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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
番外編

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番外編 黒雷と紫電 後編 ★シナモン視点



 シナモンの回想、続きです。


――*――


「……娘よ、すまぬ。そちの願いは、叶えてやれぬ」


「ん? どういう意味だ?」


「わらわが使うは、時を操る禁術。じゃが、不確定な未来は、操ること叶わぬ」


「……難しい魔法の話は、嫌いだ。とにかく、私は、最強の騎士に、『英雄』になるのだと決めている」


「そうか。なるほど……『英雄』か」


 魔女は、私から視線をそらすと、私の後ろにある壁を見た。

 私がベッドの上で振り返ると、そこには、私が持っていた『英雄の槍』が立てかけてある。


「そうだ、こうしてはいられない! 修行をつけてもらわないと」


「修行?」


「ああ。槍を返してもらうぞ。父上が怒っていなければ良いが……ん?」


 私はベッドから立ち上がり、『英雄の槍』を手に取る。

 槍の柄に嵌まっていたはずの、白い宝玉がなくなっていたのが気になった。

 水に落としたのだろうか。素直に謝るしかないだろう。


「のう、そちよ。修行をつけるという願いならば、叶えてやれるぞ」


「本当か!? あなたは、強いのか?」


 私はその言葉に、帰らなければということもすっかり忘れて、前のめりで魔女に尋ねかけた。


「いや、わらわはそちの思うような強さは持ちあわせておらぬ。修行をつけるのは――おい、天竜、おるか?」


 魔女が窓の外に向かってきょろきょろと呼びかけると、突然、空が暗くなり、雨が降り始めた。

 私も魔女の横に立って窓の外を見ると。


「ドラゴン!?」


 ――黒くつやのある鱗に覆われ、金色の瞳でこちらを見ながらゆっくりと空を旋回する巨体があった。

 キャンベル侯爵家に飾られている絵で何度も見た、ドラゴンの姿そのものだ。


「天竜、ちょいと小さな姿になってもらえるか? それで、この娘に少し修行をつけてやってほしい」


「人の子に修行を? ……ふむ。承知した」


 魔女の呼びかけに応えて、ドラゴンは私と同じぐらいの背丈に変身する。

 それと同時に、空を覆う雨雲も縮小し、ドラゴンの上にだけふよふよと浮かぶ、小さな黒雲となった。


「ド、ドラゴンと戦えるのか?」


「ああ。それが済んだら、また水竜(・・)に乗って帰ると良い」


 魔女は、さらに窓から身を乗り出し、近くを流れる小川を指さした。

 どうやらあの水流(・・)に乗れば、元の場所に帰れるらしい。


「承知した。全力で戦わせてもらう!」


 私は父上の槍を借り、窓から外へ出すと、自身も窓を飛び越えた。

 剣だけではなく、槍も斧も弓矢も、一通りの武具は基礎を教わっている。


「ふむ、その好戦的な目……悪くないぞ、人の子よ」


 黒いドラゴンは、腕を組み、満足そうにそう言った。


「良いだろう。そちらから先に来い」


「はっ!」


 ドラゴンの言葉を受け、私はすぐに素早く突きを放つ。

 しかし、ドラゴンは、腕を組んだまま最低限の動作でそれを避けた。

 私は、連続して何度も突きを放つが、全て見事に避けられてしまう。


「はぁ、はぁ……くっ! 速いな……!」


「そんなものか、人の子よ。ならば今度はこちらから行くぞ」


 ドラゴンは、その身に黄色い雷を纏わせていく。

 バチバチと電圧が高まり――その場から、ドラゴンはフッと消えた。


「――!?」


「こちらだ」


 ドラゴンの声は、後ろから聞こえた。全く見えなかった。

 私が慌てて振り返ると、すでにそこにはドラゴンの姿はない。


「今度はこちらだ」


 次は、小川の方から声が聞こえる。なんて速さだ。

 そう思っている隙に、ドラゴンはまた位置を移動していた。


「次」


「次!」


「こちらだ」


 ドラゴンはそれを何度も繰り返す。


「くそっ! 速すぎる!」


「これで最後だ。こちらから行くぞ」


 ドラゴンは私の正面から、雷を放出し――私の意識は、途切れた。

 意識を失う寸前に、私の耳にドラゴンの言葉が届く。


「我が雷は、何よりも速く、何よりも強い。お前が成長したら、また勝負を受けてやろう。もし万が一、お前が勝ったら、子孫代々、お前たちの家族を守ってやる――」



 そうして、次に私が目を覚ましたとき、またしてもベッドの上だった。

 しかし、先程のベッドとは違う。キャンベル侯爵家のコテージにあるベッドだ。すぐそばには、心配そうに私をのぞき込む父と母の顔が目の前にあった。


「目が覚めたのね! 良かった……」


 私はキャンベル侯爵家のコテージ近くの河原で、倒れていたという。

 何があったのか、父は私に問いただそうとしたが、母がそれを鬼の形相で止めていた。怖い思いをしただろうと勘違いしているようだ。

 私は言い争う父と母を横目に、辺りを見回す。そして――見つけた。


 壁に掛かっているハンガーに、クマの柄のパジャマが吊されているのを。

 白い宝石を失った『英雄の槍』が、立てかけられているのを。


「……父上、母上」


 二人は、私が声をかけると、言い争いをやめて私の目を見た。


「私は、誰よりも強くなりたい。父上、雷の魔法を教えてほしい。母上、ドラゴンの伝承を教えてほしい」


 二人が想像していた言葉と異なっていたからだろう。両親とも、呆気にとられたように顔を見合わせていた。


「私は、最強の『英雄』になる。ドラゴンよりも強い、雷になる。それで『英雄』みたいにドラゴンを倒して、この先ずっと、キャンベル侯爵家を守ってもらうんだ!」


 目を輝かせているであろう私に、それ以上、父と母が何かを尋ねることはなかった。





 それから十年の月日が経ち、私は魔法騎士団の入団試験の日を迎えていた。

 私はその頃にはもう、すっかり忘れ去っていた。

 幼い日に魔女に出会ったことも、黒いドラゴンと戦ったことも。

 目の前にいる、いけすかない男のことも――。


「試合相手は貴女か。俺は、ウィリアム・ルーク・オースティン。よろしく頼む」


「ああ。私はシナモン・キャンベル。いずれ『英雄』となる者だ――いざ尋常に勝負!」



 私は、当然、奴に勝利した。誰も私の道を阻む者など、いないのだ。


 だが。

 最終結果は、私が次席合格――あの男が、首席での合格となった。


 決め手は、「戦場における最適な選択」の科目。

 逃げるべき判断を下すところで、私が、単騎での捨て身の攻撃を選択してしまったことが、あだになったようだ。

 実際の戦場に出たら、私自身が単騎で行動すれば、私一人の犠牲で味方を逃がし、敵戦力もほぼ壊滅に追い込む自信があるのだが――机上ではそうはいかないらしい。


 とにかく。

 私は、そのとき初めて、強い悔しさと嫉妬と、憤りを覚えた。

 敗北の味を知ったその日――私の目標がひとつ増えたのだった。


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