4-34 魔女の秘密
魔女が出て行った客室で、私たちはこれまでの会話からわかったことを、まとめることにした。
私とウィル様がベッドに腰掛け、シナモン様とクロム様はソファーに。ブランは、私の膝の上に陣取っている。
「まずは、魔女の身体について――」
魔女は、自らの身の永遠を願い、人の生の理から外れ、自らの身に魔法をかけた。
彼女は持てる魔力を全て失い、訪れた者の魔力でその者の願いを叶えると同時に、生命を吸うことで命を長らえている。
「白銀の地竜がウロボロスを象っていたのも、おそらく魔女の身にかけられた『永遠』を願う魔法と関係がある。だから、地竜はこの館を囲い込んで動かずにいるんだ」
「漆黒の天竜は、地竜と魔女を守るために、近くの空に棲んでいるのかもしれないな」
ウィル様とシナモン様が、二頭のドラゴンについて考察を述べた。私も、クロム様も、静かに頷く。
「途中の巨大鳥も魔女を守ろうとしている様子でした。それに、この山で会った動物たちは、みな呪いの靄に侵されていない――魔獣ではなく、きちんと知性を持ち、会話の成り立つ子たちでしたわ」
「ああ。魔女が『賢者』であること……すなわち、勇者パーティーが複数の聖獣を従えていたことと関係があるのかもしれない」
巨大鳥やその仲間の動物たちも、ドラゴンたちも、勇者たちの従魔であり、今もまだ賢者に忠誠を誓っている可能性があると、ウィル様は考察した。
「さて、次に……ミアに話を聞きたいのだけれど」
「『解呪』の件ですわね」
「うん。呪いの靄は見えないと言っていたけれど……」
ウィル様は、私と魔女の会話を覚えてくれていたようだ。私は頷いて、続ける。
「ええ。靄は、魔女様の身体の表層には、全く現れていませんでした。しかし……彼女の身体の中には、とても強力な呪力が根を張っています」
「……どういうこと?」
「私にもさっぱり、わからないのです。ただ、魔女様の身体の表面に、薄い聖力の膜――『加護』に似た聖魔法が張られていました。まるで呪力が外に出ないよう、蓋をしているかのように」
「――それは、俺も感じたぜ。しかもありゃあ、一人分の聖力じゃない。複数の人間の聖力……それも、弱い聖力を無理矢理かき集めたって感じだ」
私の言葉に同意したのは、神殿騎士のクロム様だった。
彼は、色々な聖女の『加護』を受けた経験があるから、気がついたのだろう。
「それは本当か? 教会に隔離されている聖女が、そんなにたくさんこの地を訪れたとも思えないのだが」
眉を顰めて疑問を呈したのは、シナモン様だ。
「ああ、俺もそう思うぜ。だが――」
クロム様も、それに同意した。しかし、何か違和感があるらしい。一度言葉を切ると、少し考えてから、話を続けた。
「――あのレベルの聖力、なぁ。教会の聖女にしては弱すぎると思うんだよ」
「しかし、聖魔法は聖女しか使えない。聖力も聖女しか持たないものだろう?」
「うーん……そうなんだよなあ。でもなあ……」
シナモン様の指摘に、クロム様は自信なさげに同意し、口をつぐんでしまった。
しかし、私もクロム様と同意見である。魔女の張っていた聖力の膜は、これまでに出会った聖女たちの『加護』のように、強力なものではなかったのだ。
「きゅうう」
「ん? 何だ、ブラン」
皆が口を噤んだところで、私の膝上のブランが、何かを主張するようにひと鳴きした。
「きゅるうるる。きゅう、きゅるる?」
「……ああ、そうだな。確かに魔女は、お前なら、不老不死を望んだ理由の一端がわかるのではと言っていたな」
「きゅう」
「何か思い当たるのか? 言ってみてくれ」
そうして、ブランがウィル様に何かを一生懸命伝える。
頷きながらブランの言葉に耳を傾けていたウィル様の顔は、だんだん険しさを帯びていく。
「ぷうう」
ブランが話し終えても、ウィル様は顎に手を当てたまま、沈黙している。
「ブランは何と?」
シナモン様が促して、ようやく、ウィル様は顎から手を離し、重い口を開いた。
「……呪いに侵された獣は、一度死を迎えることで魔獣に生まれ変わる」
「ああ。しばらく前に、魔法石研究所で聞いたな。それで?」
「そして、魔女はやはり、強力な呪いをその身に宿している可能性がある」
「それもさっき、ミア嬢が言っただろう」
「ああ」
ウィル様の的を射ない回答に、シナモン様の表情が訝しげになる。
シナモン様が口を開こうとしたが、それより先に、ウィル様は続きを話し始めた。
「つまり。おそらくだが……彼女は、その身が死を迎えることがないよう、幾重にも魔法を張り巡らせ、たった一人で、呪いの発現を抑え続けているんだ――数百年も前から」
「……どういうことだ? もっとわかるように説明しろ」
「お前は、魔女の言葉に引っかかりを感じなかったか? 魔女がこの地に住み始めたのは、魔王がひとまず姿を消し、勇者たちが王都に凱旋した頃だと」
「ひとまず?」
ウィル様の言葉に、シナモン様もクロム様も、はっとした表情を作る。
「――まさか」
「ああ。おそらく、魔王は滅びていない。その身を呪いに変え、魔女の中で、今も彼女を蝕み続けているんだ。すなわち――」
ウィル様は、小さく低い声で、自身の推測を呟いた。
「――魔女が死ねば、魔王が蘇る」
「すばらしい。大正解なのじゃ」
室内の空気とは対照的に、明るい声をあげて客室の入り口に姿を現したのは、湯気の立つカップが載ったトレーを持っている、魔女本人だった。




