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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留


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閑話 歪んだ愛情 ★マーガレット視点



 マーガレット(ミアの妹)視点です。

 時系列は、第23話の直前(ミアが自分宛に届いた怪しい荷物を開けた後)です。


――*――


「ああ、もう、むしゃくしゃする! 嫌い嫌い嫌い!!」


 ビリビリと音を立てて、破れた枕から羽根が広がる。

 わたくしは自室で、怒りのまま、手元にあるものを投げたり殴ったりして、当たり散らしていた。


「わたくしの大切なミアお姉様を散々傷付けて! どうして今更になって婚約者ヅラするのよ!!」


 ――ウィリアム・ルーク・オースティン。

 何が『氷麗の騎士』だ、黒髪の悪魔め。


 大好きな姉を騙して婚約を結び、それなのに冷たい態度を取り続けていた悪魔。

 最近、訪ねてくる頻度が上がったことだけでも癪なのに、あろうことか、あの男は毎回ミアお姉様と二人きりになりたがる。


 大切なお姉様が、あの黒髪の悪魔に何をされているのか、わかったものではない。

 あの男が訪ねてきた後、お姉様は疲れて気怠そうにしていることが多いのだ。

 もしかしたら、無体を働いているのかも――そう思うと、怒りのボルテージも上がろうというものである。


「マーガレットお嬢様、おやめ下さい」


「わたくしに口ごたえしないで頂戴っ!」


「しかし、今お嬢様が新しく手にお取りになったクッションは、ミアお嬢様がマーガレットお嬢様にプレゼントされたものではありませんか」


 部屋の入り口に立つ従僕(フットマン)のヒースは、わたくしの一喝にも怖がることなく、毅然とした態度を崩さない。

 ヒースの緑色の髪は片側の襟足だけ少し長く、切れ長の瞳が鋭い印象を与える。十代後半のようだが、正確な年齢は知らない。

 彼は男性なのだが、わたくしの癇癪に耐えられる女性の侍女がいなかったから、二年ほど前……ミアお姉様があの男と婚約を結んだ後ぐらいから、彼が侍女の代わりにわたくしの世話をしてくれている。


「まあっ! 本当だわ! 危うくお姉様が刺繍して下さったクッションカバーを、破るところだったわ!」


 わたくしは振り回そうとしていたクッションを、慌てて抱きしめた。

 このクッションカバーは、ミアお姉様がわたくしの誕生日に贈ってくれたものだ。

 可愛らしいマーガレットの花が、丁寧に刺繍されている。


「ところでお嬢様。本日のお手紙でございますが、オースティン伯爵家からご当主様宛に二通、ミアお嬢様宛に一通届いておりました。いかがなされますか?」


「もちろんいつも通り、お父様宛のも全部その引き出しに放り込んでおいて」


「しかし、ご当主様宛のもののうち一通は、差出人がウィリアム様ではなく伯爵となっておりますが」


「……それはさすがに、止めたら駄目な手紙かもしれないわね。そっちはお父様に持って行っていいわよ。あと二通はここでいいわ」


「かしこまりました」


 ヒースは慇懃に礼をして、言われた通り二通の手紙を引き出しにしまうと、他の手紙を持って部屋を出ていった。

 ミアお姉様がやり取りしている手紙を止めるのは、ヒースの発案で始めたことだったが、彼は上手いことやっているようだ。二年前から気付かれていない。


 そもそもこの家では、手紙や荷物の仕分けといった簡単な作業は、一番の新人が行うものだ。

 だが、ヒースは新しい従僕(フットマン)が雇われても、ずっと手紙係を続けている。

 他の仕事を蔑ろにしているわけではないから、誰も文句は言わない。


「ふん、悪魔め……ミアお姉様への手紙を、お父様宛にして誤魔化そうとしてるのはわかってるのよ。その手には乗らないわ!」


 引き出しに入っている手紙は、未開封のまま、ずっと放り込んである。

 あの男がミアお姉様に囁く愛の言葉なんて、目に入れようとも思わない。


「……早く婚約が解消されないかな。ミアお姉様もこれだけの目に遭っているんですもの、すぐに新しい婚約を結ぼうなんて思わないに決まっているわ。そうしたら、これから先、ずっとこの屋敷に――わたくしのおそばにいてくれるに違いないわ……うふふふふ」


 大好きなミアお姉様がそばで笑っていてくれるなら、わたくしはそれで満足だ。

 本当はオスカーお兄様がいなければ、ミアお姉様が家長になるから、婿をとるだけで家を出ないでいてくれたのかもしれないけれど――。


 ちなみに、わたくしがお姉様とあの男の仲を引き裂くために手紙を止めていることを、なぜか王立貴族学園の先輩、デイジーお姉様が知っていた。

 どこから出た情報かはさっぱりわからないのだが、デイジーお姉様とは、その話題からつながって、仲良くさせてもらっている。


 どうやら、デイジーお姉様はあの男のことを射止めたいらしく、わたくしが手紙を止めていることを大層褒めて下さった。

 その件はそのまま続けた方がいいというアドバイスも、もらっている。


 散らばった羽毛の後片付けもせず、ソファーに座ってそんなことを考えていると、部屋の外から使用人の話しかけてくる声が聞こえた。

 ヒース以外の使用人は、無用に部屋に入ってくることはしないのだ。


「マーガレットお嬢様、失礼致します。ミアお嬢様が体調を崩されたということで、急遽オースティン様がお越しになるとのことです。お部屋から出られないようお願い致します」


「何ですって!? お姉様は大丈夫なの!?」


「申し訳ございません、わかりかねます。ミアお嬢様は、今はご当主様とオースティン様以外とは会わないとおっしゃっておられます。マーガレットお嬢様も、お部屋でお待ちください」


 そう言って、使用人は部屋の前から去っていった。


「何よそれ……何なのよ、あの男ばっかり……!」


 本当は、すぐにでもお姉様のところに飛んで行きたいが、お姉様自身がそれを拒んでいる。

 侍女のシェリーも通してくれないだろうし、わたくしは仕方なく我慢することにした。

 かわりに、爪を噛みながらズカズカと窓辺に歩いて行き、窓を思いっきり開放する。


 ほどなくして、馬を駆ってやって来たのは、慌てた様子のウィリアムだった。

 従者もつけず、髪も服装も乱れている。

 馬を当家の使用人に預けると、余裕のない顔で屋敷の玄関へと向かった。


 ちら、とほんの一瞬だけ目が合ったが、取り合っている暇もないとばかりに、あの男は小さな目礼だけして足早に消えていった。


 あんなに余裕のないウィリアムを見るのは初めてで、あの男がどういうつもりでいるのか、わたくしは少しわからなくなった。

 ――もしかしたら本当は、お姉様をきちんと心配しているのかもしれない。

 ならば何故、最初からお姉様を大切にしなかったのか。


 あの男にどんな事情があって、今、何を考えているのかなんて知りもしないが、あの男がミアお嬢様を長らく悲しませていたのは事実だ。

 ならば、わたくしの行動が変わることもない――ミアお姉様を悲しませるものと、ミアお姉様をわたくしから引き離そうとするものを排除するのみだ。


「わたくしは、騙されないわ。全てはミアお姉様の幸せのため。お姉様はわたくしと一緒にいるのが、幸せなのよ。うふふふふ……」


 わたくしは窓を閉めて、クッションを抱きしめ、羽毛の散らばるベッドに転がったのだった。


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