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思惑

(ルドベキア帝国の皇弟殿下ですって!?)


驚愕の表情を浮かべるアイリス。


(私とエリンジウムとの間に割って入り、諍いを止められるほどの身分はほんの一握りだ。まさかルドベキア帝国、皇弟のクレム・ルドベキア殿下だなんて。)


私が作った作品の主人公である、アイリスが助けられたり希望を抱くような展開は絶対に描かなかった。酷い日常を、当たり前の景色として認識するよう強く思い込む必要があったから。

誰かに助けてもらえる展開など、あってはならない事だった。


「突然のお話で、そのように驚かれるのも無理はありません。実はエーデル公爵は、幼い頃私の家庭教師をしてくださっていました。」


「師であり父であると思っている公爵が、数年前から病に臥せることが増えてきた折私に申されたのです。」


「苦しい思いをしている大切な娘と、純粋な心を持つ孫を助けて欲しい。」


「私は恩師であるエーデル公爵の願いを叶えるため準備をし、ここまでご令嬢をお迎えにあがる事が出来ました。」


(彼が嘘をついている様子はない。でも、だからこそ言わなければならないことがある。)


ぎゅっと指を折り、両手で震える手を隠すように握る。「・・・フォンテーヌお祖父様が母と私を助けたいという意志を持ち、皇弟殿下にご依頼なされたことは分かりました。」


(不敬かもしれない。でも、誰かを、たくさんの人々を巻き込みたくはない。今は怖くても言うしかない。)


「ですが、国際問題になってしまうのではないでしょうか?

私は未だ婚約者という身ですが、あと2ヶ月後の卒業パーティーが済めば、私は正式にピオニー王国王太子妃という立場になります。」


(こんな事を言ったら、いよいよ私は不敬だと捕らえられてしまうかもしれない。でも、私の首だけで済むのであれば容易い。何千、何万の命に比べたら。)


ゆっくりと深呼吸をし、アイリスは決意したように力強い視線でエメラルドを模した瞳を捉える。


(善意で助けてくださる方のお顔に泥を塗りたくはない。)


「・・・皇弟殿下のご厚意で、私共に温情をかけて下さったことによりルドベキア帝国が私を攫った・・・。という最悪の悪名が広がってしまう事が考えられます。そうなれば、ルドベキア帝国への不信は免れないはずです。」


(他人を巻き込み国を巻き込み、罪もない人々の血が流れてしまう。犠牲になるのは私だけでいい。)


「私はフォンテーヌお祖父様たっての願いといえど、ルドベキア皇弟殿下からのお話はお受けできません。」


沈黙の流れる病室内。

両公爵は、事の成り行きを見守っている。

ミモザとベルフラウも、心配そうにこちらを伺っているのがわかった。

少しの間の後、口を開いたのはクレムだった。


「聡明な方ですね。私の身と国を案じてくださりありがとうございます。どうやら、エーデル公爵に貴女はよく似ていらっしゃる。」


「おじいさまに? 私が?」

呆気に取られているアイリスを見てクスッと微笑むクレム。


「実は、少し意地の悪いをことしてしまいました。不快に思われたら申し訳ありません。」


優雅な話し言葉には皇族の気品を感じ、にこやかな笑顔は周囲を穏やかな雰囲気にさせている。だが、どこか飄々としていて全容が読み取りにくい。仮面の裏に、真意を隠すような物言いをするクレムに対して思案を巡らせる。


アイリスは転生前の幼い頃から、兄の顔色や態度・雰囲気を見るだけで瞬時にその日の機嫌や様子が把握できた。

自分の身を守るための危機管理能力が、自然と身についた結果に過ぎない。だが、それは対人関係においても真価を発揮していた。


初対面では特に態度や立ち居振る舞いに話し言葉、話す内容全てを脳が吸い込む感覚を覚える。

瞬時に自分にとって、害があるか無害かを判断することもできた。信用にたる人物であるか、はたまた危険な人物であるかを察知し回避できる。


だがクレムには、ある種の不気味さを感じていた。

眼前にいる人物の思惑を、読み取ることは不可能だった。にこやかな笑みも、どこか含み笑いに感じてしまう。


「今後のためお話ししておきたいこともありますが、ご体調が優れないことでしょう。

また改めて体調が回復された後でよろしいかと。」


「明日は歓迎のため夜会を催して頂けると伺っておりますし、またお会いいたしましょう?」

どこか様子を伺っているアイリスを察してか、クレムは笑みを崩さずに話す。


「はい。承知いたしました。

殿下のお心遣いに感謝いたします。」

アイリスが座ったまま礼をすると、どこかクレムは満足そうに頷くと、踵を返し病室からストレリチア公爵・サイネリア公爵を伴い退室していった。


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