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対峙

ズキズキとした痛みで目が覚めた。

痛みの原因は、昨日テッセンにより負わされた傷にある。

ゆっくりと包帯を外していくが、傷口にガーゼと包帯がべたりとくっついてしまっている。

侍女に頼み、身支度と洗顔のついでに多くお湯を持ってきてもらった。侍女に絹糸のような髪は編み込んでハーフアップにしてもらった。


身支度の後傷口の処置に取り掛かる。

くっついている包帯ごと皮膚をふやかす事で、ようやく取る事が出来た。だが、かさぶたを少々巻き込んだようで再び出血してしまう。

「はぁ・・・。」やるせなくて、思わずため息が漏れる。

やはり想像した通り、傷口は赤みを帯びて腫れていた。化膿しているが傷薬も化膿止めもない。

止血した後は同様に包帯を巻きつけて終わらせた。

ここまで時間がかかりすぎてしまい、登校時間が迫っていたため朝食は諦めて、足早に待たせている馬車へと乗り込んだ。


学園は王宮に隣接し存在している。

王妃教育も受けていたので、内部は網羅している。

正式に王太子妃になるまで、王妃教育は続けられるのが慣例だ。

だがアイリスは大変優秀で、何をさせても器用にこなすため大部分が流れるような早さで終了してしまった。前代未聞だそうだ。

この状況を感謝しなければいけない。自由に動けるのも、王妃教育が終了しているお陰だった。


学園に入るなり、いやに目に付く2人組。人の婚約者に媚びているあの女。

「みなさま、ご機嫌麗しゅうございますわ。」

王太子からエスコートを受けているのは、クロームス伯爵家のカルミア令嬢だ。

アイリスの事が目に入ったのか、2人が近づいてくる。

「アイリス様。ご機嫌麗しゅうございます。お1人でいらっしゃっる事を存じ上げていれば、私1人で登校致しましたのに・・・。

申し訳ありません、先に言って下されば良いのに。」

と言うのはいつも口だけで、一層エリンジウムの身体に擦り寄っている。

この国での令嬢はロングヘアが基本の髪型だ。

だがこの令嬢は「学園の流行りを作りたい!」という思想で、自慢のブラウンヘアはバッサリ肩の位置で切ってしまっている。

持ち前の豊満な身体を際立たせるように、制服を着崩し胸元を見せている。


(このキャラを作ったのは私だけど、さすがに下品。)

顔に表情は出さぬようにしたつもりだったが、すり寄っている女からキッと睨まれた気がした。

それに負けないよう、強い眼差しを二人へ送る。

「私は、あなたに名前で呼んでいいと許可は出していない筈です。クロームス伯爵令嬢。

それに殿下のお考えを邪魔せず、自らの身を引くことも大事な婚約者の務めですわ。」


「ひ、酷いですわ!あんまりです!私は、アイリス様とは幼い頃から一緒に過ごした家族だと思っておりましたのに!」

王太子にもはや人前で抱きついている事に対し、周囲の学生はもはや慣れてしまったようだ。

傍観する人や、聞き耳を立て噂話を流す人など様子が見てとれる。


「ナスタチウム公爵令嬢。言い過ぎではないか?

カルミアはただ、令嬢の事を気遣い発言したにすぎない。それに、幼馴染で家族同然のカルミアにこのような仕打ち。看過することはできない。」

ピオニー王国王太子の、エリンジウム・ピオニーは非常に高慢な男だ。

婚約者のアイリスを名前で呼んだり、しっかりと顔をみられたことすら1度もない。

夜会でのエスコートはしていたが、カルミアが接近してからはそちらに熱を上げているためアイリスの事は放置している。

婚約者を前にあろうことかアイリスから庇うように立ち、カルミアを堂々と腕で抱き寄せている。

金髪青眼で、国王譲りの目つきの悪さを除けば顔立ちは良い。

天は二物を与えず。身長だけはヒールを履いた令嬢と同じくらいになるよう作った。


いつもならここで素直に引き下がる所だが、目標のため2人に負ける事はできない。


「幼馴染? いつのお話でしょう。ご令嬢とは、たまたま出かけた先で仲を深めたに過ぎません。

年月を経ても、昔のような関係が続けば・・・と思っていた時期もあります。ですが今のクロームス伯爵令嬢は、それに値する立ち居振る舞いをしていらっしゃるようには見えません。」


10歳にも満たないような、幼い頃に母とおじいちゃんとよく行く出掛けた先で出会った。

綺麗なお花畑でアイリスは母とお茶をしたり、おじいちゃんと白詰草で花冠を作り遊んでいた。

そんなところに現れたのはカルミアだった。

出会いは本当に偶然で、身分や爵位で人を差別しない母とおじいちゃんの方針もあり、とても仲良くなった。2人で会うことも増えた。


歯車が狂い始めたのは思春期に入ってからだ。

アイリスが、王太子婚約者に選出された後から一変した。

公爵令嬢と伯爵令嬢の爵位はアイリスが思っていたよりも広く、アイリスは国王からたっての願いで王太子婚約者となった。

伯爵邸に赴き、アイリス自身が王太子の婚約者となることをカルミアに伝えていた。

表情に陰りがさしたことに気が付かずに、婚約発表パーティーの日取りとなる。


婚約者のエリンジウムは、アイリスに対して冷酷な態度を貫く。「汚らわしい。」とまるで汚物でも見るかのような目で見られた。エスコートは一切されず一人でスタスタと来賓のもとへ歩いていく。

アイリスが必死についていこうとすると、「どこかへ失せろ。ナスタチウムの出来損ないが。」と捨て台詞を吐き立ち去っていった。家から解放される喜びと、これから愛を育んでいくのだろうと思って疑わなかった。ただ呆然とすることしか出来なかった。


婚約発表パーティ後、王宮の噴水広場で失意のアイリスは立ち尽くしていた。。

アイリスが居るこの噴水広場は、初めて訪れた時から好きな場所になるようにと思い作った。

元々は前世で、おじいちゃんと一緒に訪れていた広場にあった噴水を由来にした。

エリンジウムの母君である、現王妃にアイリスは気に入られ連れられたのが始まりだ。王族又は王族から許可された者しか、立ち入りを許されていない特別な場所。この噴水広場で、ソラリス王妃殿下と初めてお茶会をした思い出の場所でもある。

「こんなにも可愛らしいご令嬢が娘になってくださるなんて・・・私はこの上なく幸せよ!

どうか私を母だと思って接してちょうだいね?」アイリスの両の手を優しく包み込んでくれた。

エリンジウムに遺伝した金髪に、空色を写した瞳。朗らかな笑みは、まるで春の暖かな太陽のようだと思った。


「アイリス。」

背中から聞き慣れた声。


1人で心休まる特別な場所に勝手に入ってきたのは、カルミアだった。



振り返ると夜会のドレスを纏った令嬢がそこにはいた。


「なぜここに?

許可がなければ入れない神聖な場所よ。見つかったら処罰されてしまうわ。」

慌てるアイリスをよそに、不思議なほど落ち着いているカルミア。


「許可なら頂いています。

()()()()()()殿下に。」


先ほどまで一緒にいた、アイリスの婚約者。

時が止まったように感じた。まるで異なる言語のように単語を理解することができない。


「えっ・・・・?」

目を見開くアイリスをよそに、話を続けていく。


「婚約者へのご選出、改めておめでとうございます。」


「でも、カルミアは心配です。

なーんの取り柄もないアイリス様が、国母になられるなんて・・・。

今ならまだ間に合うのではないですか?

身を引くなら、今しかありません!」


「私に、エリンジウム様を譲ってほしいのです。」

薄らと頬を桜色に染め上げ、まるで純粋な恋する乙女のように見える。


アイリスの努力は並大抵のものではない。それをわかってくれたと思っていた唯一の友人に・・・。

信じていたカルミアに、裏切られた。

公爵令嬢たる者、婚姻でさえも本人の意思確認は無く受け入れるしかない。断るなんて事はできない。お父様が王家との間で取り決められた縁談だからだ。

「王家との結婚で多額の資金が入る」と浮かれていた事を覚えている。もはや道具としか見られていない。操り人形のアイリスは、他に生きる道を知らなかった。


「いいお返事を、期待しております。」


アイリスを置いて、颯爽と用は済んだと言わんばかりに立ち去っていくカルミアの背中を見ていることしかできなかった。


学園で口論に発展している3人。

傍観者として見ている学園の貴族令嬢、令息たち。

揉めている2人の身分の高さ故、誰も止めることはできず傍観している他ない様子。


アイリスの言葉を聞いたカルミアは、周囲の同情と注目を引くように泣き始めた。

「そんな事を仰られるような、冷酷な人だと思いませんでした。ううぅー、怖いです。エリンジウム様ぁ」

庇ってもらっている腕の中で、号泣し始めるカルミア。


エリンジウムは我慢ならないと言った様子で、苛立っている。

「貴様。ただでは済まさん!!」


アイリスの右腕をきつい力で掴み、捻り上げてきた。

昨日テッセンにより負わされた傷も癒えていない患部に、さらに圧力が加えられる。傷口が開いた音がした。

「殿下!おやめ下さい!」

言っても止まらないのは承知の上で、抗議をするがやはりダメだ。

歯を食いしばり耐えるしかない。


右腕に込められた力が突然軽くなり、解放された。同時にエリンジウムの口から鈍い声が放たれる。


アイリスは強い痛みに膝から崩れ落ちそうになるが、その身体をもしっかりと支えてくれる。

アイリスの右側に立ち、庇ってくれた人物を歪む視界の中で見つめる。

襟足で一括りにされた、風に流れる艶やかな瑠璃色の長い髪。

身長が高く、アイリスも背丈がある方だが明らかに頭一つ以上大きい。騎士のように軽やかな身のこなしで、一瞬にして目を奪われた。


「そこまでにしたら如何ですか?

公衆の面前で暴言を吐き、あろうことか女性の腕を乱暴に掴んだ挙句、怪我を負わせるとは紳士の風上にもおけませんね。」


()()。だと?」

エリンジウムは、先ほどまで己が手で握り潰した箇所へ視線を移す。白い制服の袖が血に濡れていた。

だがそんなことは意に介さず、突然現れ横槍を入れられた事が不愉快な様子。不機嫌を隠そうともしない。


「フン。見ない顔だな。

()をこの国の王族と知っての狼藉か?

それとも、お前は命知らずのただの馬鹿か?」


「ご挨拶に伺う前にお会いすることになるとは、想定外でした。早朝に到着し、宮廷内をご厚意でご案内頂いている最中でしたから。」


「...貴様。何者だ?名を名乗れ。」


余裕なく、負の感情を表に出し続け威嚇するエリンジウムに対し涼しげに微笑む騎士様。


「今はこちらのご令嬢の治療が優先です。

また後日夜会でお会いしましょう。」


アイリスの顔を不意に覗き込まれる。切れ長のエメラルドを思わせる美しい瞳に魅入ってしまう。


「歩けますか?

・・・顔色が悪い。

医務室へお運びします。

しっかり捕まっていてください。」


身体が宙に浮いた気がした。

傷の痛みで抵抗する気も起きず、不思議と居心地の良さを感じる腕の中で大人しく身を委ねることにした。

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