4-26 各々の為すべきこと
初めて有益な情報が手に入ったのは、それから馬車で十日ほど進んだ街でのことだった。
馬車で進めるのも、あと一日か二日といったところだろう。その先は、荷物を最小限に減らし、馬で。最終的には、徒歩で移動することになる。
魔女の住む死の山も、ここまでくればもうはっきりと見えている。
――とてつもなく大きく、形の歪な、黒い山だ。
その頂上はどろりと赤く煮え立ち、灰色の噴煙をもくもくと空へ吐き出していた。
「……もうすぐだな」
ウィル様は眉を寄せ、口元を引き結び、固い表情で山を見上げる。
「なんだ、ここに来て怖じ気づいたのか?」
「そんなわけあるか。それよりお前こそビビってるんじゃないのか?」
「ふ。私があの程度の障害に恐怖するとでも?」
シナモン様が挑戦的に尋ねると、ウィル様は振り返り、いつものように言い返す。
なんだかんだ言って、この二人は仲が良いのではないだろうか。少なくとも、簡単に他者に感情を覗かせないウィル様がこうして軽口を言い合っているのだから。
本人たちに言ったら怒られてしまいそうだけれど、お互い、信頼しあっているのだと思う。
「それよりシナモン。お前、どうして今回、俺について来てくれたんだ?」
「シュウ所長の命令だからだ。お前とミア嬢は大切な人材だから、絶対に死なせるなと」
「それだけじゃないだろう」
「――ドラゴンだ」
シナモン様は、すうっと目を細めて、端的に告げる。
その名を口にしたシナモン様は、ぶるりと一瞬身震いをした。武者震いだろうか。
「ドラゴン……硬い鱗に覆われた巨体と翼、高い知能を持つという、伝説の魔獣か」
「ああ。かつて私の祖先である『英雄』は、ドラゴンと三日三晩死闘を繰り広げた末、ついには調伏したという。だが、『英雄』の死後、力の弱まったキャンベル侯爵家はドラゴンを従え続けることができず、奴は死の山のねぐらに戻っていってしまった。再びドラゴンに相まみえ、調伏することが、我がキャンベル侯爵家の悲願なのだ」
「……そうか。だが、無理はするなよ」
「ふ、わかっているよ。今回の最重要任務は、お前たちを守り抜くことだ。我が家の事情でお前たちを危険にさらすような真似はしない。本気で戦うのなら準備も必要だし、今回はねぐらの位置を確かめる程度にするさ」
「ああ」
いくら好戦的なシナモン様でも、さすがに準備なしでドラゴンと戦うつもりはないようだ。
ウィル様は納得して頷き、シナモン様に背を向け、再び死の山を見上げる。
「それに……好敵手に負け越したまま先立たれるのは、許せないからな」
――シナモン様が瞳を揺らし、ぼそりとそう呟いたのを、私の耳はしっかりと拾っていた。
*
その後、街の宿屋でクロム様と合流した私たちに、新たな情報がもたらされることとなった。
「ステラ様と思われる人物が、数日前にこの街を訪れたそうだぞ」
「えっ。数日前、ですか?」
「ああ。この街の教会に寄った後、東の方へ向かうと言っていたそうだ」
「東……」
私は、宿の部屋から、窓の外を見やる。
――ステラ様が、近くにいるかもしれない。
物心つく前から現在まで、十数年もの間、一度も会ったことのない実の母親。
もし会えたとして、何を話し、どう接したらいいのだろうか。
「今から追えば、会えるかもしれないぞ。死の山は北……別の方向になるが、どうする?」
私の心が揺れていることを、皆、わかっているのだろう。
ウィル様も、シナモン様も、クロム様も、私の言葉を静かに待ってくれている。
「……ステラ様は何のために東へ向かっているのですか?」
「南の丘教会にいた頃の知己に会って、何かを渡して回っているようだな。俺が会った聖女様は、詳しいことは教えてくれなかったが……どうやらとても大切なことみたいだ」
「そうですか……何か目的があって旅をしておられるのですね」
クロム様は、頷いた。
「でしたら、私は東へは向かわず、このまま死の山へ向かいたいと思います」
「……いいのかい?」
「ええ。私には私の、ステラ様にはステラ様の為すべきことがあります。あ……ですが、クロム様はどうなさりたいですか?」
私は、クロム様に尋ねた。
彼は、南の丘教会所属の神殿騎士として、王都にずっと縛られていた。こうして王都外に出て、ステラ様たちの消息を探るのは、彼の長年の願いだったはずだ。
「俺は……正直、気にならないと言ったら嘘になるな」
クロム様は、小さくため息をついて窓の外を眺めた。
「だが、ステラ様が無事だとわかっただけでも大きな収穫だ。ジュードの情報は得られなかったが、ステラ様には護衛がついていたというから、そのうちの一人がジュードだという可能性もある」
クロム様は、ふっと笑って、私たちひとりひとりの目を見る。そして、大きく頷いた。
「今回の主目的は、死の山から全員で帰還すること……なら、任務が終わってから、改めて東の方を重点的に探してみるさ」
「クロム様……」
「なあに、教会のある街を虱潰しに探していけば、いつか辿り着くさ。それに、魔女には俺も少しばかり用事があってな」
クロム様は、常に胸から下げているペンダントの、ロケットを開いた。
ロケットに入れられている絵は、こちらからは見えないが、彼の眉には少しだけ力がこもる。
その様子を見たウィル様が、はっと息をのんで、クロム様に強い視線を向けた。
「クロム殿、用事というのはまさか――」
「ウィリアム君。きみの心配しているようなことではないよ。ちょっと聞きたい話があるだけさ」
「なら、良いのですが……」
クロム様は、私たちに完全に背を向け、窓の枠に手をかけ、腕の力で寄りかかった。
ウィル様は納得していないようだが、クロム様の背中はもう、それに関する質問を拒んでいる。
「さあ、今日はもう解散だ。明日は馬車で寄れる、最後の街だからな……俺は一杯ひっかけてくるよ」
クロム様は、思いっきり伸びをすると、ニカッと笑って部屋を出て行ったのだった。




