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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第六章 魔女との邂逅

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4-38 時の輪のその先も



 その日の夜。

 私たちは、漆黒の天竜の背に乗せてもらい、一気に死の山から下山していた。

 天竜の背は広くて、私たち三人(・・)と一匹が乗っても、何の問題もない。

 空を翔ける速度も見事なもので、高いところから、有毒ガスの地帯もすんなり抜けてしまう。

 ウィル様の風の結界に守られているので、空の旅は快適そのものだった。


「ありがとう、天竜さん」


「なに、そなたたちのもたらしてくれた約束に比べれば、大したことはない。それに、我が送り届けることができるのは、すぐ近く――水竜の棲む湖までだ」


 漆黒の天竜が目指す先には、暗くてよく見えないが、大きな湖があるらしい。湖までは溶岩や火山灰が到達しないのか、湖の周りは深い森に囲まれているのだそうだ。

 月や星でも出ていれば湖面が光を反射するのだろうが、天竜には雨雲を呼ぶ性質があるらしく、私たちは、闇に溶けるように移動していた。これならば、近くの街の人たちにも姿を見られることはないだろう。


「いいや、充分助かるよ。魔女の館から、そんなに離れるわけにもいかないんだろう?」


「ああ。だが、今は我のかわりに、館にキャンベルの子がいるからな。もう少し遠くまで行っても良いのだが、人間たちの縄張りに入ったら、怖がらせてしまうだろう」


「そうだね。魔獣と聖獣の違いは、俺たちにはわからないからな」


 ウィル様はそう言うが、そもそも、呪いの有無がわかる私であっても、ドラゴンの姿は恐ろしいものだった。魔獣とか聖獣とかの問題ではない。


「それにしても、ウィル様。シナモン様のことは、良かったのですか?」


 私は、魔女の館で別れてきた、女性騎士シナモン様のことを思い出す。

 彼女は、「連絡要員も必要だろう? 修行と魔女の護衛も兼ねて、私がここに残る」と自ら志願したのだ。どうしても、漆黒の天竜や他の聖獣たちに修行をつけてもらいたかったらしい。


「――うん。あいつが望んだことだし、本人も言っていた通り、連絡要員は必要だ。それに、魔女にとっても、話し相手がいるというのは、良いことだろう」


 シナモン様は魔女の館に残ることになったが、時の輪から外れた魔女とは違って、生活に必要な物も多い。だから、湖と魔女の館付近の川を行き来できるという水竜に頼んで、定期的に食料や物資を送ってもらうことになる。

 その物資を用意する役割は、クロム様が担うことになった。クロム様は、周辺の街に残って情報収集を続けたかったので、都合が良いのだという。


「クロム殿、連絡用の魔道具は、二つとも持っていますよね」


「ああ、持ってるぞ。これを使って、シナモン嬢や君たちと連絡を取り合えばいいんだろ?」


「ええ。一つはシナモン、もう一つは俺が持っているもう一対の連絡用魔道具に繋がります。何かあったら、いつでも連絡をください」


「わかった。任せろ」


 今回持ってきた連絡用の魔道具は、設置できる大型のものとは違って、対になっている物同士でしか連絡が取れない。その分小型であり、情報の機密性や安全性も高いのだという。


「人間たちよ、そろそろ湖に着くぞ。少しばかり着地の衝撃があるから、備えるが良い」


「はい」


 漆黒の天竜は、私たちの準備が整ったことを確認すると、一気に高度を下げていく。

 落下しているかのような速度で湖のほとりに近づくと、最後に速度を緩めて、ドシンと音を立てて着地した。

 木々が震えて、小枝や葉を落とす。砂煙が立ち、水面にも波紋が広がった。


「水竜よ、起きているか?」


「ふぁーあ。今のドッシンで起きたよお」


 天竜が湖に向かって声をかけると、大きな水音と共に、間延びしたような声が返ってきた。

 私は声のした方向に目を凝らすが、あまりにも暗くて、よく見えない。


「事情は念話で伝えた通りだ。この人間たちが仲介をするから、助けてやってくれ」


「んー、わかったよお」


「では、我は戻る。またな、人間たちよ」


「ああ。ありがとう、天竜殿」


 ウィル様がお礼を言うと、闇夜に輝く金色の双眼が、ぱちりとひとつ瞬きをする。

 そうして、雷雲と共に、天竜は空へと去って行った。


「ふぁーあ。話は明日にして、君たちも、今日は休んだら? ここには魔獣もいないし、肉食獣も寄りつかないからさあ。おいら、暗くなると眠くてしょうがないんだあ」


 水竜の声はするものの、その姿は依然として見えない。

 しかし、話が終わると、湖面に大きな波が立ち、その気配は去って行った。


「……行ってしまったみたいですね」


「ああ。この時間だと、もう街に出るのも難しい。水竜の言った通り、ここで野宿しようか」


 そうして私たちは、湖のほとりで一夜を明かしたのだった。



 翌朝。

 目を覚ました私たちは、水竜と話をつけた。

 水竜は、太陽の下でもあまりよく見えなかった。なぜなら、その体が、水晶のように透き通っているためである。

 外に出ている部分は光の反射でキラキラとしていたが、水に浸かっている部分などは、水と完全に同化してまるっきり見えなかった。


 水竜と今後のことを話した後は、全員で近くの街へと移動。クロム様とは、そこで別れることとなった。


「クロム様、お元気で」


「ああ。君たちもな。ところでミア嬢……ステラ様に会えるかどうかはわからないが、何か伝えておくことはあるか?」


「そうですね……では、ありがとう、とだけ」


「……わかった。会えたら、必ず伝える」


 物心ついてから、一度も会っていなかった人だ。あまり多くの言葉は、必要ない。

 クロム様は、それでも私の気持ちを察してくれたのだろう。目を細めて、くしゃっと笑った。



 そうして、魔女の館へ送る物資を両手いっぱいに抱えて、クロム様は水竜の湖へと戻っていった。

 ここからは、私とウィル様とブランだけだ。


 私たちだけになった途端に、ブランを抱っこした私の腰を、ウィル様が抱き寄せる。

 素直にウィル様に身を預けながら、私たちは久々にゆったりとした時間を過ごした。


「王都へ戻ったら、シュウさんと魔法騎士団長に報告。教会の件と隣国の件に加えて、今回の件……忙しくなりそうだな」


「ええ。でも、大丈夫ですわ。そのかわりに、大きな懸念がひとつ、減りましたもの」


「ああ、そうだね」


 私たちは、どちらからともなく唇を寄せ合う。

 ブランを抱いたままなので、ほんの一瞬、触れ合うだけのキスだ。


 けれど、これから先も、彼と私は、一緒にいられる。

 時の輪が閉じるその日より後も、ずっと、ずっと――。


 呆れた調子のブランに声をかけられるまで、そんな万感の想いを込めて、私たちは飽きもせず見つめ合っていたのだった。



【第四部 完】

 お読みくださり、ありがとうございます!

 このお話で、第四部は完結となります。

 次回、時系列とキャラクターまとめを投稿し、第五部に入ります。

 第五部で最終部となる予定です……!

 引き続きお楽しみいただけましたら、幸いです。

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