祓霊屋。
「あぁ……。今日も気乗りしねぇな……」
廃墟──。
病院、ホテル、商業施設……。様々な理由で放置され、そのままになっている建物が、全国に点在している。
その中でも、ここは──、
「あぁ……。マジ行きたくねぇ……」
──人間の遺体を標本化してホルマリン漬けにする施設。
他にも堕胎した胎児を一定期間保管したり、司法解剖を行う為に保存する場所ともなっていた。
一見、外観は病院のように見えるこの場所は、人知れず山中に存在する。
(まともな神経じゃ乗り込めねぇよ……)
それでも、用済みになったこの建物の廃棄処分に、乗り込んだ市の職員、民間委託業者、調査員として派遣されたヤツらが相次いで行方不明。
警察も介入したが、同様に事態は収まらず、裏ルートで表沙汰になる前に祓霊屋の俺が派遣されたワケだ。
「着いちまったよ……。仕事とは言え入りたくね……」
まるで、山の中の火葬場だ。
道は車でも通れるよう整備されてはいたが、ほとんど人が来ることも無いこの場所は、荒れ放題になっている。
それに、今は夜中だ。月も見えない暗闇が不気味に辺りを覆う。
もしもの場合、迅速に対応出来るよう、人の活動量が最も少ない深夜の時間帯が選ばれた。
この廃墟処分に、見切りをつけた上のヤツらが、俺に爆薬を使って建物破壊を命じている。
呪われた建物を破壊することで、霊たちは依り代を失う。あくまで、霊の仕業であったならの話だが。
それに伴い、俺は建物内部の様子と、行方不明者の確認を証拠として持ち帰らなければならない──。
「──それも、出来る範囲で良いんだって……。死にたくねぇしな」
(ギギギギ……)
いきなりだ。
建物正面玄関に立つ俺の目の前で、自動扉が勝手に開いた。
いや、冗談を言うワケじゃない。
なんせ今、ここには、誰も居なくて、建物としては稼動してないワケだから──。
「ようこそって、感じかよ……」
──扉が勝手に開いたのは、廃墟じゃよくある現象。仕事上幾分かは慣れてはいるが、それでも肝を冷やす。
当然ながら、それなりの装備はしている。
しかしながら、全くもって目の前は暗闇で、ほとんど何も見えない。
手もとにある霊探知用の装置が、目まぐるしい。
けれども俺は、ある程度の証拠と記録を業務命令上、持ち帰らなければならない。
俺は、仕方なく懐中電灯を照らし、暗視用のカメラで撮影を始めた。
「な!?」
入り口から進んで数メートル。
俺は、直ぐさま撤退の意志を固めた。
「こ、これは!?」
天井からぶら下がる四人の遺体。
遺体そのものには見慣れているとは言っても、戦慄が走る。
(オオオォォォォ……)
俺以外、誰も居ないはずの暗闇の廊下に、風のような人の声が響く。
後ろを振り返ると──、
──暗視カメラには映らない人影。
それに、周囲のコンクリートの壁から、もぞもぞと影のようなものが集まっている。
「か、囲まれた……」
祓うと言っても、俺には霊を祓う力は無い。
背中に背負う結界のシールドを張る機材と、爆薬だけが頼りだ。
「も、もう死ぬしかねぇのかよ……」
俺が、覚悟を決めた瞬間──。
「──忌野っ!!」
正面玄関の扉を蹴破る凄まじい音とともに、天北先輩の声が聞こえた。
「ノウマクサマンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン──、ノウマクサマンダアビリテビギナン……」
業界屈指の女祓霊師──天北先輩の不動明王の真言が声とともに廃墟内部を炎が巡る。
「どけっ!! 忌野っ!!」
「うっ!? うぉっ!?」
瞬間、玄関の方向から現れた天北先輩の呼び出した明王様の炎に燃える赤い右手に掴まれ、メラメラと照らされたブラックスーツを着こなす天北先輩の足もとへと俺は転がされた。
「せ、先輩……」
「動くな!! そこに、居ろっ!!」
すると──、もう一方の明王様の左手が炎のように赤く燃え、この廃墟の主となる霊を掴み、握り潰した……。
(オ、オ、オ……オ──)
流石だ。天北先輩。
天北先輩のブラックスーツに包まれた胸が、炎の明かりに揺れる。
廃墟の主だった霊の気配が消え──、霊探知機も静かになった。
また、もとの静寂に廃墟が暗闇とともに包まれたが、建物自体は焼けていない。
霊だけを祓ったのだ。
「上層部に黒幕がいた。人手不足を言い訳に装ってはいるが、今回の忌野の単独任務指令もソイツの差し金だ」
「ハハ……。流石っスね。天北先輩……」
俺と天北先輩は、それぞれ車に乗り込み廃墟を後にした。
天北先輩の祓霊術も凄まじかったが、それよりも俺の目に焼きついたのは──、天北先輩のスーツ姿のこぼれ落ちそうな胸の谷間だった……。




