに成功した。さっそく裏路地で食べようとしたとき、そこに目をぎらぎらさせる鼠がいた。

 目が合うと、いきなり牙を剥きだしにして突進してきた。吾作の身体が鼠の半分にも満たないため、容易い相手と判断したのだろう。

「なめんじゃねえ!」

 と腰の短剣を抜いたが、鼠のスピードは速かった。到底対処しきれない。吾作は一目散に逃げた。

  

 無我夢中で走り、公園が見える場所まで戻った。荒くなった息を整えながら吾作は思う。里では皆にない能力を持っていることで有頂天になっていたが、いったいそれが生きるのに何の役に立つのだろうかと。

 確かに人の考えていることが透けて見える。調合した薬草を飲めば、その人の過去や未来までわかる。でもそれだけでは腹の足しにもならない。

 どうしてそんなつまらない力ではなく、念じただけで物を動かすとか眠らせるとか、そうした強い力を持てなかったのかと悔やむ。そうすれば鼠なんかにびくびくしないで済んだはず。だからといって鼠や猫をしとめて食べたいとは思わない。魚なら我慢できるが、川がどこにあるかわからないうえに水が不得手ときては、やはりメダカさえ捕獲できないような気もする。

  

 お腹が空きすぎて考えがまとまらない吾作は、辺りを注視しながら公園の中へ入り込んだ。

 大木の横で、一人の少女が身を乗りだし列車を眺めていた。じっと動かず、どこか思いつめた感じにも見える。近づいてみると右手に白い杖を突いていた。白い杖が何を意味するのかわからなかったが、直感でぴーんときた。たぶん少女は目が見えないのだ。

  


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