【番外編】ウィルとミアのバレンタイン
世界設定とか色々、細かいことは気にしないでいただけると幸いです(笑)
時系列……というか二人の関係性は、第二部の前半あたりとお考えください。
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今日は、バレンタインデー。
男子も女子もみなどこか浮き足立ち、街角では、悲喜交々の逢瀬が見られる。
そんな中、俺はというと。
「はぁ……こんな高熱、久しぶりだ……」
風邪を引いて、ベッドの住人と化していた。
先週あたりから魔法騎士団でちらほら流行し始めたので、気を付けてはいたのだが……残念ながら、うつってしまったようだ。
「……まあ、今日はどうせ魔法騎士団に行っても仕事にならないから、諦めてゆっくり休むか」
魔法騎士団は、花形の職業だ。
バレンタインの日は、例年、女子の群れとチョコの山が押し寄せてくる。
それを喜び、調子に乗るような騎士もいるが、俺はあの喧騒が心底苦手だった。
騎士団の入り口で巻き込まれるのを避けるため、逆行前は、大抵前日から夜番で出勤し、そのまま丸一日騎士団の建物内から出ずに仕事をして、深夜にこっそり帰宅するようにしていたぐらいだ。
「……食欲もわかないな」
何も食べる気が起きず、俺は布団をかぶって眠ることにした。
*
眠ってからどれぐらい経っただろうか。
なんだか甘い匂いが漂ってきて、俺は目を覚ました。
「……ん」
「あら……ウィル様、起こしてしまいましたか? 申し訳ございません」
――目を開けると、天使がいた。
「……ミア……?」
「はい。お邪魔しております。ウィル様、お加減はいかがで――」
「――ああ、ここは天国なのか? 目の前に天使がいる」
「もう! そういうの、やめてください。熱病にかかっている時にそんなこと、洒落になりませんわ!」
「はは、ごめんごめん。……ミア、お見舞いに来てくれたんだね。嬉しいよ」
心配そうに俺の顔を覗き込んでいるミアに手を伸ばそうとして、やめる。
無闇に触れたりして、ミアに風邪がうつってしまったら大変だ。
聖魔法では、外傷や毒は消せても、感染症や病気は治せない。
「……嬉しいけれど、早く帰った方がいい。うつしてしまうかもしれないから」
「ウィル様……ご自分が大変な時にまで、私に気を遣ってくださらなくても、良いのですよ。あ、そうだ」
ミアは、触れることなく離れていく手を、少しだけ寂しそうに見つめる。
それから、手に持っていた紙袋を広げ、可愛くラッピングされた箱を取り出した。
「これ……、子爵家の料理長にレシピを教わって、作ってみたんです。体調が良くなったら、召し上がってください」
「――! こ、これ、ミアが? ミアの手作り!?」
ミアが、俺のためにチョコを手作りしてくれた。逆行前は、一度もなかったことだ。
俺は、ただでさえ熱くなっている瞼の裏側が、さらに熱を持ち始めたのを自覚した。
「こっ……こんな幸せがあっていいのか、俺……ううぅ」
「もう。毎度のことですけれど、大げさですわよ、ウィル様」
「だって、だって、ミアが俺に……! ぎ、ぎ、義理じゃないよね?」
「……当たり前ですわ。これからは毎年、ウィル様に、ほ……本命チョコ、お渡し致しますから。だからそんなに――」
「うぉぉぉぉ」
思わず雄叫びを上げると、ミアにちょっぴり引かれてしまった。寝て起きて、一度下がった熱がまた上がっていく。
だが、それは風邪で上がったものとは違い、心地の良い熱で――甘くて、熱くて、自分自身が溶けてしまいそうだ。
「ねえ、ミア……今、開けてみてもいい?」
「ええ、もちろんですわ」
可愛らしく結んであるリボンをほどき、破らないよう丁寧にラッピングを開いていく。
そしてついに、箱の蓋に手をかける。どきどきと胸が高鳴る。
「こ、これは」
箱に並んでいるのは、少しだけ歪な形の、トリュフチョコだった。
綺麗な丸ではないけれど、手作りということがよく分かって、これ以上ない喜びが胸に湧き上がる。
「その……形が、少し……」
「すごく嬉しいよ! 俺のために、こんなに難しそうなチョコを……。ああ、本当に、何よりも嬉しい」
少し恥ずかしそうにするミアの言葉を遮って、俺は思ったままの言葉を告げる。
「ねえ、ミア、ひとつ食べてもいい?」
「ええ……見た目はこうですけれど、味は保証致しますわ」
「ふふ、じゃあ早速……」
「あ、待って下さい」
ミアは、チョコに手を伸ばそうとする俺を遮ると、自身でチョコを一粒手に取った。
「ミア……?」
「ウィル様……、あ、あーん」
俺はあまりの衝撃に、目を見開いて固まってしまった。
ミアの顔は、俺よりも熱が高いんじゃないかと思うほど赤くなっている。
俺がそのまま固まっていると、ミアがチョコを元の所に戻そうと考えたのか、箱に視線を動かし始めて――俺は慌てて、口を開けた。
「……っ、あむ」
ミアが俺の口にチョコを運ぶ。
甘い香りと、柔らかな感触に、くらくらしてしまう。
なめらかで濃厚な舌触り。甘い香りが鼻から抜けていく。
「そ、その……お嫌でした、よね。ごめんなさい……、こうして差し上げると、ウィル様はきっと喜ぶとアドバイスされまして……」
「……んぐ、嫌なんかじゃない。俺……生まれて初めて、バレンタインっていいな、って思った」
ミアの手作りチョコは、とても滑らかで、口の中ですぐになくなってしまった。
甘くほろ苦い後味が、舌の上に幸せを残してゆく。
「すごく美味しいよ。それに……最高に嬉しいプレゼントだ。ありがとう、ミア」
俺は風邪をひいていることも忘れて、ついついミアの手を引き、腕の中にぎゅっと閉じ込めてしまう。
伝わるだろうか。この鼓動の速さが、君に――。
「ウィル様……熱い」
「あっ……す、すまない。つい」
「い、いえ。お熱があるのにお邪魔してしまって、申し訳ございませんでした。ゆっくり休んで、早く治して下さいね」
ミアは相変わらず俺以上に真っ赤な顔をして、慈しむような笑顔を浮かべると、部屋を後にした。
残されたチョコの香りと甘さに、俺の頭はぼんやりとし始めたのだった。
――きっとこの熱は、まだしばらく下がらないだろう。




