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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第三章 聖女の証明

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1-15 星の夜 前編 ★三人称視点



 過去の回想です。

 この話と、次話のみ三人称視点となります。


――*――



◇◆◇



 教会の門扉は、いつでも開かれている。

 そうは言っても、夜にわざわざ訪れるような者は、急病人を除いて、ほとんどいない。


 だが、その日は慌ただしく教会の扉を叩く音があった。

 ノッカーを何度も叩いているのは、エヴァンズ子爵の執事だ。

 後ろでオロオロしている子爵は、その腕に、お腹の大きな妻を抱いている。


 よほど慌てていたのだろう、子爵のライトブラウンの髪は汗で張り付き、青色の瞳は泣きそうに歪んでいた。

 苦しむ妻の目はギュッと閉じられていて、オレンジイエローの瞳は隠れて見えない。

 美しく纏められていたであろうプラチナブロンドの髪も、ところどころほつれている。


「ごめんください、どなたか聖女様は……! 妻が、子供が……!」


「こんな夜分にどうされたのです? ……まあ、大変だわ! とにかく中へ!」


 中から出てきた聖女は、子爵の腕の中で荒い息をしている女性を見て、海色の目を大きく見開いた。

 すぐさま、教会の扉を大きく開くと、子爵とその妻を招き入れる。


「妻が、急に苦しみ出して……! お願いです! 妻を、お腹の子を、どうか救ってください!」


「こんなに『呪い』が進行して、お辛かったでしょう。もう大丈夫ですよ。さあ、奥様をそこに寝かせて」


 エヴァンズ子爵は、聖女の言う通り、妻を優しくベッドに下ろした。

 子爵の妻は、玉のような汗をかき、胸を不規則に上下させている。


「……大丈夫、ゆっくり息を吸って、吐いて……あら、これは……どうしましょう……!」


「聖女様、妻になにか……!?」


「落ち着いてください。ご主人、急いでお産婆さんに連絡できますか? 私は『呪い』は解けますが、お産の方は難しいです」


「お産……? もしかして、う、生まれるんですか!?」


「ええ、急いで」


 子爵は、弾かれたように教会を出た。

 外で馬を車から外して休ませていた、執事に事情を伝える。

 彼はすぐさま、馬を走らせて夜闇に消えていった。




 しばらくして。

 子爵の妻の『呪い』は聖女によって解かれた。

 出産も、少し難産だったものの、なんとか無事に済んだ。


 妻にも、生まれてきた長男にも、『呪い』の影響は残らなかった。

 聖女が時間をかけて、丁寧に解呪してくれたおかげである。


「聖女様、本当にありがとうございました」


「いいえ。私、生命の誕生を初めて間近で見ることができて、感動致しました。ご主人は、奥様のこと、とても大切に想っておられるのですね」


「ええ。最愛の妻です。そして今日、また私に宝物が増えました。聖女様のおかげです」


「私は……大したことは。解呪にすごく時間がかかってしまって、お身体に余計な負担を……」


 聖女の表情が(かげ)る。

 子爵は、心底満足そうな笑顔で聖女に感謝を告げているのだが、聖女には何やら思うところがあるらしい。


「いいえ。貴女がいなかったら、妻は助かりませんでした。こんな夜間なのに、すぐさま対応して下さって……貴女様は、私たちの大恩人ですよ」


 子爵は何かを察したようで、聖女に優しい笑みを浮かべる。


 そもそも、ほとんど人の訪れない夜間に教会に詰めるのは、聖女にとってほとんどメリットがない。なぜなら、聖女の評価は、『何人の患者を治したか』によってのみ決められるからだ。

 評価が高くなればなるほど教会内での待遇も良くなり、雑用などもしなくて良くなるのだから。


 なのに、子爵の目の前で目を潤ませている聖女は、人の来ない夜間を選んで勤務していた。

 彼女は、解呪に時間がかかったことを気にしていた――それは、聖魔法の力が弱いからだと勘違いしているのである。

 実際には、他の聖女よりも時間をかけて精査し、痕も残さず丁寧に治しているからなのだが。


 また、他の聖女が、ほんの少しだけ病や呪いの種を残して、再び教会を、いや、自分のもとを訪れるように仕向けていることも――教会内で孤立していた彼女は、知らなかった。


「聖女様。私たちは、心から貴女に感謝しています。私なんて、ただオロオロしていただけで、何もできなかった……声をかけ、手を握るくらいしか」


「いえ、きっと、奥様は、心強かったと思いますわ。素敵なことですね、支え合うということ、共に生きるということは。誰かにとって、特別であるということは」


 聖女の瞳の奥に、光が灯る。

 それは未来への希望。自らの足で歩き出そうとする、意志の欠片。


「私も――お二人のおかげで、決心がつきました」


「決心……?」


「私はここにいても、誰かにとって何者かになることはできません。他の聖女たちに比べて、力が弱くて……解呪にも治癒にも時間がかかるのです。ならば、私は、私にとって特別な人の、特別になりたい」


 その言葉に、子爵は狼狽える。

 彼女の言葉は、教会を抜けるということに他ならないからだ。


 教会を抜け出しても、神殿騎士団がどこまでも探しに行くだろう――そして、見つかってしまった聖女は、二度と逃げられないよう、監禁状態にされる。その後どれだけ教会に貢献しようとも、特別な待遇は一生受けられないのだ。

 立場の低い聖女でもそれなりの待遇は受けられるのだから、一時的な感情の昂りでそんな判断をするのは、かなりハイリスクである。


「聖女様、それは――」


「もう決めたのです。私の決めたことですから、あなたが責任や何かを感じることはありませんわ」


 聖女の瞳に宿った光は、すでに強く輝いていた。

 子爵は、彼女の意志を覆すことはできないと判断し、小さく息をつく。

 無鉄砲だとは思うが――自分の意志で歩き出そうとする人を見るのも、助けるのも、嫌いではなかった。


「……私には、あなたの人生に口を出す資格はありません。ですが、一つだけ。何か困りごとがあったら、エヴァンズ子爵家を訪ねて下さい。必ずです」


「エヴァンズ子爵様……はい。ありがとうございます」


 聖女は、深く頭を下げた。

 ベールの内側から、美しい白銀色の髪がこぼれる。

 顔を上げた聖女としっかり目を合わせ、子爵は、励ますように大きく頷いた。


「最後に……私は、ステラといいます。いつかまた、お目にかかりたいです。奥様にも、ご子息様にも」


「ええ、いつでも待っていますよ。ステラ様」


 ――それが、エヴァンズ子爵と聖女ステラの、出会いだった。


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