4-30 ウロボロス
魔女の館をぐるりと取り囲むように陣取っている、巨大な蛇。
私たちは、二手に分かれてその蛇の周辺を探り、通れそうな道を探すことにしたのだった。
チーム分けは、当然、私とウィル様とブラン。それから、シナモン様とクロム様だ。
攻守のバランスを考えれば、男女別で分けても良かったのだが……シナモン様がそう提案すると、ウィル様のご機嫌が急降下したので、結局こうなった。
「ミア、足は疲れていない? 抱っこしてあげようか?」
「え、遠慮しますわ」
きらきらの笑顔で尋ねてくるウィル様に、私はぶんぶんと手を振って断る。
「きゅう、きゅううー!」
「わっ。ブラン、お前には聞いてないぞ」
私が断ったのを見て、すかさずブランはウィル様の腕の中に飛び込んだ。
「『おなかいっぱいで眠いから抱っこしてっ』とさ。まったく、仕方のない奴だな」
「ふふ。さっき人参を食べていたものね」
そうは言っても、ウィル様は嫌そうなそぶりも見せず、ブランを片方の腕で抱えて苦笑している。
ブランは気持ちよさそうに目を閉じた。ブランを見ていると、ここが危険な灰の森だということを忘れそうになってしまう。
「……それにしても、本当に大きな蛇ですね」
「ああ。こんな禿げ山に住んでいるのにこの巨体……一体、何を食べているんだろうな」
「ええ。それに、魔女はどうやって生活しているのかしら。心底、謎ですわ……」
やはりこの大蛇も、先程の巨大鳥と同様に、魔女の使い魔なんだろうか。
だとしたら、彼らの主たる魔女は、どれほどの力を秘めているのだろう。
「ん? あれは……」
「どうしました?」
「あそこ……見えるかい、ミア」
ウィル様が指さす方を見ると、そこには――。
「……困りましたわね」
「ああ……参ったな。ただ、ひとまず危害はなさそうだし、ほぼ半周に近い場所だし……二人に連絡を入れて、待機しよう」
私が頷くと、ウィル様は連絡用の魔道具を取り出し、シナモン様とクロム様に状況を報告。
私たちは、近くにあった手頃な岩に腰掛けて、二人の到着を待つことにしたのだった。
*
シナモン様たちとは、そんなに時間もかけずに合流することができた。
「それで……どうするんだ?」
「……見ての通り、通れそうにないからな」
私たちがこうして困っているのは、大蛇が自らの尻尾を噛んでいるからである。
「――ウロボロス、か。当然、意味があるのだろうな」
魔女の館を取り巻く蛇が、永遠を意味する輪、ウロボロスを形作っている。
何らかの魔法的な意味があるのではないか、とウィル様は考えた。
シナモン様とクロム様も、同じ考えのようだ。
「通るために、何らかの条件があるのではないか? これまでと同じように」
「そうかもしれない……が、この蛇、眠っているようだしな……」
シナモン様の言うとおり、ここを通るための条件があるのかもしれない。
けれど、大蛇は起きる気配もない。
「……ん?」
私たちが呆然と蛇の頭を見ていると、クロム様が何かに気がついたようだ。
眠っている蛇を起こさないように、警戒しながら蛇の頭部に近づいていく。
「気をつけて下さいよ」
「わかってる」
小声でやりとりをして、クロム様は蛇のすぐそばまで忍び足で歩いて行く。
クロム様はしゃがみこんで何かを確認すると、再び足音を殺して、私たちの方へと戻ってきた。
「……蛇の真下に、ちょっとした窪みがある。ここ以外にも、所々、陥没している場所があるようだぞ」
「窪みですか?」
「ああ。平らな土地ではなく、荒れ地になっているからな。もう一度よく探せば、人が通れる場所もあるんじゃないか?」
クロム様の言うように、この辺りの土地はでこぼこしている。
蛇が無駄に大きいので、窪地との間に隙間ができているかもしれない。
だが、それはつまり――。
「……蛇の下をくぐりぬける、ということになりますよね」
「ああ、そうなるな」
何かの拍子に、蛇が起きてしまったり、動いて体勢を変えたりしたら、最悪押しつぶされてしまうのではないだろうか。
私はぶるりと身震いをした。
「なら、また二手に分かれて――」
「――いや、待て」
ウィル様が提案しようとしたところで、シナモン様が片手を上げ、制止する。
彼女は、蛇ではなく、上空を向いていた。
つられて見上げると、先程まで所々に白い雲が浮かぶ晴天だったはずが、いつのまにか黒い雲が広がり始めていた。
ゴロゴロゴロ……
黒雲はあっという間に広がり、ついには、雷鳴も響き始める。
「……まずいな。雨雲か」
「いや、ただの雨雲ではない。この感じ……!」
シナモン様は、腰を低く落とすと、腰の剣に手をかけた。
「――何か来るぞ! 伏せろ!」
ゴォォォォ!
轟音と共に強風が吹き荒れ、雨雲を割って、それは私たちの前に姿を現したのだった。




