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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第三章 聖女の証明

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1-17 信頼



 ミア視点に戻ります。


――*――


 聖女ステラ……私を産んだ、女性。

 彼女は、私を捨てたのではない――お父様とお母様に、私を託したのだ。

 けれど、お父様から話を聞いたところで、すぐに噛み砕けるものでもなかった。


「私は……捨てられたわけでは、ない?」


「そうだ。ミアは、ステラ様にちゃんと愛されていたよ」


「ステラ……様」


 私は、いらない子だったのだと思っていた。

 お父様もお母様も、私を大切にしてくれて、本当の娘のように育ててくれたけれど、本当の両親に捨てられたのだという事実――いや、実際は違ったのだが――ともかく、それは私の心に重くのしかかっていたのだ。


 ――そっか。私、愛されていたのね。


 思考がぐるぐるして、まとまらない。

 嬉しい気持ち。寂しい気持ち。

 ステラ様と、私の本当の父親のことを、その安否を知りたいという思い。けれど、今更、という思い。


 長く部屋に落ちた静寂を破ったのは、お父様だった。


「……なあ、ミアよ。どうしてベイカー男爵の件、私たちに相談してくれなかったんだい?」


「それは……」


 そういえば、私はお父様にもお母様にも相談しようと思わなかった。

 ウィリアム様が家族の誰よりも魔法に詳しいから、というのもあるし、男爵と直接話していたにも関わらず、お父様とお母様には靄が見えていないようだったから、というのも理由のひとつだ。


 だが、本来なら真っ先にお父様に相談するのが筋だったのではないか?

 例えそれで、わからない、と言われたとしても、お父様だったら悪いようにはしなかったはずだ。


「――ミアは、ウィリアム君と仲が良くないのかと思って心配していたが……いつの間にか、きちんと信頼関係を築いていたんだな」


「信頼……」


 お父様に、そう言われて、私はようやく気がついた。

 ウィリアム様が私に向き合ってくれるようになって――最初はちょっぴり胡散臭かったけれど、いつしか私は、彼を信頼し始めていたんだと。


「そう、ですね。私、ウィリアム様を、信頼しています。けれど……」


 私はそこで言葉を切り、目を伏せる。


「お父様、申し訳ございませんでした。最初から、お父様に相談するべきでした」


「……ああ。わかってくれたのなら、良い」


 お父様は、そこで初めて、柔らかい表情をした。


「ウィリアム君にも、ステラ様のことは今まで伝えていなかった。今ミアに話したことを、昨日初めて、彼にも伝えたのだ。ステラ様が残した、この手記――」


 お父様は、鍵のかかった引き出しから、手記を取り出す。

 だいぶ古くはなっているが、大切に保管していてくれたためだろう、ほとんど劣化していない。


「君と、ウィリアム君なら紐解くことができるだろう。ステラ様の想いを、受け取ってくれ」


「――はい」


 私は、お父様から、ステラ様の手記を受け取った。

 分厚いものではないが、ずっしりとした重みを、両手に感じる。


「それで、魔法の練習だが、私が決めた時間にやるようにしなさい。シェリーや他の使用人には、新しい家庭教師が来ていることにしておくから。それ以外の時間には、練習をするのも、教本や手記を読むのも禁ずる。きちんと鍵付きの引き出しにしまっておくように。いいな」


「承知致しました。お父様、お心遣い、ありがとうございます」


「ああ。どうだ、私もウィリアム君に負けず劣らず、頼りになるだろう?」


「まあ、お父様ったら!」


 私とお父様の、二人分の笑い声が室内に響く。

 一番に頼ってくれなかったのを、やはり根に持っていたみたいだ。


「私は、お父様のこと、いつも頼りにしていますわ。お父様……いつもありがとうございます」


「ミア。私たちは、いつでもミアの味方だからな。覚えておきなさい」


「――はい!」


 こうして心強い味方と、ステラ様の手記、そしてじんわりと温かい気持ちを胸に、私はお父様の部屋を後にしたのだった。





 それからというもの。

 私は決められた時間に毎日少しずつ、聖魔法の練習をした。


 お父様が時間を制限しているので、最初の日のように、疲れ果ててぐったりしてしまうようなことはない。

 この短時間で、実践練習だけではなく、教本やノート、ステラ様の手記を読む時間も取りたい。休んでいる暇はなかった。


 決められた時間が経過した後は、侍女のシェリーがティーセットを持って部屋に戻ってくる。

 私は何食わぬ顔でお茶を楽しみながら、頭の中で復習やイメージトレーニングを繰り返すのだった。


 手記には、聖魔法の動作や祝詞(のりと)、発動条件などがザッと書かれていた。

 ウィリアム様の手書きノートと見比べると、ウィリアム様がかなり正確に調べ上げ、あるいは記憶していたことがわかる。

 自分自身が聖魔法を使えるわけでもないのに、ここまでのものを用意できるなんて、本当に優秀な人なのだなと尊敬した。


 ただ、手記があるからといってノートが必要ないかというと、そうでもない。

 手記の方は、魔法の発動については最小限のことしか書いていないのだ。


 どちらかというと、教会の暮らしがどうとか、聖女の序列がどうとか、ステラ様が教会を抜けてからのこととか、そういったステラ様自身が経験したことがたくさん書かれていた。

 中には、私のことや私の父親のこと、私たちへの想いも綴られている。

 私はまだ心穏やかにいられなくて、じっくり読むことができなかった。


 また、ステラ様の隠した『重要なこと』も、一体何のことを指すのだか、今の私にはさっぱりわからない。



 こうして私は、限られた時間の中で、教本とウィリアム様のノートを中心に勉強を進めた。

 実践練習の方も順調で、『治癒(ヒール)』の魔法はかなり上達した。今では、途中でちぎれている薬草でも、元通りにくっつけることができる。


 そして。

 慌ただしく年末は過ぎ去り、王国は新年を迎えたのだった。



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