表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第六章 魔女との邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/192

4-36 悔いるな、前を向け



「誰しもが持っているって言うけどな……聖力は聖女だけが振るうことのできる力じゃないのか?」


「ええ。俺も、聖魔法の詠唱を試したことがありますが、全く発動しませんでしたよ」


 クロム様が魔女の言葉に疑問を呈し、ウィル様もそれに同意する。『加護』がかかっている状態であれば別だけれど、そうでなければ、聖女以外の人間に聖魔法は発動できないはずだ。


「確かに、聖力を聖魔法として発現できるのは、魔核の代わりに聖核、魔力回路の代わりに聖力回路を持つ、聖女たちだけじゃ。もしくは、外付けの聖力回路である『加護』を使うか、じゃな」


「聖核と聖力回路?」


「うむ。心の力、感情の力。善なる記憶が作り出す、善なる心の動き――それが聖力の源。心のエネルギーを聖力として身体に溜め、外へ放出する回路を持つ者、それが聖女なのじゃ」


「善なる心の動き……」


 私は、その言葉を聞いて、聖魔法が強まる条件を思い返した。


 ルゥ君――ウィル様を助けたい、癒やしたいと強く思ったとき。

 オスカーお兄様の負った大怪我を、絶対に治してみせるのだと強く願ったとき。


 大切な人を慈しみ、愛する心。

 すなわち、受け取ってきたあたたかな感情と、幸せな記憶がもたらす、心の安定――。


「そちは、気がついたようじゃな。若き聖女よ」


「――ええ」


 魔女の紅い瞳が、私へと向けられる。その口元は、満足げに弧を描いていた。


「聖魔法の力の源――それは魔女様のおっしゃるように、幸せな記憶や人との絆から生まれる、心の動きです」


「だとしても、だ」


 私の回答を横目に、クロム様は不満を隠そうともせず詰問する。


「記憶を奪わなくても、聖力を手に入れる方法はあるんじゃないのか?」


「……残念ながら」


 魔女は、悲しそうに首をふるふると横に振った。


「もう気づいているじゃろうが、わらわは、地竜の象る永遠の輪(ウロボロス)の外へ出ることが叶わぬ。ゆえに、自ら外へ出向いて聖女に協力を仰ぐことも不可能。加えて、ある時期から、聖女が近くを訪れることが全くなくなってのう……もう七、八十年になるか」


「聖女が教会から出られないような仕組みへ改革された頃ですね。大神官長が変わったと噂されている時期だ」


 数十年前に、教会の方針が大きく変化したのだという話は、以前聖女マリィから聞いていた。

 教会は、聖女の外出を制限、恋愛や結婚をコントロールし、聖女の待遇を治療回数に応じて変えたという。


「それまでは、人語を解する天竜、もしくは水竜が、数年に一度、聖女をわらわのもとへ連れてきてくれたんじゃ。魔王の呪いを解呪できる者はおらんかったが、かわりに『加護』をかけてもらっておった。永遠の輪(ウロボロス)の綻びで進行した呪いを差し戻すのと、怪我をした聖獣たちを治療するために、聖力を使っていたのじゃ」


「なるほど……『願いを叶える魔女』の噂が流れ始めたのも七十年ほど前からだと聞いていますが、その噂も貴女が流したものですか?」


「うむ、そうじゃ。噂の流布は、まあまあ上手くいったのう」


 聖女の協力を得られなくなった魔女は、他の方法で聖力を手に入れるしかなくなってしまった。

 だからこそ、『願いを叶える魔女の噂』を流し、魔女の元を人が訪れるように仕向けたのだろう。


「聖女から『加護』を受けられなくなったのはわかったが、一般人から聖力を受け取るには、記憶を消去するしかなかったのか?」


「ああ。聖女以外の人間には聖核がない。聖力を溜めておけないのじゃ。じゃから、彼らと共に記憶を辿ることで感情の力を引き出し、その力を貰い受けるしかなかった」


 魔女は、悲しそうに、悔しそうにうつむく。

 彼らの記憶を奪うのは、生命を奪うのと同じく、彼女の本意ではなかったのだろう。


「ちょっと待て。延命は? それまで、他の人間から、生命は奪っていなかったんだろう?」


「……闇夜竜ファーブニルがこの世を去ったのが、半世紀ほど前。そう言えば、理解してもらえるか?」


「もしや……ファーブニルは」


 その名に反応を示したのは、シナモン様だった。

 シナモン様の生家、キャンベル侯爵家は、ファーブニルと戦うことを夢見て力を磨いてきたのである。

 彼女は視線を彷徨わせて、複雑そうな表情をした。


「すまぬな、キャンベルの子よ。おぬしらの大切な友の命を……共に戦った仲間の命を……、わらわは……わらわは」


 ずっと悲しそうにうつむいていた魔女だが、ついにその目から、大きなしずくが落ちる。

 魔女にとっても、ファーブニルというドラゴンは、とても大切な存在だったのだろう。


「そうか……。ならば、ファーブニルは、幸せな人生、いや、ドラゴン生だっただろうよ」


「……そうであれば良いがの」


「ああ。間違いない。だから、魔女殿、貴女もその選択を悔いるな。食いしばってでも前を向け。呪いが燃え尽きるまで、生きろ。戦え。一人になろうとも、折れては駄目だ。それが貴女の選んだ道であり、ファーブニルの望みだ」


 シナモン様は、魔女の両肩に優しく手を置き、告げる。彼女の言葉は厳しいものだったが、それに反して、その表情はとても優しいものだった。

 魔女の両目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。魔女は袖口でそれを拭うと、深呼吸をして、気丈にも笑った。


「ありがとう、キャンベルの子。わらわは、戦うよ。魔王の呪いを破る方法が見つかる、その日まで」


 魔女の笑顔を見て、シナモン様も満足そうに微笑み、頷く。

 漆黒の天竜と白銀の地竜が言ったように、魔女は、とても強い人なのだと――私は強く感じたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ