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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第三章 トラウマを乗り越えて

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2-13 続く騒動、不安の影



 マーガレットは全てを告白した後、自分の部屋にしまってあった手紙の束を、私に返してくれた。

 保管されていた手紙は、婚約を結んで数ヶ月が経った頃から、先月の分まで。


 婚約が決まった当初は何度か手紙のやり取りをしていたが、いつの間にかそれがパタリと止まってしまったことを思い出す。

 その頃は、直接会って話すのと同じように、互いに探り探りの状態だった。

 時候の挨拶がてら、といった程度の手紙だったので、手紙が止まっても大して気に留めなかったのだ。


 本来なら、仲を深めていくにつれて、手紙の回数も増えるはずだったのだろう。

 二年分の手紙の束はかなりの量になっていたが、それでも、普通の婚約者同士のやり取りにしては少ない方だと思う。

 実際、分厚い束の大半は、ウィル様の性格が突然変わった後のものだ。それ以外の時期は、ほとんど書いても届いてもいなかった。


 この束を開封するのは、ウィル様に報告してからにしよう。

 手紙が無事だったことがわかったら、ウィル様の怒りも、少しはおさまるだろうか。

 マーガレットを、許しては……くれないだろうが、あまり厳しい対応はしないでくれたら、と願う。


「ミアお嬢様。失礼致します、ただいま戻りました」


「シェリー、おかえりなさい。マーガレットと一緒にいてくれて、ありがとう」


「もったいないお言葉です」


 部屋に入ってきたのは、侍女のシェリーだ。

 朝食の後、ヒースの所在がわからなくなったため、少しの間、マーガレットの様子を見ていてもらったのである。


「マーガレットは、どう? 落ち着いた?」


「はい。心のつかえが取れたのでしょう、今はベッドに入ってお休みになっておられます」


「そう……きっと、昨日の晩は眠れなかったのでしょうね」


 私が手紙という単語を口にした時から、マーガレットは、不安な夜を過ごしていただろう。

 朝食の席で見たマーガレットの目の下に、クマができていたのを思い出す。


「ところで、ヒースはまだ見つからないの?」


「それが、誰も行き先を聞いていないらしいのです。ヒースは時々、マーガレットお嬢様の突然のお願いで街へ買い物に出ることもありましたから、皆、今回もそうではないかと言っておりました」


 ヒースは、やはり、デイジー嬢と繋がっているのだろうか。

 朝食の席で、お母様がヒースを連れてくるように命じた時には、もう(やしき)を出た後だったようだ。



 それにしても、昨日と今日で色々なことがあった。

 私も少し横になって休もうか――そんなことを思ってぼんやりしていた時。


「――っ、今のは?」


 シェリーが、突然肩を揺らして、驚きの声を上げた。


「どうしたの、シェリー?」


「いえ、今、外で人の叫び声が聞こえたような……」


「え?」


 シェリーに言われて外に意識を向けると、確かに、何やら近くから人の怒号や何かが壊れるような音が聞こえてくる。


「何かしら……シェリー、窓を」


「かしこまりました」


 シェリーが窓を開けると、誰かが争っているような声や叫び声が、先程よりもはっきりと聞こえてきた。

 窓から見える場所ではないようだが、近くで、何か騒動が起きているようだ。

 ここは貴族の邸宅が並ぶ閑静な住宅街で、争いごととは無縁なのに――私もシェリーも、首を傾げる。


「ミアお嬢様、本日は、腕の立つ使用人がほぼ出払っております。大丈夫とは思いますが、念のため、避難しやすく、施錠もできるサロンでお待ちいただけますか。奥様とマーガレットお嬢様もお呼びして参ります」


「わかったわ」


 私はシェリーに言われた通り、一階のサロンに降りて行き、騒動が収まるまで待つことにしたのだった。





 お客様を迎えるサロンに、私とお母様、マーガレット、そして戦うすべを持たない使用人たちが集まる。

 ここは広くて窓から距離を取ることもできるし、商談などをすることもあるから、中から鍵をかけられるようになっているのだ。


 サロン入り口の扉も、庭へと繋がる掃き出し窓も、しっかり施錠されている。

 普段はタッセルで止められているベルベット素材のドレープカーテンも、安全のために閉め切られていた。

 昼間だというのに室内灯が灯されて薄暗く、息が詰まるような閉塞感がある。


「何があったのかしらね」


「わたくし、怖い……」


 不安な時間は、えてして長く感じるものだ。

 サロンの外で待機している使用人も、閉め切った窓も扉も、外界の情報を何も伝えてはくれない。


 マーガレットは落ち着きなく、爪を噛みながら部屋中を歩き回っている。

 お母様は普段通りのように取り繕っているが、手元の本はずっと同じページのまま、進んでいないようだ。



 しばらくして、扉がノックされる音が聞こえ、私たちはびくりと身を震わせた。


「失礼致します。ご当主様と、オスカー様がお戻りになりました」


 すぐに、聞き馴染みのある子爵家の使用人の声で嬉しい知らせが届いて、私たちは緊張を解いた。


「ああ、良かったわ。シェリー、鍵を」


 お母様はほっと息をついて本を置き、明るい声で内鍵を開けるよう命じた。


「かしこまりました」


 シェリーが鍵と扉を開ける。

 外からは、鉄臭いような、嫌な匂いが漂ってきた。


 玄関の方から、お父様が使用人に何やら指示する声が聞こえてくる。

 その声には、隠しようもなく焦りの色が滲んでいて、私は再び不安に襲われた。


「あなた、お帰りなさ――」


 真っ先にサロンを出て行ったお母様の声は、途中で、悲鳴に変わったのだった。


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