2話
「ここまで来れば安心でしょう」
しばらくして別は私を地面へ下ろした。
大地を踏みしめ、空を見上げる。赤く燃える炎、立ち込める黒煙はもう見えなくなっていた。
森を抜け、岩肌がゴツゴツとした場所まで来ていた。
ここは我が国と隣国の境目だ。
木々が生い茂り、小鳥のさえずり、虫の鳴き声が命の素晴らしさを教えてくれる私が住む国とは違い、この国は荒れ果てた荒野がどこまでも続く寂しい国だ。
「さて、姫様、少し我慢してください」
ベルはそう言い私の背後に立った。
ズキ……!
左肩を鋭い痛みが襲う。
思わず顔をしかめる。
そうだ、私は弓矢で打たれたのだった。
手で確かめなくてもわかる。
私の体から赤い血がダラダラと流れていることを。
「姫様、あとはご自分で処理できますね?」
「ええ……」
ベルはそう尋ねた。
私は右手を患部に重ねる。
両の眼を閉じ、静かに神経を重ねた手に集中させる。
視界は真っ暗で見えないが私が怪我した部分は今、淡白い光に包まれているはずだ。
俗に言う回復魔法というものです。
魔法の力で人間の治癒能力を活性化させ、肉がじゅくじゅくと傷が塞いでいくのがわかる。
この世界では魔法は珍しくなく、大抵の人は年齢が2桁になる頃には各々魔法が使える。
私は回復魔法を得意としている。
他にはどんな魔法が使えるって?
その人の個人差によるけど、私は他には指先に火を灯す程度だ。
ちなみに私を今護衛してくれている彼は、剣技に風魔法を載せることが出来る。
時間にして数秒程度だが、直感でもういいだろうと思い力を緩め、傷口を確認する。
手で触る限りは傷はなく、出血も止まっていた。
「流石ですね」
「ありがとう」
ベルが褒める。
2人で夜空の下荒れ果てた地を歩く。
私の国は酷い有様だと言うのに、天は変わらず綺麗な星々が輝いていた。
ザッザ。ザッザ。
2人の歩調は合わず、足音は乱れた音を奏でていた。
「今日はここで休みましょうか」
しばらくして、私たちは洞窟を発見した。
洞窟に入り、私たちは腰を落ち着かせた。
「ねぇ、ベル」
「なんでしょう?」
「お父様とお母様、兄上は?」
私は自分の身に安全が確保されたと分かり、ほっとした。しかし家族は無事だろうかという不安が今度は襲った。
「私は隊長に姫様の保護を第1に優先せよと命を受けました。国王や王妃たちは我らが守るからと」
「そう……」
我が国の騎士団は精鋭揃いだ。
そう簡単にやられはしないだろう。
しかし、身の安全を確認する方法がないため、やはり、胸に一抹の不安があった。
「安心してください、姫様の命は私が守ります」
「ありがとう、ベル」
どんと胸に腕を打ち誓う彼。
そんな彼に助けられて良かったと本当に思う。
「グゥ……」
頼もしい姿を見て安心したのか私のお腹が鳴った。
「ははは、私は野うさぎを狩って来ます」
笑いながら立ち上がる騎士。
私は恥ずかしくて顔が熱くなるのがわかった。
ガシャガシャ、ザッザ。
動く度に音が鳴る鎧と足音が遠ざかっていく。
その姿を見送り、床にペタンと座り込んだ。
「---------」
不意に洞窟の奥から誰かに呼ばれた気がした。
声なのか音なのか分からないが、とにかく呼ばれた。そんな感覚がした。
私は考える前に足が動いた。
立ち上がり、恐る恐る洞窟の奥へと進んでいく。
指先には魔法で作った炎を松明にして明かりを確保する。
そんなに深い洞窟ではないらしく、すぐ行き止まりに差し掛かった。
戻ろう。普通ならそう思うだろう。
しかしこんな辺鄙な洞窟にはまずないであろうものが私の視界に姿を表した。
扉だ。
白くホウッと淡い輝きをまとっている扉があったのだ。
こんな怪しい扉なんてまず開ける人は居ないだろう。
しかし私は何かに操られたかのように、1歩1歩それに近づいた。
ガチャ。
ドアノブを回すとその扉は開き、白い空間へと繋がっていた。
こんなに怪しいところに入る人なんて先ず居ないだろう。
だが、私は足を踏み入れてしまった。
自分でもなぜこんなことをしたか分からない。
ただ誰かが呼んでいた。
それしか頭になかった。