向日葵
虚ろとした視界の中で覚えているのは、久方ぶりに触れた誰かの心の暖かさ。
目を覚ますと見たことのない、真っ白な天井。ベッドにどうやら寝かされているようだ。カーテンが周囲を囲っていて、外の様子を伺うことはできない。
ふと体を起こすため手をつくと、痛みで雷が走るような不快さに顔を顰めた。
不快感を感じた元凶を確認するため右手に視線をうつす。
「あ、れ? 」
(綺麗に処置してくれてる?)
(いや、おかしい。殿下に私は手を強く掴まれて傷口が開いて、出血までしたよね?)
「んー?」と1人首を傾げていると、カーテンの開く音がした。
視線を向けると、
ふわふわ癖毛の金髪をポニーテールにし、制服の上に羽織っている白衣が見えた。
「アイリスっ!!!!!!」
彼女は起きている私を確認するや否や、持ってきてくれたであろう水の入ったグラスとトレーを、ガシャンと床に落として走って抱きついてくる。
「アイリスぅ...!よかったよぉー!
心配したんだよぅ!!!!」
涙を流しながら強く抱きつかれる。
「み、ミモザ!苦しいよ!
というと、加減するように力を弱めてくれた。
「うわーーん!!よかったよぉ!」
と泣きじゃくるミモザを落ち着けるように、頭や背中を撫でてあげる。
彼女はアイリスの数少ない親友の1人だ。公爵令嬢ミモザ・サイネリア。父親は衛生兵を指揮している。そのため学園でも手伝いで衛生部門を担当しており、生徒の健康管理や公衆の衛生を良くするため尽力している1人だ。
アイリスにとってミモザは柔らかで、そっと寄り添い暖かな優しさで包み込んでくれる。花畑に咲く向日葵のような人だ。前世でもミモザのように心の暖かい親友がいた。以前死ぬ前から兄に行動を制限されていたから、何年も会えずにいた親友の1人。
「ミモザぁ...会いたかったよ。
久しぶりで、元気そうでよかった!!」
思わずミモザにつられてポロポロと涙が止まらなくなってしまう。
「え!?アイリス大丈夫?傷が痛むの?というか、久しぶりって毎日会ってるじゃない!
もーー!泣かないのー?」
「どうしたのアイリスぅ〜?」と困惑するミモザに涙を拭いてもらった。ミモザはアイリスに抱きついた体を離してベッドの縁に腰掛ける。
「私なんでここにいるの?医務室よね?」
なんとか思い出すよう眉間に皺寄せているが、靄がかかったように先刻の記憶が思い出せない。
「アイリスは覚えていないの?
ここに、アイリスを連れてきてくださった方がいらっしゃるのよ!」
朧げに思い出すのは艶やかな色。
鉄色の外套を纏い、穏やかに流れる渓流のような長い瑠璃色の髪。上質なエメラルドを思わせる瞳。
「思い出した!!!こうしてはいられない!
私をお連れしてくださったお礼をお伝えしなくては...!
お名前を伺えなかった。ミモザは助けてくださった騎士様の御尊名は聞いた?
どこの家紋の騎士様だったの!?」
全身の血が引く思いで焦って矢継ぎ早に聞いてしまい、ミモザの肩を両手で掴んでしまう。
「アイリス落ち着いて!!大丈夫だから!」と体の小さなミモザに、わたわたと焦る様子で宥められる。
「ミモザは知ってるんでしょう!お願い!殿下に睨まれたらこの学園で生きていくことは難しい。
私が標的になって八つ裂きにされようと、殺されようと、打ち捨てらても構わない覚悟で対峙していた。
でも、私を助けてくれた誇り高い騎士様にご迷惑がかかることは許せないの!」
ミモザの小さな肩をがっしり掴んだまま、
「お願いよ!」と懇願した。
「私はアイリスが打ち捨てられたり、殿下に八つ裂きにされる方が嫌だよ!前からそうだけど、自分を犠牲にして他人の幸せを願うんじゃなくてアイリスも幸せになる未来を見て欲しいのー!!」
「私は幸せになる価値がないもの!それはミモザとベルの仕事でしょう?」
「ちーーがーーーうー!!!
アイリス可愛いくて美人なんだから、殿下より幸せにしてくれる人と出会ってアイリスを大切にしてくれる人と結婚してほしいのー!」
「私は可愛くも美人でもないし結婚も、家同士で決められているから私が選べないのよー!」
「むぅーーーー!!!」
以前の生でも会う度にこのような応酬をしており、とても懐かしくなってしまう。お互いに息切れするくらいの音量で話しており、ミモザの肩から手を離した。息を整えるため膠着状態に陥る2人。
「こんな事を話したいんじゃなくて、騎士様を知りたいのよ...?学園では私と殿下の口論に割って入る事が出来る人は、身分の関係で殆ど居ないもの。」
「うーーーん。どうしたらいいのかな。
私もお父様から「あの方は大丈夫だから言うな」と
言われているの。わたしだってっ!どうしたらいいのかわからないよー!」と言いぐすぐす泣き出す。
「ごめん!ごめんねミモザ!
泣かせるつもりはなかったの!」
ふわふわ触り心地の良い頭を撫でて落ち着かせるように促す。
「ごめんねぇアイリスぅ。
私にできたのは傷の処置だけ...。」
大きな瞳から溢れる涙を手で拭っている。
「ダメだよそんな風に乱暴に手で擦ったら!
・・・せっかくの綺麗な瞳が腫れちゃうでしょう?
これで優しく拭いて?」
ポケットに入れていたハンカチを手渡すと、徐々にミモザの状態も落ち着いてくる。
「傷が深くて、少し縫ったの。しばらくは痛いかも。
それに、傷跡がなるべく残らないよう縫ったけど、毎日の洗浄と消毒、薬は必ず塗ること!」
「いい?わかった?」と念を押され、
「わかってるよ」と言うと「絶対わかってないー!」とポカポカ頭を叩かれて怒られた。
カーテンがスッと開く音に2人で思わず視線を向けると、そこに立っていたのは男女3人だった。




