1話
「はぁはぁ…!」
真夜中の森の中を私達は走っていた。
草木は轟々と燃え、それらの焼け焦げた匂いが鼻を通る。
ふと走りながら振り返る。
炎が黒い煙を発する中、視界の奥にさらに激しく燃えるものがあった。
滑らかな丘の上に建っている城が黒煙を纏っていた。
私の住んでいたお城だ。
つい先程、煙を吸い、咳をして目覚めた時には私の部屋は炎に包まれていた。
その直後にバン!と燃えている扉が倒れ
「姫様!無事ですか!?」
「はい、私は…ゲホゲホ…!無事です……」
血相を変えた臣下がそう叫び、私の無事を確認すると。
「良かった……ご無事で……」
と安堵の表情を浮かべたのもつかの間、今度は
「いたぞ、生き残りは殺せ!」
槍や剣などといった武器を構えた見たことの無い鎧を身につけた兵達がいた。
私の臣下は背中に背負っていた柄から剣を抜き、逆手に持つと、空を切った。
切られた空は風を呼び、敵兵達を吹き飛ばしたのだ。
「姫様、早く!」
「はい!」
私は訳が分からないまま、寝間着から着替えずに助けてくれた兵のあとを追い、こうして闇が支配する森を走っていたのだ。
しばらく走っていると
「いたぞ!」
空からそう声が聞こえた。
見上げると白い羽を広げた馬、ペガサスの背に乗って地上にいる私達に向けて弓矢を構えていた。
シュン!
矢が私目掛けて飛んできたのだ。
咄嗟のことで回避が出来ずにいた私の左肩にそれは刺さった。
「つう……!」
痛い。その言葉が出なかった。
襲ってきた激痛が私に逃げろと警告をする。
刺さった矢からは赤い血が肩をつたい、ポタポタと地面にたれている。
「姫様は逃げて!」
一緒に城を出た何人かの兵が私を守るように壁になる。
「任せたぞ、お前たち!」
私が1番信頼を置いている、兵。
私を1番に助けてくれた家来が、その兵達に言葉を投げる。
ベル・ウィッグ。
彼の名だ。
ベルはそのまま私を担ぎ、彼らに背を向け、ダッと走り出した。
「ベル!まって!あの人たちを助けなきゃ!」
空から奇襲をかけた相手の他に、その背後から、ザッザという足音が耳に入っていた。
おそらく敵はまだまだいる。
残った数人だけじゃあ勝てない……!
戦いに詳しくない私でも容易に想像出来たのだ。
国トップクラスの剣の使い手であるベルが気づかないわけが無い。
担がれた私はバタバタと足を振って、彼に止まってと訴える。
ただ、ベルは立ち止まらず、振り返さずに私に悟った。
「姫様、お気持ちは分かります。ただ彼らの気持ちも汲んでください、彼らは姫様を逃がすため、姫様を守るために敵に立ち塞がったのだと。彼らの変わりはいくらでもいます。ただ姫様の変わりはいません。姫様まで命を落としたら、この国は終わりです。どうかわかってください」
その口調は淡々としていた。
しかし、彼の瞳からは涙が静かに流れていた。
辛いのは私だけじゃない、ベルだって辛いのだ。
正直私は兵たち全員の顔を覚えていない。数千人いる兵の顔を一人一人覚えていられるほど、彼らと親しくない。覚えているのはベルを含む数人だ。
そんな薄情な姫である私と違って、彼からしたら先程助けてくれた兵たちは仲間だったのだ。
一緒に笑って、時に命を張って助け合った仲間だ。
その彼らがこんな形で命を落とすのは私以上に辛いはずだ。
私はこれ以上何も言わなかった。足をバタつかせて抵抗するのもやめた。
ただ、彼らに誓った。
生きてこの国に帰ってくると