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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第二章 闇魔法と魔族、そして『魔女』

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3-8 一方その頃、エヴァンズ子爵邸では ★三人称視点



 三人称視点です。


――*――


 ミアがオースティン伯爵家に移ってから、二日後。

 昼を少し過ぎた頃、エヴァンズ子爵家を訪問する者があった。

 聖女マリィと、神殿騎士である。


 数日前に門前払いをくらってから、彼らはすぐにエヴァンズ子爵邸宛てに魔法通信を送った。

 今日が、子爵邸訪問の約束を取り付けた日なのだ。


「こんにちはぁ。呪いと怪我の調査へのご協力、ありがとうございますぅ」


「とんでもございません。使用人一同、すでにサロンに集まっております。なるべく早く済ませていただけると助かります」


 応対するのは、セバスチャンと名乗った、壮年の執事だ。

 笑顔を取り繕ってはいるものの、邸を案内する歩調はかなり速いし、その口調も冷たく早口だ。


 だが、マリィは小走りで彼を追いかけながらも、間延びしたようなマイペースな口調で、質問をする。


「使用人一同って、このお家の方々は、いいんですかぁ? どこか悪いところがあったら、ご協力のお礼として無償で治療させていただきますよぉ」


「ご当主様も奥様も、教会には定期的に通われておりますので、問題ありません。心配でしたらそちらで記録をお調べ下さい」


「お子さんはいないんですかぁ?」


「学園に通われており、不在でございます」


「学園生ですかぁ。そしたら、問題ないですねぇ」


 王立貴族学園では、年に一度、ちょうどこの季節に定期検診が行われる。その際に聖女も派遣されるため、わざわざ帰宅を待ってまで、マリィが調べる必要はないだろう。

 ただし、子爵家の子どもたち全員が学園に通っているわけではない――だが、わざわざそれをセバスチャンが言う必要もない。


 セバスチャンは、うまく誤魔化せたことに安堵したのか、マリィに背を向けたまま、密かに息をついた。

 そしてマリィも、そのことに気づく気配はないまま、サロンの扉が開かれる。


「皆さん、こんにちはぁ。私は、南の丘教会から来た、聖女のマリィです。じゃあ、皆さんを簡単に見させてもらいますねぇ」


 サロンに案内されたマリィは、ぺこりとお辞儀をすると、使用人たちをざっと見渡す。

 しかし、マリィの見える範囲には、呪いの黒い靄はなかった。大怪我をしている様子の者も、見受けられない。


「本当にこれで皆さんですかぁ?」


 マリィは、振り返ってセバスチャンに確認する。


「ええ。全員でございます」


 セバスチャンは、即答した。


「そうですかぁ……一応、一人一人見させてもらいますねぇ」


 マリィはそう言って、聖魔法を使って一人一人順番に怪我や体調不良がないか、確認していく。

 しかし、軽い火傷や切り傷がある者、腰痛がある者などはいたが、大怪我の痕跡や、聖魔法による治療痕がある者は見当たらなかった。

 マリィは、首をひねる。あの新人は、確かな筋からの情報だと言っていたのに。


「あれれ、おかしいですねぇ……」


「お調べが終わりましたら、仕事に差し支えますので、お帰りいただいてもよろしいでしょうか?」


「うーん……わかりましたぁ。あ、あと、ひとつ確認したいことがあるんですけど」


「何でございましょう?」


「ストール、届いていませんか? えっとぉ、『ブティック・ル・ブラン』っていう刺繍がされてるらしいんですけどぉ」


 マリィがそう問いかけると、セバスチャンは一瞬だけ……ほんの少しだけ喉を上下させた。


「……申し訳ございません、存じません」


「……そうですかぁ。なら、いいですぅ。お邪魔して、すみませんでしたぁ」


 マリィはセバスチャンの態度が気になったものの、知らないと言い張るのなら、これ以上の情報を引き出すことはできないだろう。

 そうして、マリィはぺこりと一礼して、エヴァンズ子爵邸を去ったのだった。



 南の丘教会に戻ってきたマリィは、礼拝堂や治療室を通り過ぎ、教会の奥、関係者しか入れない場所へと向かった。

 神殿騎士が常に二人一組で厳重に警備している扉をくぐる。

 外でお供をしてくれていた神殿騎士も、入れるのはここまでだ。


 マリィはひとり、地下へと続いている長い長い螺旋階段を進んでいく。

 螺旋階段の途中にある扉はすべて無視して、最下層へと向かった。


 螺旋階段の最下層は、広い円形の空間になっている。

 その壁と同化するように、同じ色、同じ模様の、大きな扉がしつらえられていた。


 聖魔法の光でぼんやりと青白く照らしているが、魔法やランプの光がなければ真っ暗闇。

 よくよく知っている者でなければ、壁と同化している扉の存在には気がつかないだろう。

 そして、この分厚い金属製の扉は、物理で破ることもできなければ、魔法で破ることもできない――なぜなら、この扉は、魔封じの素材で作られているから。


 マリィは、手慣れたふうに扉に手を触れると、手のひらから弱い聖魔法を流し込む。

 ほどなく、扉の表面に、紫色に光る文字と数字が現れた。

 魔封じの扉には『施錠(ロック)』の魔法を使用できないため、聖魔法と暗証番号で鍵をかけているのだ。


 マリィは、分厚い魔封じの扉に施された、複雑な数字と記号が羅列された鍵を、解錠していく。

 十桁以上にも及ぶ無作為な番号を、彼女は完璧に覚えていた。

 入るときと出るときで異なる暗証番号を入力しなくてはならず、しかも扉は一枚ではない。

 マリィが扉を開けると、短い廊下の突き当たりに、再び同じ扉があった。

 異なる暗証番号でロックされているその扉を開けると、また別の扉が――。


 まるで牢屋のように厳重に警備された、この教会の地下。

 自由にここを出入りできるのは、暗証番号を管理している神官長と、彼の娘で生まれつき『映像記憶』が備わっている聖女マリィだけだ。


 ここ、『南の丘教会』は、特殊な教会である。

 王国中に点在する他の教会とは、成り立ちからして異なっていた。


 普通の教会は、王都中央教会から聖女と神官、神殿騎士が派遣されてくる。

 聖女たちの顔ぶれが入れ替わることも、常駐しないことも、ままあるのだ。

 だが、『南の丘教会』のメンツは、ほとんど入れ替わることがない。

 なぜなら、そこは、『罪人』が集まる教会だから――。



 マリィは最後の扉を解錠すると、とある人物の部屋へと向かう。

 部屋をノックすると、すぐに扉が開いた。


「ただいま帰りましたぁ。言われた通り、エヴァンズ子爵のおうちに行ったんですけど、呪いにかかった人も、怪我人も、ストールもありませんでしたよぉ?」


「……なんだって? そんなはずが」


 驚き目を見開いたのは、緑の髪と瞳の男性。

 その部屋の扉にかかっていたプレートには、『ヒース』と記名されていた。



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