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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第四章 手紙の行方

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1-19 新年の夜会



 王城に到着した私とウィリアム様は、エヴァンズ子爵家の馬車が到着するのを待ってから、夜会の会場へ入った。

 頃合いを見てウィリアム様は私たちの側を離れ、オースティン伯爵家の元へと向かう。

 それを待っていたかのように、すかさずマーガレットが話しかけてきた。


「お姉様! 馬車であの男に何もされなかったでしょうね!? 嫌なのでしたら断れば良かったですのに!」


「マーガレット、あのね――」


「ふんす! いつか絶対に文句を言ってやりますわ!」


 私は小さくため息をついて、眉を下げる。

 マーガレットは、いつもこの調子で、全然話を聞いてくれない。


「こらマーガレット。ミアが困っているだろう。いつも言っているが、お前もレディなんだから、相手の話はちゃんと最後まで聞きなさい」


「まあ! 何よお父様ったら! 言われなくてもちゃんと聞いてるし、分かってるんですからっ!」


 それきり、マーガレットはプイッとそっぽを向いてしまった。

 お兄様とお母様がマーガレットを宥めているが、こうやって機嫌を損ねてしまったら、あとはもう押しても引いても動かない。

 私はお父様と顔を見合わせて、肩を竦める。


「あ、そうだわ。お父様……少しだけよろしいですか?」


「ん? 何だい?」


「――内密のお話がありまして」


「……夜会が始まるまでもう少し時間があるからな。今聞こうか」


 私がお父様に耳打ちすると、お父様は頷き、お母様に一言断ってから会場の外へ出た。




「それで、どうしたんだ? 家族にも聞かれたくない話なのか?」


「……はい。実は、私とウィリアム様の間でやり取りしているお手紙が、どこかで止められているようでして」


 私は端的に説明して、ウィリアム様から預かった手紙を、お父様に手渡した。


「……家族か、使用人の誰かが関わっている可能性があるんだな?」


「ええ。信じたくはないのですが」


「わかった。手紙は、屋敷に戻ってから読ませてもらうよ。私の方でも調べてみる」


「ありがとうございます」


 お父様は頷き、手紙を懐にしまった。

 私は目礼をして、感謝の言葉を述べる。


「さて、会場に戻ろうか。マーガレットの機嫌が直っているといいがな……」


「そうですわね」




 会場に戻った私とお父様を待っていたのは、苦笑いしながら談笑しているお母様とお兄様の二人だった。


「おや? マーガレットは?」


「お友達のところへ行ってしまいましたわ。挨拶回りも済んでいないのに、困った子ね……少し甘やかしすぎたかしら」


 そう言ってお母様は会場の隅っこへ視線を送る。

 そこには、マーガレットと、同世代の令嬢たちが数人集まっていた。


 ――ほんの一瞬。

 集団の中から、刺すような視線を感じた。


 視線の主は、オレンジ色のドレスに紅い髪がよく映える、特別華やかな令嬢だ。

 だが、その顔ももうマーガレットや他の令嬢に向いているし、気のせいだったのかもしれない。

 今はマーガレットと親しげに話していて、マーガレットも笑顔で相槌を打っている。


「学園の友人か?」


「ええ。あの年頃ですから、父や母と過ごすよりも、お友達と過ごす時間の方が楽しいものよ。わたくしもそうでしたわ」


「そうだな……またヘソを曲げられても困るし、しばらくあのままにしておこうか」


「それが良いですわ。おしゃべりしているだけですし、目を離さなければ心配ないと思いますわよ」


 マーガレットたちは、楽しげに談笑していて、その場を動きそうな気配もない。

 お父様とお母様の言うとおり、放っておいても大丈夫だろう。


 私は学園に通っていなくて、友人がいないから……ほんの少しだけ寂しい気持ちになる。

 マーガレットと違って、こういう華やかな場は得意ではないし、早めに挨拶を済ませてウィリアム様と一緒に抜け出してしまおう。

 そんなことを思い、ちらりとオースティン伯爵家の方へ目をやると、彼らはすでに周りを貴族たちに囲まれていた。



 オースティン伯爵家は、非常に目立つ一家である。

 伯爵家の当主――ウィリアム様のお父様は、魔法騎士団の団長なのだ。

 王国内の治安をほぼ一手に引き受けている魔法騎士団は、実力者揃い。

 その団長ともなると、放っているオーラも段違いである。


 それに加えて、オースティン伯爵家はご家族全員が、驚くほど見目麗しい一家だ。

 特に、ウィリアム様は女性からの人気がかなり高い。

 ウィリアム様はオースティン伯爵家の三男だが、長兄も次兄もすでに結婚している。


 伯爵夫人は逝去されているのだが、今もなお亡き妻を愛している伯爵には、後妻を娶る気はないようだ。


 ウィリアム様にも婚約者がいることは皆知っているはずなのだが、何故か「結婚するまでは私にもチャンスがある」なんてことを考えてしまう令嬢が何人もいるらしい。

 当の本人は、「一人になると名前も知らない令嬢が寄ってくるから困っている」と言っていた。

 けれど正直、薄い作り笑顔で、強い言葉で拒絶したりすることなく対応しているウィリアム様を見ていると、「はっきり断ればいいのに」と思ってしまうのは、仕方のないことだろう。


 そしてその対応は、ウィリアム様が態度をがらりと変える前まで、私が寂しいと感じ、彼を信用できなくなってしまっていた理由の一つでもあった。

 けれど、今思えば、強く断れないのは仕方ないことだったのだとわかる。


 今の私は知っている。


 身分が上の令嬢を無下に扱うわけにはいかないことも。

 顔は笑顔を繕おうとしていても、目が全く笑っていないことも。

 話を聞いているようで実は聞き流していて上の空なんだろうなあということも。


 それから――今彼が浮かべている表情と、馬車の中で私に向けていた表情が、全然異なっていることも。 




「ミア、大丈夫? 次はあちらの方へご挨拶に伺いますわよ」


「あ……申し訳ございません、お母様」


 私がウィリアム様を横目でちらちら見ている間に、なんちゃら男爵とのご挨拶が終わっていたようだ。

 しまった、顔もまともに見なかった。名前も知らない男爵だが、失礼なことをしてしまった。


「上の空だったわね。ウィリアム君が取られちゃわないか、心配?」


「そっ、そんなことはございませんわ! 何をおっしゃるのですか!」


 小声でからかってくるお母様に、私も小声で反論する。


「今年は参加者が少ないようだから、もう少しでご挨拶が終わるわ。そうしたらウィリアム君のところへ行ってきても良くってよ」


「そういえば……どうしてこんなに参加者の方が少ないのでしょう? 例年の八割ぐらいではありませんか?」


 ベイカー男爵も来ていない。

 黒い靄のことが気になっていたから、今日会えたら確かめられると思っていたのだが。


「わたくしも詳しくは知らないのだけれど、原因不明の病が流行っているそうよ」


「原因不明の病ですか?」


「ええ。最近、貴族を中心に流行り始めたみたい。大抵の病はスラム街や冒険者たちから広まり始めるのだけれど、今回の病は、貴族やその使用人たちから流行が始まっているみたいなのよ。教会に行けば治してくれるようだけれど、原因がわからないのは怖いわね」


「それは恐ろしいですね……。早く原因がわかると良いのですけれど」


「そうね」


 貴族を中心に流行っている病。

 何だかすごく嫌な予感がして、私は密かに身震いしたのだった。


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