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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第四章 魔道具と魔石

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2-25 思い出の品より大切なもの



 魔法騎士団の仕事を終えて、私を迎えに来てくれたウィル様は、三人が私に頭を下げているのを目の当たりにして、引きつった顔をした。


「あ、ウィル様、お仕事お疲れ様で――」


「……ミア。何があったんだ? この三人に何かされた? 嫌なこととか、辛いこととか、それともセクハラされ――」


「違いますからっ!」


 ウィル様が怒気とともに冷たい魔力を身体から放出した。ウィル様は怒ったりすると、無意識になのか、こうして冷気を発することがある。

 私は寒気を感じて、慌てて否定した。だが、カスター様が神妙な顔で、ウィル様に余計なことを言う。


「ウィル、ごめん。実はお前に許可も取らずに、大切なものを勝手に――」


「なに!? カスター、俺のミアに何をした!?」


「だから違いますからっ!」


 ……どうしてこう勘違いさせるようなことを言うのか。

 そう思ってカスター様を見ると、ニヤニヤ笑いそうになるのを必死に隠している様子だった。どうやら、ウィル様をからかって楽しんでいたようだ。


「いくらカスターとはいえ、やって良いことと悪いことが……」


「ぷくくっ」


 ついに耐えきれなくなったらしいカスター様が、おかしそうに吹き出した。さっきから肩を震わせてそわそわしていたビスケ様も、一緒になって笑い出す。

 ウィル様も楽しそうな二人に毒気を抜かれたのか、先程から発していたうすら寒い気配も、一瞬で霧散した。


「あはは、面白いな、最近のウィルは。ほんと、ミア嬢のこととなると人が変わったみたいになるよな」


「愛ねえ、うふふふ」


「……ほっといてくれ」


 二人の生暖かい視線を受けて、ウィル様は、顔を赤くして睨み返した。


「で、『大切なもの』の話だけど、ほら、これのことだよ。朝、お前が落としてった」


「ん? 『癒しの護符』? ああ、落としてたのか」


 ウィル様は護符を落としたことに気がつかなかったようだ。騎士服のポケットに手を入れ、中を確かめる。


「拾ってくれたんだな。ありがとう」


「どういたしまして。それで、謝らなきゃいけないことなんだけど――真ん中にくっついてる石、もしかしたら魔石なんじゃないかと思って、急遽測定させてもらったんだ。傷つけないように気をつけて検査したんだけど、大切な思い出の品物、勝手に借りてごめん」


「ああ、なんだ、そんなことか。そのぐらい、全然構わないよ。思い出の品より、今はもっと大切なものができたからね」


「ふぇっ!?」


 ウィル様が不意打ちで飛ばしてきた甘い視線に、思わず変な声が出てしまう。

 顔を熱くする私をひとしきり見て、「ふふ、可愛い」と満足そうに笑ってから、ウィル様はカスター様へ向き直った。カスター様は、「またか」という表情でこちらを見ている。


 ウィル様は咳払いをして、続けた。


「ごほん。……で、魔石だって? この石が?」


「組成からしてほぼ確定だな」


「でも、魔石は黒いだろう? 魔石は何度も見る機会があったが、魔獣の種類も強さも大小も関係なく、どの魔石も全て一様に黒かったぞ」


「何かの理由で色が変化したのかな?」


「色の変化か……」


 ウィル様は、護符の魔石を見つめながら、顎に手を当てた。


「そういえば、この石、もともと真っ白だったんだ。気づいたら透明になってたけど」


「それって、つまり――」


「はいはい、そこまで。今日のところは、測定したばっかりで資料もまだまとまってないし、憶測は後ね」


 話が長くなりそうだと思ったのか、ビスケ様が手を叩いて、ウィル様とカスター様の会話を遮った。


「特別実験室、せっかく借りてるんだから、実験が先よ。借りられる時間が決まってるんだから。室長、一人でさっさと行っちゃったし」


 そういえば、アラザン室長がいつの間にかいない。先に実験室に向かってしまったのか。


「特別実験室? ……何の実験をするのか知らないけど、俺とミアはもう帰った方がいいのか?」


「ううん、ミア嬢の力が必要なのよ。さっきは、それで三人揃って頭を下げてたってわけ。――あ、ミア嬢、お返事はどうかな?」


「あ、そうでした」


 そういえばウィル様が乱入してきたから、返事をしていなかったんだった。


「もちろん、今後も協力させていただきますわ。私がお役に立てるのなら、いつでもお呼びください」


「やったー! ミア嬢、ありがとう!」


「きゃっ!?」


 ビスケ様は、両手を上げて喜んだと思ったら、私にぎゅうと抱きついてきた。

 ウィル様が口を尖らせてこちらを見る。彼女は、抱きつき癖がある人なのだろうか。


 身動きが取れずにわたわたしているのに気づいたのか、ビスケ様は、謝りながら私を解放した。


「あっ、ごめんね、ミア嬢。苦しくなかった?」


「だ、大丈夫です」


「じゃあ、実験室に向かいましょうか。歩きながら、ウィル君にも説明するわね」


「ああ、頼むよ」


 そうしてビスケ様が携帯用の遮音魔道具を起動し、今日あったことを説明しながら、私たちは特別実験室のある別の棟へと向かった。

 




 特別実験室は、主に危険な実験や、大掛かりな実験をする場合に使用される場所らしい。

 何段階も魔力や顔の認証をして、私たちはようやく中に入る。アラザン室長は、すでに大きな器具に魔石を固定して、待機していた。


 魔石は、おぞましいほど真っ黒で、不気味な靄が纏わりついている。

 呪いの靄とは、何となくどこかが違うものの、似たような雰囲気で――幼い頃に一度だけ見た魔獣も、同じような黒い靄に覆われていたことを、私は突然思い出した。


「……準備、もう済んでるよ。ミア嬢、こちらへ」


「はい」


 アラザン室長に促されて、私は魔石のセットされている機材の近くへ歩みを進める。

 魔石の周りには、透明な薄い膜が張られていた。シャボン玉のように、光の当たり具合によって、ところどころ虹色にきらめいている。


「……この膜は、魔石の飛散を防ぐための結界。こっちの板に魔力を注ぐと、それが機材の中を通って、そのままセットしてある魔石に届く仕組みになってる。……要は、事故防止のための安全装置だよ」


 アラザン室長が指し示した銀製らしき板は、機材から少し離れた壁に取り付けられていた。

 両の手のひらを開いた大きさよりも少し大きい。磨き上げられた鏡のように、私の姿を反射している。


「……ここに向かって、『浄化(ピュリファイ)』を唱えてほしい」


 アラザン室長はそう言うと、機材の最終確認に向かった。

 私は不安になって、視線を彷徨わせる。すると、私の不安を感じ取ったのか、ウィル様が私の隣まで来て、微笑みながら頭を撫でてくれた。


「大丈夫。俺がそばで見ててあげるから、ミアは落ち着いて、いつも通りにやってみて」


「……はい」


 ウィル様は、そのまま私の腰に手を回す。

 目を細めて、隣で甘く微笑むウィル様を見ていたら、私の不安もすぐに消え去った。


 ウィル様は、その場から動く気配がない。聖魔法を使っている間、私のそばにいてくれるようだ。


「……準備できたよ。さあ、魔法を唱えて」


 私はアラザン室長に頷き返すと、大きく息を吸ってから、『浄化(ピュリファイ)』の魔法を唱え始めた。

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