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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第四章 魔獣と呪いと聖魔法

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4-23 魔石と魔獣

ミア視点に戻ります。



 それから少しの間、ウィル様とブランがお話をしてみて、色々とわかったことがある。


 まず、ブランは普通の動物よりもずっと知能が高いということだ。

 檻に入れておかなくても、ウィル様か私が近くにいれば、脱走したり所内を荒らしたりすることもないだろう。


 先程は神殿騎士から逃げ回っていたが、それはどうやら、私とウィル様の姿を探してあちこち駆け回っていただけらしい。

 神殿騎士を嫌がったのは、自分の邪魔をしてしつこくずっと追い回していたから。シナモン様に敵対心を向けたのは、ウィル様がシナモン様を苦手に思っていることが伝わってきたからだそうだ。


「そういうわけなので、ブランは檻から出しても大丈夫です。俺が責任を持って面倒を見ます」


「これは……従魔化したということになるのだろうな」


「ええ、おそらく」


「ふ、ふふ。ふふふふふ」


 ウィル様の報告を聞いていたシュウ様は、突然笑いをこぼした。肘を机について、組んだ手を額に当てて、肩をふるわせている。


「……シュウさん?」


「ふふ、ははははは! 全く、きみたちというものは!」


 シュウ様は心から楽しそうに、笑い始めた。私も呆気にとられてしまったが、ウィル様もぽかんとしている。ウィル様の腕に抱かれているブランは、髭をぴくぴくさせながら、不思議そうにシュウ様を見ていた。


「はは、あはは、はぁ。きみたちといると、本当に退屈しないな。魔法師団を辞めて、この研究所の立ち上げに関わったのは正解だった」


 ふぅ、と息をついて、シュウ様の笑いの発作はようやく治まった。


「その魔兎――ブランと名付けたのだったな。きみたちが望むなら、オースティン伯爵家に連れ帰って飼育しても構わないぞ」


「よろしいのですか?」


「ああ。その方が、そいつにとっても所員にとっても良いだろう」


「ありがとうございます。でしたら、そうさせていただきます」


 ウィル様は、どこかホッとしたような表情で、シュウ様にお礼を言った。

 私も、ブランと過ごせるのは、素直に嬉しい。私はウィル様に抱かれているブランの、頭の後ろを撫でた。


「良かったわね、ブラン! これから一緒に暮らせるのよ」


「きゅう! きゅるる!」


 ウィル様の通訳を聞かなくてもわかる。ブランも、とっても嬉しそうだ。


「ただし、従魔化された魔獣の存在など、伝説の中でしか聞いたことがない。オースティン伯爵家で飼育するのは構わないが、研究にはつきあってもらうぞ」


「もちろん、そのつもりです。――それと、ブランから話を聞いて、呪いや魔獣についても、少しわかったことがあります」


「ああ。説明してくれ」


 ウィル様がブランから聞いたという話は、こうだ。



 ブランは、普通の野ウサギとして生まれ育ったはずだった。

 だが、ある嵐の夜。

 上に被さっていた土が雨で流されたのか、今まではなかった黒い宝石が、地面から顔を出しているのを発見した。

 もしかしたら、木の実とか、木の根っことか、食べられる物かもしれない。そう思ったブランは、おそるおそる、前足でちょんとそれに触れてみた。


 その途端。体内を猛烈な違和感が駆け抜けていく。


 それからというもの、痛みとだるさが何日も続き、ブランは動くことができなかった。不思議と、天敵もブランの周りに近寄ってこない。

 その間、飲まず食わずだったはずなのに、飢えも渇きも、感じる暇すらなかった。


 そうして痛みと苦しみに苛まれ続けたブランは、じっと動かず、命の終わりを迎えようとしていた。

 しかし、黒い宝石から流れ込んできた悪意は、命が終わることを許してはくれなかった。

 命の灯が消えようとしたその瞬間、それ(・・)は一気に膨れ上がったのだ。


 体内の魔力は変質し、身体も作り替えられ、感情もどす黒く塗り替えられてゆく。ブランの知らない知識も、たくさん流れ込んできた。

 そうして気がついたら、ブランは自分の意思を失い、会ったことすらない『人間』という存在への恨みを募らせ、人里へと降りていたのだという。


 身体は自由に動く。それどころか、今までよりも強くたくましくなっている。

 ――これで、『人間』を苦しめられる。



 人里に降りたブランは、まず最初に、地面に整然と植えられていた、野菜たちを発見した。

 久々に好物を目の当たりにして、ブランはすぐさま野菜に飛びつき、夢中でむさぼり始める。


 途中で『人間』の叫び声が聞こえた。そのまま襲おうかとも思ったが、今は食事の方が大切だ。

 大きな声を上げて威嚇したら、人間たちは一目散に逃げていった。


 腹がふくれたら、ブランは眠気を感じた。

 そのまま、農地で一眠りする。もちろん、近づくものがあったら、すぐに飛び起き威嚇した。

 そうして目が覚めたら、また野菜にかじり付く。野菜の植わっている『農地』を荒らすと、人間たちが青い顔をするのがわかった。

 ここは人間たちにとって大切な場所なのだろう。ならば、この地を自分の縄張りにしてやろう。入ってきた者があれば、容赦なく襲ってやるつもりだ。



 しばらくそうして農地の中で過ごしていたら、いつの間にか、周りを強い結界に囲われていた。――ウィル様が張った結界である。

 ブランは怒って結界を壊そうとしたが、壊せない。ならばと結界を張った『人間』を倒そうとしたところで、真っ白な光に包まれ――ブランは、いまだかつて経験したことのない心地よさに、心も身体も満たされていくのを感じた。


 気がつけば、ブランを支配していたどす黒い破壊衝動も、『人間』を恨む気持ちも、すっかり消えてなくなっている。

 ブランは、その光を放ったウィル様、そして聖なる光と同じ魔力の波動を持った人間――すなわち私が、自分を救ってくれたのだと理解したのだった。



「……と、ここまでがブランの話してくれた内容です」


「ふむ……。その魔兎は本当に深い知性を持っているようだな。話にあった、身体の変質と関連があるのか?」


「そうかもしれませんね。それから、地面に埋められていた黒い宝石……それはおそらく、騎士や冒険者が魔獣を退治、解体し、地面に埋めていった、廃棄物――魔石ではないかと思われます」


「……人にとって危険で使い途もないため、持ち帰ることなく、地中に廃棄されていた魔石。それが、新たな魔獣を生み出す原因になっていた可能性があるということか……。これは報告案件だよな、やっぱり」


 シュウ様は腕を組み、ため息をついた。


「……殿下に丸投げしてもいいと思うか?」


「この話を信じてもらえるなら、魔法騎士団に神殿騎士団、冒険者ギルド……魔石を扱う者全てに通達が必要になるでしょうからね。俺たちの手には余ります」


「そうだよな。それに、案件が案件だ。おいそれと実験を行うわけにもいかない。正式なデータもないのに、信じてもらえる保証もない……」


 それきり、シュウ様とウィル様は、似たような表情でうーんと唸り、静かになってしまったのだった。



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