4-12 エヴァンズ子爵家の処遇
リリー嬢の話から、結局、安全に灰の森にたどり着くためには大聖女の遺産が必要だったことがわかった。
それを知ったウィル様は、改めて情報を集め始めた。
しかし、大聖女の遺産は、国宝級の品物。探して簡単に見つかるものでもない。
もちろん、一部の遺産については在処がわかっている――王城や、教会だ。けれど、当然ながら、それらを借り受けることは不可能。
もし何かの縁で借りることが出来たとしても、リリー嬢の時と同じように、借りた宝石が消えてしまうようなことになっては、一夜にして大罪人になってしまう。
ウィル様は、やはり、自力で灰の森まで行くしかないと結論づけた。
まだ灰の森に行く日程は決まっていないが、私も連れて行ってほしいと、ウィル様に何度も頼んでいる。けれどウィル様は私が心配なようで、なかなか首を縦に振らない。
事情を知るシュウ様もウィル様を心配しているらしく、せめて『加護』のイレギュラーの件と聖剣技の修得に区切りがつくまでは、我慢するようにと説得している。
*
そんなある日。
私はウィル様と共に、エヴァンズ子爵家を訪れていた。
社交シーズンが終わり、間もなく領地に帰るという連絡が来たためだ。
私が教会から逃げるようにオースティン伯爵家へと転がり込んで、まだ三ヶ月ほどしか経っていない。なのに、門をくぐるのがものすごく久しぶりのような気がして、なんだか懐かしい気持ちになった。
「ミア、おかえり。ウィリアム君も、よく来てくれたね」
「お父様……、ただいま戻りました」
お父様と交わす、おかえり、ただいま、の挨拶も久しぶりで、目元が熱くなってくる。
「エヴァンズ子爵、お出迎え感謝いたします」
「とんでもない。皆早くきみたちに会いたくて、この役目をやりたがっていたのだけどね。くじ引きで私が勝ったんだよ」
お父様は愉快そうに笑って、自ら私たちをダイニングルームへと案内してくれた。
「皆、首を長くして待っているよ。さあ、中へ入って、食事にしよう」
執事のセバスチャンが扉を開けると、お母様とマーガレット、オスカーお兄様はもちろん、使用人一同の笑顔と歓迎が待っていた。
私は、皆の顔を見渡しながら、もう一度告げる。
「皆様――ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ」
「おかえり」
「おかえりなさい」
皆のあたたかい歓迎に、私の目元はまたしても潤んでしまったのだった。
エヴァンズ子爵家での食事会は、終始和やかなムードで進んでいく。
「お父様とお母様は、来週には領地に戻られるのですね」
「ああ、そのつもりだよ。オスカーとマーガレットは学園があるが、あとひと月ほどすれば夏休みだ。ミアは、王都で仕事があるのだろう?」
「ええ」
「ミアと離れて過ごすのは、幼い頃以来ですわね。あの、別荘地で魔獣に襲われてしまった時」
「ああ、そうだな。本来なら、今年もミアは領地に連れて帰る予定だったのだが……寂しくなるな」
お母様がそう言うと、お父様も感慨深そうな表情をした。
しんみりした空気がいたたまれなくて、私は、話題を変える。
「ところで、お父様。ずっと気になっていたのですが、その……私が聖女だと隠していたことによるお咎めは……?」
「よく聞いてくれたね。それが、なんと、お咎めなしになったんだ」
「「えっ」」
隣からも驚きの声が上がる。どうやら、ウィル様も初耳だったようだ。
「でも、どうして? 舞踏会の事件で、私が聖女だということは隠しようもない事実として広まってしまったのに」
「陛下のはからいがあったのだ。あの時、会場でミアとウィリアム君が動けたのは、王太子殿下が極秘裏に研究を進めていた『魔法石』の力によるものだと、陛下は説明された。そうして、魔法石研究所が設立された――そこまではミアも知っているな?」
「はい」
その辻褄合わせは、事件の翌日に、陛下から直接聞いた話だ。魔法石研究所についても、もちろん知っている。
「ミアは、事件直後、陛下たちの不調を人々の前で癒やして差し上げたのだろう? それも、実は、『魔法石』の効果と言うことになっている」
「聖魔法ではなくて、『魔法石』の?」
「そうだ。ミアが『魔法石』の力を抽出し、他者に『魔法石』による浄化を施すことに成功したのだと。その方法を編み出したのが、ミアなのだと陛下はご説明なさった」
「では……!」
「うむ。ミアが聖女だという認定は、されていない。だから、我々にもお咎めはなしだ」
「まあ……! よかったです……!」
お父様の説明を聞いて、私は心から安心した。
皆が疲れを見せず、明るい顔で私を迎えてくれたことにも、納得がいく。
「それと、大っぴらに教会を敵に回さぬように、法令も一つ発布されている。それは知っているか?」
「ええ」
その法令については、先日研究所で聞いたばかりなので、しっかり頭に入っている。私は頷いて、お父様に返答した。
「『魔法石』は現在開発中であり、使用に関しては、実験、試験運用、そして緊急時に限るものとする、というものですわね。一般販売や、一般の方への使用は、現在はまだ許可されていないのですよね」
「そうだ。すぐに一般販売を始めてしまうと、教会に通う人間が減ってしまうからな。もちろん研究所も国費で運営されている以上、出した分の予算の回収は必要になってくる。だから、法令が整備されれば販売も始めるのだろうが……少なくとも聖魔法の魔法石は、今後も販売しないだろうな」
「ええ、そうかもしれませんわね」
聖魔法の魔法石が規制もなく世に出回ったら、教会の運営が立ち行かなくなってしまう。教会の体質を考えると、そのあたりは慎重に立ち回るべきだ。
「それに、聖魔法以外の魔法石もそうだ。各種魔法技術を他者に売ることで生計を立てている者も多くいる。例えば氷屋……彼らは夏場に魔法で氷を生産し、一般市民に売ることで生活を維持している。そういった者たちをどう守るのか、それも考えていく必要があるだろうから、数年、あるいは数十年単位のプロジェクトになっていくだろう」
「そんなに……」
私が、想像以上の規模の大きさに驚いていると、隣に座るウィル様が優しい声で補足してくれる。
「ミアの功績は、本当に大きいものなんだよ。法整備も最初は大変だろうけれど、世の中はこれから確実に良くなっていく。いくら教会が怖いと言っても、その足がかりとなってくれたミアとエヴァンズ子爵家を裁くなんてこと、陛下もできなかったんだろうね」
「ウィル様……」
「ああ、ウィリアム君の言うとおり。全てミアのおかげだ。――ありがとう、私たちを救ってくれて」
「ミア、お母様からもお礼を言わせて。本当にありがとう。それから――わたくしたちの娘でいてくれて、ありがとう」
「お父様、お母様……!」
皆から、あたたかい視線が集まってくる。
私は、感極まってしまい、掠れた声で「私こそ、ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。




