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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第五章 戦いのあと

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5-31 責任



 ミア視点に戻ります。


――*――


 クロム様から手紙を預かり、リビングに戻ってもう一休みしたあと。

 戦いが終わってから二度目の朝を迎えた魔女の館は、昨日とは打って変わって静かなものだった。


 魔女もシナモン様もまだ目を覚まさないし、騎士たちも交代で仮眠を取っている。聖女たちの部隊や王都との連絡もひとまず落ち着き、昨夜から魔法通信機も沈黙していた。


 朝になって教えてもらったのだが、どうやら聖女たちの部隊に、例の呪いの矢を用いた襲撃があったらしい。魔法通信で連絡があったそうだ。

 以前オル、ルトが言っていた、魔人――おそらく、ブティック・ル・ブランの元職人だ――が、製造していた『何か』。それこそが、今回は聖女たちを、ウィル様が逆行する前は魔法騎士団を襲った、『呪いの矢』だったのだろう。


 また、それと同時に、王都にも高位魔獣が数匹、襲来したのだという。

 聖女たちの部隊はテーラ隊とヴェント隊、王都の方はイグニ隊とアクア隊が対応し、大事なく撃退に成功したそうだ。

 同時多発的に攻撃を仕掛けることで不安や混乱を招き、私たちとの戦いに備えて呪力を集める――それが魔族の目的だったのだろう、とウィル様は予想した。


 それぞれの戦いから一夜明けて、今は後始末やら回復やらに努めているところだろう。



 クロム様たちが事前に持ち込み備蓄していた、物資や食糧などの整理も昨日のうちに完了している。

 だだっ広いリビングには、日割りで物資が並べられていて、一週間程度なら問題なく過ごせる見込みだ。


 また、リビングの隅に転がっていた魔剣は、いつの間にかどこかへ片付けられていた。

 シナモン様が手放したあとの魔剣には、もうほとんど呪力が残っていないようだったから、問題ない……はず。



 館の外には、相変わらず行き場を失った聖獣たちがたむろしていた。騎士たちによる応急手当と、私の簡易的な治癒の甲斐あってか、皆、昨日よりも元気に見える。

 私は、一晩休んですっかり回復した聖力を振るい、昨日だけでは治しきれていなかった傷や毒などを治療していった。


 そして、感心したのが、このような悪環境においても、彼らがたくましく支え合っていることだ。


 地の魔法を使える聖獣が岩を出して水飲み場をこしらえ、水の魔法を使える聖獣たちがそこに水を満たす。

 空を飛べて毒に耐性のある聖獣たちは、結界の外に出て行き、どこからか木の実や植物の蔓などを調達してきて、配っていた。

 この調子なら、聖獣たちには、物資の配布は必要なさそうだ。


 空を覆う灰はいまだ晴れず、天気は良いのに薄暗い。しかし、こればかりは時間がかかるだろう。雨でも降れば、少しはすっきりするのかもしれない。



 それから……仮眠をとり、昼前に起き出してきたクロム様の騎士服の袖口に、血がついているのを見つけた。魔法騎士団のものと違って白い騎士服だから、血痕は目立つ。

 クロム様は、魔獣と戦ったときについたのだと言っていたが、そんな血痕があっただろうかと私は首を傾げる。


 私は治癒を申し出たが、軽傷だからと断られてしまった。

 心なしか、昨日より顔色が悪い気がしたが、クロム様はいつも通りの態度だ。むしろ、いつもより明るいぐらいである。

 夜の室内灯と昼間の自然光とでは、光の質が異なるから、違う印象に見えたのかもしれない。





 先に目を覚ましたのは、意外にも、魔女の方だった。

 体内に取り込んだ魔族との戦いが、一段落ついたのだろう。

 知らせを受けて魔女の部屋に押しかけると、魔女はすでにベッドから下り、普段と変わらない様子でベッドを整えていた。


「なんじゃ、むさくるしい。この狭い部屋に全員集まったら、窮屈じゃろうが」


 全員で押しかけた私たちを一瞥して、ちょっぴり眉を顰めた魔女からは、一昨晩のシナモン様のような嫌な感じは全くしない。


 魔女は私たちをぐるりと見回す。

 私、ウィル様、従魔たち。

 オースティン伯爵、二人の魔法騎士。


 そして最後に、クロム様のお顔で、彼女は視線を固定した。

 クロム様がニカっと明るく笑うと、魔女は目を見開き、なぜか眉を下げ、泣きそうな顔で笑い返す。


「……ところで、シナモンはおらんのじゃな」


「はい。客室のベッドで眠っております」


 魔女の質問に、伯爵が代表して返答する。


「そうか。……皆の者、頼みがあるのじゃが……」


 魔女は、再び全員の顔を見ると、悲痛な表情で続ける。


「シナモンがああなってしまったのは、わらわのせいなのじゃ。だから、どうか、あの娘を責めないでほしい」


「……貴女のせいとは、一体?」


「あの娘は、わらわと長く一緒に過ごしすぎた。わらわから少しずつ漏れ出した魔の影響が、時間をかけて、あの娘の心に、身体に入り込んだのじゃ」


 シナモン様は、一年半前に私たちとこの館で別れてから、ずっと魔女と共に過ごしてきた。

 常に聖力の加護を纏い、魔を理解し、呪力への耐性を身につけていた魔女とは違い、只人であるシナモン様には、魔の影響を跳ね返せなかったのだろう。


「……それでも、魔に心を奪われ、自ら受け入れたのはシナモン自身です。武人として、奴の心が未熟だっただけだ」


 伯爵は、冷えた声で答える。

 魔女は、悲しそうに首を横に振るが、伯爵は構わず続けた。


「ウィルとの戦闘については、ある意味互いに望んだ結果であり、避けられなかった戦いです。だが――奴は、我々に『闇』を放ち、護衛対象もろとも害そうとした。そして、今回の魔獣討伐任務、及び要人の護衛任務を妨害した。この件については、魔法騎士団として、それなりの処分を下さざるを得ません」


「じゃが、魔族が……」


「魔族は関係ありません。魔族に心を引っ張られることになったのは、シナモンが、取ってはならぬ手を取ってしまった結果。魔族が慎重で狡猾な敵だと、彼女も知っていたはずなのですから」


「むう……しかし」


「――冷たいようですが、今回の件は、魂を磨かなかった本人の責任。そして、和を乱し、力を悪用せんとした団員を罰することも、団長としての責任なのです。ご理解下さい。……とはいえ」


 伯爵が確固たる表情で言うべきことを全て言い切ると、最後に口調を和らげて、一言付け足した。


「今回の件、結果的に、命に関わるようなダメージを負った者は、誰もいません。任務も成功と言えるでしょう。ですから、私に少し考えがあります。ご一任いただけませんか」


「……そうか。かたじけない」


 伯爵がそう告げると、魔女は表情を柔らかくして、頷く。そして彼女は、大きく息をついた。


「……以前、あの子がこの館に来たとき。幼きあの子は、純粋に力を求めるだけの、無垢な子じゃったのにのう。……いや、今も純粋だからこそ、付け入られたのか」


 魔女はそう呟くと、窓の外へ視線を向け、遠く昔を懐古するように目を細めたのだった。


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