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氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む  作者: 矢口愛留
第三章 聖女の証明

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1-13 聖女の証明



 こうして、聖力の制御から魔法の発動までをウィリアム様に見てもらうことになった。


「最初はうまくいかなくても、大丈夫だ。私がしっかり見ているから、周りは気にせず、安心して聖力の制御に注力するように」


「わかりましたわ。ウィリアム様、よろしくお願い致します」


「ああ。じゃあ、傷を癒す聖魔法から。だが、最初から生き物を使うわけにはいかないから、まずはこれだ」


 そう言ってウィリアム様が取り出したのは、私たちにとって身近な、ある植物の束だった。


「これは……薬草ですか?」


「そうだ。薬草に傷を付けると、中から液が滲み出してくるだろう? 君も知っているだろうが、怪我をした時は、すり潰して、出てきた液を傷に塗って使う」


 ウィリアム様は、薬草の葉を一枚取ると、爪で葉の表面につう、と線を引く。

 すぐさま、線を引いて傷付けた部分から透明な液体がどんどん出てきた。


「まずは、この薬草を使って練習しよう。傷付けた部分の細胞を聖魔法で修復し、そこから出ている滲出液を止めるんだ」


「わかりました……やってみますわ」


 私は薬草に手をかざす。


「――我が声は天の声、応じよ聖なる光――」


 聖なる呪文、祝詞(のりと)を唱え始めると、身体から何かが少しずつ抜けていく。

 これが聖力なのだろうか。


「――集いてその傷を癒やせ、『治癒(ヒール)』!」


 長い祝詞を唱え終わると、薬草にかざしている手のひらが、ぽう、と光る。

 白い光は薬草を包み込み――


 それだけだった。


 薬草に付いた引っかき傷は、消えていない。


「……ウィリアム様、申し訳ございません。うまくいきませんでしたわ」


 一瞬でも期待した私がバカだった。

 ウィリアム様も、こんなに丁寧に教えてくれたのに――がっかりしているに違いない。

 そう思って恐る恐る顔を上げると、いつにも増してキラキラ輝く笑顔がそこにあった。


「い、い、今の……! 間違いない、聖魔法だよ! ミア、やったな! やはり君は聖女の血を引いていたんだ!」


「え……え? でも、傷は治って……」


「ほら、よく見てごらん。表面の傷は完全には塞がっていないが、薬液の滲出は止まっているだろう?」


「あ……」


 ウィリアム様が薬草を指先で拭うと、確かに薬液の滲出は止まったようだ。

 普通ならどんどん溢れて出てくるのに、もう、(にじ)んですらこない。


「薬液がすべて出切ったのでは……?」


「いいや、そんなことはないぞ。その証拠に、ほら」


 ウィリアム様が同じ葉の別の部分に爪を立てると、薬液がじわりと溢れ出てきた。


「いいかい、ミア。()は以前、試しにこの祝詞を唱えてみたことがある。だが、何も起こらなかった」


 またいつの間にか『俺』になってしまっている。

 どうやら何かに夢中になると、ついつい素のウィリアム様が出てしまうようだ。


「信じられないなら、見ていてくれ」


 ウィリアム様は、薬草に手をかざし、私が唱えたのと同じ祝詞を唱え始めた。


「――『治癒(ヒール)』」


 一言一句違わない詠唱だったのに、ウィリアム様が唱えても、何の変化も起こらない。

 もちろん、白い光も出なかった。


「なにも起きないだろう?」


「はい……どうして?」


「魔法には遺伝的な適性がある。だが、それは威力や魔力効率に関係する問題なんだ。基本的にはどの属性の魔法でも、詠唱と動作が間違っていなければ、発動しないことはない」


「それは、つまり」


「ああ。俺が聖力を持っておらず、ミアには聖力がある、という証拠だ。やったな、ミア!」


「……!」


 ウィリアム様は嬉しそうに破顔している。

 好奇心が詰まった薄緑の瞳が、記憶にある、魔法が大好きだった少年と重なって見えた。

 ――もしもあの時、私が聖魔法を使えていたら、ルゥ君は助かったのだろうか。


「ミア。もう少し練習してみよう」


「はい!」


 それからしばらく、私は薬草に向かって『治癒(ヒール)』の練習を続けた。




「……ふぅ、少し、疲れましたわ」


 何度か治癒の光を放つと、私の身体はずっしりと重たくなっていた。

 椅子に座ってしまったが最後、もう立ち上がる気力も起きない。


「ミア、頑張ったな。聖力を使い過ぎてしまったね……君の呑み込みが早いから、君の負担も考えずに、つい練習を続けてしまった。すまない」


「いいえ」


「だが、力の放出も安定してきた。これなら、一人で練習しても大丈夫そうだ」


「まあ、本当ですか?」


「ああ。毎日少しずつ練習する方が、身体への負担も少なく、上達も早いだろう。ただし、安定して魔法が発動できるようになるまでは、一人で新しいことに挑戦するのは控えてほしい。今、君が使ってもいいのは、薬草への『治癒(ヒール)』だけだ」


「もちろんですわ。新しいものに手を出す勇気もございませんし」


「ふ、それもそうだよな。それから――」


 ウィリアム様は、一転して寂しそうな表情に変わる。


「年末になってしまったからね。しばらく、練習を見てあげられないと思うんだ。次に会えるのは王城で開かれる年始のパーティー、その後は……入団試験が終わるまでは、難しいかもしれないな」


「あ……そうですわよね。お忙しいのに、たくさん時間をとっていただいて、申し訳ございません」


「いや、いいんだ。聖魔法の件は、私がしたくてやっていることなのだから」


「ありがとうございます」


「いいかい、ミア。必ず誰も見ていない時に練習するんだ。それから――君は手紙や魔法通信が好きではないのかもしれないけれど、念のため。もし私に手紙や魔法通信を送るようなことがあるとしても、聖魔法のことには触れないように。いいね」


「……あら、心外ですわ。魔法通信は私には確かに使えませんが、お手紙を書くのは好きですのよ。ウィリアム様がお返事をして下さるのなら、もっとお送りしますのに」


「……ん? どういうこと?」


「ごめんなさい、なんでもございませんわ。ウィリアム様はお忙しいですものね……とにかく、聖魔法のことは手紙には書きませんから、ご心配なさらず」


「ん……?」


 ウィリアム様は、小首を傾げて、なんだか難しい顔をしている。


「玄関まで、お見送り致しますわ」


 私は気合を入れて重い身体を持ち上げようとしたが、ウィリアム様に座っているよう手で制された。

 どうやら、お父様とも話がしたいらしい。


「ミアと長い時間、二人きりで過ごしてしまったからね。そうと勘違いして怒られる前に、誤解は解いておかないと。それに、身近に一人ぐらい聖魔法の秘密を共有できる人がいた方がいいだろう?」


「誤解……?」


 婚約者なのだから、二人きりで過ごしていても別にお咎めはないと思うのだが、ウィリアム様が何か思うところがあるなら、好きなように話してもらえばいい。


 それに、秘密の共有をできる人が必要、というのも事実だ。

 薬草も植物の一種だから、どれだけ気を使って保管しても使える期限があるし、頻繁に薬草をねだるのも不自然だろう。


「とにかく、子爵にミアの聖力のこと、話してみるよ。見送りもいいから、ミアは、もう休むといい」


「はい……お気遣い、ありがとうございます」


「じゃあ、またね、愛しいミア」


 ウィリアム様は、甘く微笑んで私の髪を一房手にとり、キスを落として去っていった。

 入れ替わるように入ってきた侍女のシェリーに着替えを手伝うよう頼む。

 ドレスを脱がされる前に、なぜか化粧や着付けに綻びがないかチェックされ、「完璧だわ。なのにお嬢様はなぜこんなにお疲れに?」とシェリーは呟いた。

 シェリーの謎行動に小首を傾げつつ、魔法の練習のことを彼女に明かせないのが一番大変なことかもしれない、と思ったのだった。

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