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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第五章 戦いのあと

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5-29 溢れるクマさん



 私たちは魔女の館に戻り、救急箱を持ち出した。

 先程まで水の結界を維持してくれていた騎士二人にも手伝ってもらって、聖獣たちの応急手当を始める。

 緊急を要する容体の子だけ、私が聖力を絞り出して、全快とはいかないものの、傷や毒を軽くしていく。


 ちなみに、クロム様だけはまだ、結界を維持している。彼の扱う風魔法の結界は、空を漂う火山灰や有害物質から、結界内を守ってくれるのだ。

 クロム様は結界を維持しつつ、魔女の様子を見てくれている。

 

 シナモン様は、声かけに反応することこそなかったが、ベッドに運ぶと、ようやく眠ったようだ。

 今は二人の騎士の代わりに、オルとルトとブランが彼女の部屋で待機してくれている。何かあれば、すぐに私かウィル様に念話を飛ばしてくれるだろう。


 オースティン伯爵は、聖女たちと共に隊を進めているテーラ隊の隊長や、王都にいるアクア隊の隊長と、魔法通信で連絡を取り合っている。リビングのテーブルはあっという間に書類やメモで埋まっていて、とても忙しそうだ。



 ウィル様と騎士たちは応急手当を続けてくれていたが、しばらく治療を続けているうちに、私の聖力もとうとう限界を迎えてしまった。

 あとのことは騎士たちに任せて、リビングの一角に運び込んでもらったソファーに横になる。


 私はあっという間に眠りに落ち、次に目を開けたときには、すでに夜になっていた。




 目を覚ましたとき、辺りはすっかり静かになっていた。私はゆっくりと身を起こす。

 私の寝ていたソファーの背もたれ側、少し離れた場所には三つほど寝袋が並んでいて、穏やかな寝息が聞こえている。

 ソファーの上、私の足下のスペースには、いつの間に上がってきたのか、ブランが丸くなって眠っていた。

 オルとルトの姿は見えないが、まだシナモン様の部屋にいるのかもしれない。


 私は眠っているブランと騎士たちを起こさないように、静かにソファーから立ち上がる。

 リビングをそろりと抜け、玄関扉をそっと引いた。


 遠い月光が、霞んでいる空の向こう側から、大地を青白く照らしている。

 夜行性の聖獣たちが、何事かという表情でこちらを見た。

 見回してみた限り、聖獣たちの応急処置は完璧に終わっていて、命の危機にあるような子はいなさそうだ。


「怪我してる子たち、歩ける子は近くに寄っておいで。動けない子は、誰かと一緒に……そうそう」


 私は小さな声でそう告げると、聖獣たちは、私のそばへ近寄ってきた。

 動けないような傷を負った子も、他の聖獣に支えられて、集まってくる。

 私はその様子を見ながら、口の中で聖なる祝詞を唱え始めた。


「――『範囲治癒(ワイドヒール)』」


 柔らかな治癒の光が、私を中心にあふれ出す。

 白い光が、聖獣たちに降り注ぎ、その傷をゆっくりと癒やしていく。

 この魔法では毒や石化を解くことはできないが、傷はほとんど塞がるだろう。


 眠って回復した分の聖力を半分ほど使ったところで、私は聖魔法をやめた。

 完治していない子もいるが、だいぶ楽になったはずだ。

 永遠の輪(ウロボロス)を象っている地竜にも、癒やしの光は届いているはずだから、少しは楽になっただろう。


 聖獣たちとは直接話せないからわからないけれど、みんな嬉しそうにしているのが、表情や態度から伝わってくる。


「みんな、ごめんね。またあとで、きちんと治療しに来るからね」


 私は小さな声で皆に告げると、魔女の館の玄関扉に手をかけた。



 扉を押し開けると、そこには、一人の男性が立っていた。

 緑色の髪と薄褐色の瞳の騎士、クロム様だ。

 神殿騎士団は抜けて魔法石研究所の騎士になったけれど、今もまだ彼は、白い騎士服を好んで着用している。


「聖獣たちを治癒してやってたのか? 白い光が見えた」


「ええ。クロム様、起きていらしたのですね」


「皆で眠るわけにもいかねえからな。今日は、俺ともう一人の騎士で夜番だ」


「まあ……お疲れではありませんか?」


「昼間に仮眠を取ったし、結界も途中で代わってもらったからな。心配ないぜ」


 クロム様はそう言って、私を安心させるように微笑む。


「ミア嬢ちゃん、少し話をしないか? ここは人が寝てるから……そうだな、魔女の部屋で」


「ええ、構いませんが、魔女様のお邪魔になってしまいませんか?」


「身体の中で魔族との戦いが落ち着くまでは、起きないんだろ? なら、いいんじゃないの? それに、人の声がしてた方が、帰ってくる気になるかもしれないぞ」


 それもそうか、と私は納得して、クロム様の後について魔女の部屋へと向かったのだった。




 魔女の部屋は、幼い子供らしく、可愛らしいもの……というより、クマのグッズで溢れていた。

 大きなクマのぬいぐるみ、クマの絵柄がついているマグカップ、クマの顔を模した時計――ただしその針は止まっている――、それから壁に掛かっている帽子とポシェットにも、クマの絵が描いてある。

 大聖女の遺産だろうか、大きな宝石が二つ、棚の上、それぞれ白と黒のクマ柄のミニクッションに載せられていた。


 ベッドに横になり、可愛らしいクマの絵柄がたくさん散りばめられた毛布に包まって眠る魔女は、顔色も悪くなさそうだし、黒い靄が身体の外に湧出してくる気配もない。朝のうちにかけた『浄化』の効果が、まだ残っているようだ。


「聖魔法をかけて差し上げた方がいいでしょうか」


「うーん、今は落ち着いてるし、いいんじゃないか? さっき、『治癒』も使ったんだろ。念のため、ミア嬢ちゃんの力は多少温存しておいた方がいい」


「わかりました」


 私は頷いて、クロム様が勧めてくれたスツールに、腰をかける。


「なんか怒濤の数日間だったな」


「ええ。こうして皆無事に乗り切れて、良かったですわ」


「ああ、本当にな」


 クロム様は、小さく笑って、胸元にさげていたペンダントのロケットを、かちりと開く。

 そこには、かつての家族――クロム様の奥様と、子供たちの絵姿が入っている。

 私は、その様子を見ながら、クロム様の言葉を待つ。


 ややあって、クロム様は、ロケットの蓋を閉じて、顔を上げた。

 その薄褐色の瞳は、穏やかに凪いでいる。


「……なあ、ミア嬢ちゃんはこの仕事が終わったら、魔法石研究所に戻るよな?」


「ええ」


「所長に渡してほしい物があってさ。預かってくれないか?」


「え? 構いませんけれど……クロム様は、王都に戻られないのですか?」


「ああ。ちょっとな。それで、渡してほしい物なんだが」


 クロム様は、懐から一通の手紙を取り出すと、私へ差し出した。



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