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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
終章 氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

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5-35 式典と約束の日



 魔女の呪いが完全に解け、魔王が今度こそ滅ぼされたことが発表されて、王国中が歓喜の渦に包まれてから、さらに二ヶ月。

 お祭りムードも冷めやらぬまま、冬の王都は、再び祝福と歓びの声に満ちていた。


 今日は、記念すべき日。王太子殿下ご夫妻の、ご成婚記念式典が開かれるのだ。


 王太子殿下は、建国の記念日に合わせて、この日取りで式典を開くことに決めていたのだという。

 そのために王国中の貴族が全て招待され、王太子殿下ご夫妻をお祝いしようと、王城前広場に集まっていた。


 私ももちろん、ウィル様にエスコートされて、式典に参加している。

 ウィル様はどこか緊張した面持ちだ。彼の経験したことを考えると、当然だろう。


「ウィル様、肩の力を抜いてくださいまし。もう、貴方の危惧していることは、起こりませんよ」


「そうは言ってもね……」


 そう、今日ここで開催されるのは、ウィル様が逆行する原因となった、例の式典なのである。

 けれど、今日は魔法騎士たちが周りをしっかり固めているし、ウィル様の記憶とは異なり、神殿騎士たちも結界を張っている。さらに、聖女たちも数人、そばで控えていた。


「もう魔族はいないのです。それに、もし残党がいたとしても、これほど堅い守りを突破するのは不可能ですわ」


「そう……だよな。うん、それに、もし何か起きても、俺がミアを守ればいい」


 頬を叩いて気合いを入れ直し、一人だけ無駄に警戒を続けているウィル様は、正直周りから浮いている。

 私は苦笑しつつ、挙動不審なウィル様の腕にぴったりくっついたのだった。




 結果的に、式典では何も危険なことは起こらなかった。

 それはそうだろう。仮に魔族が近くに潜んでいたとしても、こんなに幸せの溢れる場所は、魔族にとって苦痛でしかないはずだ。


 式典を締めくくる、祝福のフラワーシャワーが舞う。

 色とりどりの花弁が、光の中をひらひらと踊って煌めいていた。


 そのうちのひとひらが、ウィル様の肩に舞い落ちる。

 私が手を伸ばして花弁を摘まむと、新緑色の優しい瞳と視線が交わる。


 そのとき。

 見つめ合う私たちの上から、突然何かが飛来した。


「――!?」


 私は飛来した物を、思わず両手で受け止める。

 それは、もちろん呪いの矢などではなく――。


「……ブーケ?」


 色とりどりの花を、金糸の縁取りがある青色のリボンで束ねた、豪華なブーケだった。

 王太子妃殿下が、王城のバルコニーから投げたものだ。


「おめでとう!」


「まあ、羨ましい!」


「素敵だわ、きっと次に結婚するのは貴女たちね」


 周囲がわあっと沸き立ち、私とウィル様は、一斉に注目の的になる。


「ウィリアム君、ミア嬢、おめでとう」


「素敵なお二人に、愛の祝福を」


 白を纏ってバルコニーから手を振る、王太子殿下と王太子妃殿下からも、祝福の言葉を賜った。

 私とウィル様がその場で深く礼をすると、王太子殿下ご夫妻は、バルコニーから下がっていく。


 それでもなお、まだ私たちは注目を浴びたままだ。

 どうにも恥ずかしくて縮こまっていると、ウィル様が突然私の頬に触れた。


「――ミア」


 甘くとろけそうな声で私の名を呼ぶと、ウィル様は私の唇にそっと触れる。

 私たちの唇が触れ合ったのを見て、周囲にはさらに祝福の声と拍手が溢れたのだった。



 こうして、ウィル様が不安に思っていた式典の日も、無事に終わりを迎えた。

 会場と私たちのところに降り注いだのは、呪いの矢ではなく、祝福の声と愛のブーケ。


 無事に帰りの馬車へと乗り込むと、ようやくウィル様は安心したようだ。

 幸せそうに細まるウィル様の目には、同じく幸せな表情をしている私の姿が映っている。

 私たちは、どちらからともなく、再び唇を寄せ合ったのだった。





 それから、二週間ほどが経った、ある日のこと。

 私は、オースティン伯爵家の、ウィル様の私室にお邪魔していた。


 ――今日は、魔女との『約束の日』だ。


 魔女は今、引き続き護衛任務に就いているシナモン様と一緒に、王国中を巡る旅をしている。

 しかし、魔女がこの場に不在でも、一度発動した禁術は、もう止められない。

 その日がくれば自動的にウィル様の魔力を徴収して発動し、時の輪が閉じられるようになっているのだ。


「……そろそろ、時間だな」


 ウィル様がそう呟くと、彼は椅子に座ったまま、目を閉じた。

 ウィル様の姿が、金色の光に包まれていく。

 まぶしくて、けれど彼の黒髪を最後まで目に焼き付けておきたくて、私は目を細めた。


 黄金の光は、たっぷり一分近く輝き続け、やがて少しずつ光量を減じていった。


 光が消え、ウィル様がゆっくり目を開ける。


 優しい新緑色の瞳。緊張に結ばれた唇。

 すっと通った鼻筋。いつもと変わらない、芸術的なまでに秀麗な面輪。

 そして――。


「ルゥ、君」


 胸が、とくんと跳ねる。


 幼い頃に私が初めて恋をして、ずっと心の中で笑っていた、あの日のルゥ君の姿が、今のウィル様の姿と重なった。


 ウィル様は、自身の髪を指先で取って、眺める。

 その指には、カーテン越しの光に当たってきらきらと煌めく、金色の髪。


「ああ。そうか――」


 そして、納得したように私を見て、微笑んだ。


「ミーちゃん」


 私も、彼に微笑み返す。

 長い黄金色のまつげに縁取られた、新緑色のやわらかな視線が、私を甘く射貫く。


 ――ああ、私は今、ウィル様と、ルゥ君と、一緒に笑い合っている。

 なんだか、すごく……すごく不思議な気分だ。


「ウィル様、黒髪も素敵でしたが、私――その色も、大好きです」


「……でも……、わかっていたことだけど、この色だと、もう大した魔法は使えないな」


 ウィル様の笑顔が、寂しそうに翳る。

 当然だろう。ウィル様にとって、魔法はずっと共にあり、苦楽を共にし、追いかけ続けてきた、大切なものだった。彼にとって、人生をかけてきたものと言っても過言ではない。


 けれど、私にとっては、魔法なんてあってもなくても、ウィル様はウィル様だ。

 そもそも、私自身、ずっと魔法を使えないまま生きてきた。だから……残念だけれど、私が真にウィル様の気持ちを、痛みを理解することは、きっとできない。


 だが、それでも。


「ウィル様……きっとお辛いと思いますけれど……、変わらないことも、あります」


 理解してあげられなくても、寄り添ってあげることはできる。

 隣で、心に負ったその傷を癒やしてあげることができる。


 それは、聖女であってもなくても、私にしかできないこと。

 魔力があってもなくても、ウィル様にしかできないこと。


「――どんなお姿でも、魔力があってもなくても、私はウィル様のことを、愛しています。ずっと前から。そして、これからも、ずっと」


「――ああ、ミア……俺は、幸せ者だな」


 ウィル様は、そう言って私を腕の中に閉じ込めた。


「ミア、愛しているよ。ずっと、ずっと――」


 とびきり甘く囁いて、ウィル様は、私を強く強く抱きしめたのだった。


次回、最終話です。

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