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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第五章 戦いのあと

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5-32 消えた魔剣



「――魔女殿は、シナモンに会ったことがあるのですか?」


 伯爵が、魔女の言った『幼い頃のシナモン様』の話に反応し、目を丸くして尋ねる。


「うむ。彼女が五歳かそこらのときにのう。あの子も天竜も水竜も、全く覚えておらんようじゃったが」


 その言葉に、私は一年半前、初めて館を訪れたときの魔女の言葉を思い出した。

 あのとき、私たちは四人と一匹でこの館を訪れた。しかし、魔女は、「二人と一匹は初めまして」と言ったのだ。

 時を遡るために魔女に会っていたウィル様を除き、もう一人、魔女に会ったことがあって、しかもそれを忘れている人物がいるはずだった。それが、シナモン様だったのだ。


「それはさておき、シナモンはまだ寝ていると言ったな」


「はい」


「なら、ちょっと見に行ってみるかのう。少し気になることがあるのじゃ」


 魔女はそう言って元気に歩き出すと、自ら先導して隣の客室へと向かった。





「お? 起きておったのか?」


 最初に部屋へ入った魔女が、少し驚いた様子でそう口にするのが、聞こえてきた。


「怪我はどうじゃ? おかしなところはないか?」


「……ああ」


「そうか。良かったのじゃ」


 魔女に返答するシナモン様の声も聞こえてきて、私は一安心する。

 心がどこかへ行ってしまったのではないかと危惧していたが、どうやら平気そうだ。


 外で様子をうかがっていると、魔女がひょこりと顔を出した。


「皆で入ると狭いからの……ミアとウィリアムの二人だけ、来てくれるかのう」


「はい」


 魔女の指名を受けた私たちは、客室に入る。

 シナモン様は、生気を失ったような表情で、膝に毛布をかけたままベッドの上に身を起こしていた。


「シナモン……」


 ウィル様の心配そうな呟きをシナモン様がとらえたのか、彼女はわずかに私たちの方へ顔を向けた。


「ミア、シナモンに『浄化』の魔法をかけるのじゃ」


「はい、承知致しましたわ」


 私は魔女に言われるがまま、シナモン様に『浄化』を施していく。

 しかし、丹念に精査してみても、呪力の残留も、異常がありそうな手応えも、特に感じなかった。


「特に異常はなさそうに感じます」


「そうか。魔は全て出て行ったんじゃな」


 魔女はホッとしたような表情で、微笑んだ。

 しかし、身体に異常がないのに反応があまり返ってこないということは――シナモン様の心が、絶望の淵にいるということだろう。


「なら……あとはゆっくり、心と身体を休めることじゃな。わらわは部屋に戻るぞ。……ミアよ、こき使って悪いんじゃが、あちらの部屋でわらわに『加護』を重ねがけしてくれんかのう? 寝ている間にだいぶ減ってしまったのじゃ」


「ええ、もちろんですわ。参りましょう」


「あ……俺も」


「そちは良い。図体のでかいのがいると、部屋が狭くなる。さ、行くぞ、ミア」


「え、ちょっと……」


 魔女は私の手を引いて、さっさと部屋から出て行こうとする。

 勘の悪いウィル様は困っているようだが、シナモン様と二人で話をさせてあげようという、魔女の配慮だろう。

 私はウィル様に微笑み、頷いて、魔女の後に続いて部屋を出た。





「魔女様、先程おっしゃっていた、気になることというのは解決したのですか?」


 魔女に『加護』をかけながら、私は彼女に問いかける。

 傍らにはクロム様もいて、その様子を見守っていた。


「ああ、実はの……わらわの吸収した呪力が、予想よりも少なかったのじゃ。じゃから、シナモンの中にまだ魔が残っているのではないかと考えたんじゃが……気のせいだったようじゃな」


「呪力が……?」


「なに、心配することはない。思った以上に奴が弱体化していたか、戦闘で呪力を使いすぎたかのどちらかじゃろう。完全分体ではないとはいえ、あれだけの数の『闇』を自分から切り離したのじゃからな」


 魔女の言葉に、私は、あの不定形のどろりとした『闇』を思い出す。確かにあれは高濃度の呪力の塊だった。

 それに、シナモン様の使った魔剣にも、かなりの呪力を注いでいたはずだ。


「……そういえば」


 私は『加護』の魔法をかけ終え、聖魔法の発動をやめた。


 ――ひとつ、気になることがある。

 リビングにも、魔女の部屋にも、シナモン様の部屋にも、見当たらなかったものがあった。


 私は、クロム様へと視線を向けた。


「クロム様、シナモン様の使っていた魔剣は、どうしたのですか?」


「え? 魔剣?」


 クロム様は、意外とばかりに、目を見開いて私に聞き返した。


「あれは、ミア嬢ちゃんが浄化したんじゃないのか?」


「え……?」


 今度は、私が驚く番だった。

 クロム様は、頭を指先でかきながら、首を傾げる。


「いや、いつの間にかあの場所から消えてたからさ。浄化をかけたら、あの魔族の男みたいに、消えちまったのかなって……」


「――私、浄化、していません」


「何だって……? ちょっと、確認してくる!」


 私が固い声で返事をすると、クロム様は血相を変えて部屋から出て行った。



 クロム様は、すぐに部屋へ戻ってきた。


「――誰も、あの魔剣を片付けてないみたいだぞ!」


 その言葉を聞き、リビングにいた伯爵も、騎士二人も、シナモン様の部屋から出てきたウィル様も、従魔たちも、皆総動員での魔剣探しが始まったのだった。


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