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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第二章 二度目の旅路

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5-9 ブランの災難



「ミア……良かった、良かったよ……!」


「う、ウィル様、苦しいですわ」


 目覚めたばかりの私を、ウィル様はぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。その広い背を、まだ重たい腕を持ち上げてぽんぽんと叩くと、彼はようやく私を抱く力を緩めてくれた。


「ご、ごめん」


「いえ……」


 私から身体を離したウィル様は、頬を赤く染めて謝る。


「それより、ここは? 魔獣の群れは? 他の皆様はどうなったのですか?」


「ああ、心配しなくていい。ここは安全だし、皆も無事だ。――順を追って話すよ」


 そう言ってウィル様は、近くに椅子を引っ張ってきて、座った。


 まず、ここは、魔獣の群れに襲われた場所から一番近い街にある、古い教会の一室ということだ。

 もちろん、教会関係者は潔白な人であり、宿泊させてもらいたいと言ったら、喜んで客用の部屋を一人に一室貸してくれたのだとか。


 私、ウィル様、マリィ嬢、そして彼女の騎士の四人が、ここに泊まらせてもらっているそうだ。


「他の馬車には、先に進んでもらっているよ。聖女たちのサポートがあったから、幸い、死者も出なかった」


「そうですか……良かった……」


 ウィル様を治癒している間に、騎士たちがテーラ隊の隊長を運んでいくのが横目で見えたが、彼も無事回復したようだ。私は安心してホッと息をついた。


「聖女たちはさすがに疲弊しているようだったけれど、あの場所から二日ほど進んだあたり……本来の道程なら、今日着いていたはずだったか。とにかく、もう少し進んだところに大きな街がある。彼女たちには、そこでゆっくり休んでもらうようにする予定だよ」


 あの戦いから丸二日が経ったが、再び魔獣に遭遇することもなく、無事に進んでいるという連絡があったそうだ。大きな街で彼女たちが休んでいる間に、きっと私たちも合流できることだろう。


「部隊から離れた俺たちが、魔獣や魔族に襲われる可能性もあるから、マリィ嬢たちにも残ってもらったんだ。けれど、その心配はなかったみたいだな」


 古い教会には、建物自体に聖なる結界が施されている。そのため、魔獣も魔族も寄りつかず、安心して休めるのだそうだ。

 まあ――王都にある中央教会や、南の丘教会のように新設された教会は、その限りではなかったようだが。


「あら? ところで、ブランは?」


「それが……ちょっと困ったことになっててね」


「困ったこと?」


 私が首を傾げた瞬間。見計らったかのように、部屋の外から、白い塊が転がり込んできた。


「きゅいーっ!!」


「わふ! わふ!」


「えっ!?」


 私は、ブランの後から室内に飛び込んできた、ちょっと変わった子犬を見て、驚いてしまった。

 犬の大きさは、ブランと同じ程度。普通の子犬と同じぐらいだ。色はつやつやの紺色で、元気いっぱい、ブランを追い回している。

 そして――その犬には、頭と尻尾が、二つずつあった。


「そ、双頭犬?」


「……ああ。一昨日の戦闘で、靄を浄化し、ミアが傷を治癒してやった奴だよ。ブランを兄貴と呼んで追い回していてね……」


「えっと……、小さくなっているのは、どうしてですか?」


「ごめん、俺にもよくわからないんだ。ブランは怖がって対話してくれないし、俺も奴とは直接話せないし」


 ブランは、一生懸命、双頭犬から逃げ回っている。一方、双頭犬の方は、二本の尻尾をぶんぶんと振って、ブランを楽しそうに追い回していた。


「ぷううー!!」


「わっ」


 ブランはウィル様の懐に飛び込み、腕の中でぷるぷると震え始めた。


「わふ? くぅーん」


 双頭犬は、そこでようやく私とウィル様の存在に気がついたみたいだ。右の頭で私を、左の頭でウィル様をじいっと見つめている。


「あの、ウィル様。この子に、名前をつけてみてもいいですか?」


「ん、ああ。ミアが聖力を振り絞ってこいつを治癒したのも、そのつもりだったからなんだろう? ブランと同じように、名を与えれば従魔化できるかもしれない」


「ええ。汲んでくださり、ありがとうございます」


 そう。私がこの子の傷を癒したのは、黒い靄が完全に消え去っていて、魔兎だったときのブランの姿と重なったからだ。

 姿こそ魔獣然としているけれど、私かウィル様が名を与えれば、この子もブランと同様、従魔になってくれると思ったのである。


「じゃあ……そうねえ。この子は、双頭犬(オルトロス)だから……」


 私は、左右の頭を、それぞれよく見た。

 右の子は、ちょっと垂れ目で、鼻がつぶれている。

 左の子は、きりりとした目元で、頬がしゅっと細い。


「決めたわ。右の子が、オル。左の子が、ルトよ」


「えっ、それぞれの頭に名前を……?」


「わふ、わうう」


「くぅん、わうっ」


 私が左右それぞれの頭に名前を付けると、ウィル様は驚きに目をみはった。

 オル、ルトはそれぞれ嬉しそうに鳴いて、尻尾を振ると――突如、全身から白い光を放ち始める。


『わーい、戻ったぁ』


『元通りだぁ、ありがとっ』


 嬉しそうに弾む、無邪気な声が、心の中に語りかけてくる。

 光が消えると、そこには、二匹の紺色の子犬が、尻尾を振っておすわりしていたのだった。


「ぶ、ぶ、分裂した!?」


 私は、驚いて声をあげた。ウィル様も目を見開いて固まっているし、ブランも、ウィル様の腕の中で目をぱちくりさせている。


「ど、どういうことなの?」


『ぼくとオルは、もともと、双子だったんだ』


『そーそー。あたしとルトは、双子だったの』


 右側にいる、垂れ目のオルが女の子。左側にいる、きりり目のルトが男の子のようだ。


『おかーさんが、ぼくたちにそれぞれ別の名前をくれたから』


『だから、やっと元通り、二匹に戻れたの』


「そうだったの……。あ、身体が小さくなったのは、どうして?」


『その方が便利だと思ったからだよ』


『大きくもなれるよ。大きくなるー?』


「う、ううん、このままの大きさでお願い」


 私が慌てて巨大化を断ると、二匹は同時に、『わかったー』と返事をした。どうやら彼らは、いつでも大きな姿になれるらしい。

 さらに話を聞いていくと、再び融合して双頭犬の姿になったり、また普通の犬の姿に分裂したりするのも可能なのだとか。


『においを辿ったり、追いかけたりするのも得意なんだー』


『もちろん、戦うのもまかせてー』


「とっても心強いわ。これからよろしくね、オル、ルト」


 私がオルとルトの頭を撫でると、二匹は嬉しそうに尻尾を振ったのだった。

 それから、普段は必ずこの子犬の姿でいるようにと念を押す。


「あっ、それと、ブランは追いかけられるのが好きじゃないから、あまり追い回して困らせないようにね」


 私が二匹にそうお願いし、了承してもらったところで、ようやくブランは安心したように、耳を垂らして脱力したのだった。


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