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怖い箱

 ここは山奥の小さな村。


 家は3軒だけで、屋根は苔むして外壁は蔦が無数に絡まっている。


 建てたのは腕の良い大工なのか、支柱がしっかりしており丈夫な造りだ。


 今後何十年も支障ないだろう。


 そんな静かな場所に響く、子供の可愛らしい声。

「お母ちゃん、今日は大根採ってきた。おら、煮物食べてぇな」


 その子の母親は微笑んで答えた。


「良いよ。ミヨの好きなのにしよう」

「わ~い。お母ちゃん大好き」 


 そう言ってまんまるほっぺのおさげの女の子が、母親に抱きついた。5才くらいだろうか?

 母親も笑って、その子の頭を撫でている。



 この村には、小川とそこに繋がる大きい黒沼、そして東京ドーム位の畑が1つづつある。


 3軒の家が持ち回りで管理している。


 ミヨはその母親と血の繋がりはないが、たいそう可愛がられていた。


 村の者も優しいミヨが大好きだ。

 孫のように愛でて育てていた。





 翌日。

 真っ赤な夕焼けが地平線に沈みそうになり、今日の畑仕事は終了する。帰り道に母親と手を繋ぐミヨは、家路に着く途中だ。


 母親は歌を歌いながら歩く、楽し気な娘に尋ねた。

「なあ、ミヨ。お前ここに来る前のこと覚えてっか?」


 ミヨは首を横に振る。

「なんでかなぁ? おら思い出せんわ。お母ちゃん、なんか困ることあるんか?」


 母親は微笑みながら、ミヨに「口開けてごらん」と言って茶色の飴玉を入れた。


「いや、なんもねぇ。困ることなんてないんよ。

だけどな、もし怖い夢見たら教えてくんろ。ミヨが辛いとお母ちゃんも辛いかんなぁ」


「あい、わかりました。あんがとね」



 ミヨはいつも幸せで、母親と仲良く暮らしていた。






◇◇◇

「お~い。お母ちゃん」

 日が傾いてフクロウが啼く頃、玄関の外から男の声が聞こえた。


「はいよ。その声はムジナどんだね。どしたん?」


 母親は外に出て、小声でムジナに話しかけた。

 ムジナは剣呑な顔で、母親に伝える。


「あの沼から◯◯が浮いてきてよ~。したから暫くミヨ近づけんなよ」


 母親は頷き答える。

「分かってる。何もなくてもあそこにはいかね。ミヨが思い出すと可哀想だかんな。もう帰っぺ、おら達はええがミヨは腹減らしとる」


「あぁ、悪ぃな。ミヨを任せきりですまん。では、またな」


 そう言ってムジナは、さっき釣ったのだと3匹の鮎を母親に渡す。気配に気づいたミヨも外に出て来て、ムジナに挨拶する。


「わあ、ムジナ爺だぁ。またお魚釣れたんね。すごいよ、釣り名人だね」


「たまたまだべ。たくさん食べろよ、ミヨ」

「うん! あんがとう」


 笑顔満面のミヨを優しく撫でて、ムジナは踵を返す。


「気をつけて帰ってね。また明日ね」

「あぁ、また明日。歯ぁ、ちゃんと磨けよ」

「うん。分かってんよ」



 笑顔で別れたムジナは、丁度新月で真っ暗な道を器用に歩いていく。田舎道は整備されておらず、野生の猛獣も出ると言うのに。


 だが赤い目を光らせて、妖気を撒き散らしながら歩くムジナを襲う動物など、この村にはいなかった。




◇◇◇

 その翌日の昼。

 母親は村の話し合いで出かけた。


 ミヨに聞かれたくない話だったから、家にいるように言いつけて。



 けれど一人で暇だったミヨは、りんごの木を見ようとして、家から少し離れている森まで散歩に出かける。


「りんごうめぇから、早く赤くなんねぇかな? 楽しみだ。なってたらみんなに配るんだ!」



 森に到着したが、りんごはまだ青く食べられそうになかった。


 そこの草原でゴロンと寝転び青空を見る。

 白い雲はおいしそうなパンのようだ。


「しばらくパンを食べてねぇな。でもお母ちゃんの料理うめぇから、そっちの方が良いな。ふふっ」


 母親のことを思い出し、笑顔が溢れる。

 心配させないように家に戻ろうと思い、起き上がろうとして手をつくと、黒い箱が手の先に当たった。


「なんだろう?」と、いろいろ触るが分からない。

 蓋があれば中を開けて、落とした人を予測して届けようと思ったのに。


 箱の溝のある大きい丸を弄ると、ジジッとしてから音が聞こえた。


 ミヨはびっくりして、その箱を地面に落とした。


「ジジッ、ジッ、午後の一時、いかがお過ごしですか? 今日のお相手は、愛馬好二です。ジジッ、火曜日コーナー、貴方の連絡お待ちしてますです。ジッ、ご家族が行方不明になっている方に呼び掛けます。ジジッ、情報をお持ちの方は是非xxx-xxxx-xxxxまでご連絡を。ではお1人目の方です」


 男の人の声の後に、女の人の声が聞こえた。

「明さん。ジジッ、愛子です。何処にいるの? ジッ、何かあったの? ミヨのことなんてどうでも良いから、早く帰ってきて。私、待ってる。ジジッ、お金はなんとか借りれたから。ジッ、帰って来て寂しいです」


 今度はまた男性の声が聞こえる。

「ジジッ、では明さんの特徴を」 


 女性は泣きながら話し続ける。 

「32歳、身長は174cm。ジッ、黒髪で切れ長の目、鼻は高く唇は薄い方です。ジジッ、金策の為に走り回ってました。もう目処がついたので、ジッ、見かけた方は帰って来てと伝えてください。ジジッ、お願いします!」




 ミヨは混乱していた。

 箱から聞こえる声に、恐怖で震えていた。

 知らない人のはずなのに、ミヨが知る人はこの村の3人だけなのに。


「あれ、この声聞いたことある。ヤダヤダ怖い。痛い、痛いやっ、ごめんなさい。もうしません。良い子にするから、ぶたないでママ。いや~~~」


 泣きながら取り乱すミヨ。

 呼吸が早くなり、息が出来なくなりその場で気を失った。


 

◇◇◇

 その時、家にいないミヨを母親は探していた。

「ミヨ。どこさ行ったぁ。ミヨ~ミヨ~」


 暫く歩き回り、りんごの木の下で倒れているミヨを見つけた。幸い怪我もなく息もしている。



「ミヨ、ミヨ大丈夫か? 何ともねえか? ミヨ、ミヨ、しっかりしろ!」



 心配げな声に意識を取り戻したミヨは、泣いている母親を見て安堵の笑みを漏らした。

「お母ちゃん。泣いてんのか? おらは大丈夫だ。泣かんでけろ」



 そして先ほどの箱のことを話したのだ。

「さっき黒い箱さ拾って触ったら、なんか変な声が聞こえて、怖くて息できなくなってたんだ。

 今はなんでもねぇよ。お母ちゃんが前に言ってた怖い夢見たかもしんね。

 お母ちゃんがいるのに他にも変なお母ちゃんがいて、おらをいじめるんだ。お母ちゃんがおらをいじめるわけねぇのにな」


 ミヨは笑顔で母親を見上げた。


 母親は涙を流して何度も頷き、強くミヨを抱き締めたのだ。


「お母ちゃんはミヨが可愛いから、絶対いじめねえよ。信じてええよ」

「信じっさ。大好きだ。お母ちゃん」




◇◇◇

 その時、黒い沼にムジナはいた。

「なぁ、カッパよ。こいつ浮いてきたけんど、大丈夫かな? 万が一ミヨが見たら思い出すんじゃねえか?」


 問われるカッパは、飄々とした様子で呟いた。

「ミヨにはここに、来んように言ってっからよ。こいつももうそろそろ溶けっから、大丈夫だっぺ」


 ムジナは沼を覗き頷く。

「そうだな。これなら良かろう。嫌な記憶は忘れちまうのが一番だ。この世からいなくなれば、もう会うこともなかとね」



 沼にいる亡骸はミヨの養父、明だ。

 保険金目当てにミヨを殺そうとして、この沼まで来た。


 その時偶然居合わせたムジナが、沼に顔を浸けられて死にそうなミヨを助けたのだ。


 明はムジナの変化していない姿を見て、恐怖に戦く。「な、なんだ、この化け物は! あっちへ行け。どけよ、どけぇ!!!」


 そう言って近くにあった棒を振り回す。

 何度か棒がムジナに当たるが、びくともしない。する筈がない。


  ムジナは薄く笑い、明に詰め寄る。

「今度は俺の番だな。俺はなあ、子供を笑ってなぶる大人が死ぬほど嫌いなんよ!」


 そう言うと同時に、畑から土にさしてあった鎌を握り、明の首に当てた。


「あ、あががっ! いた、痛い!! ひっ、ひぃ、た、たすけ、たす、けて、くれ…………」


 シュワーという音がして、悲鳴をあげのた打ち回りながら明は倒れた。暫く痙攣し、そのうちに静寂が訪れた。


 辺りは真っ赤に染まり、明はもう動かなくなった。



「人間の癖に、力も妖力もある妖怪を相手にすっとは、バカな奴だ。そもそも愚か者でなかんば、こないな所には来んだろうがな」



 そしてもっとも重要なのは、妖怪は子供を可愛がるからだ。

 大人同士の争いなら介入しなかったであろう。

 大人はいろいろあると、経験から学んでいるから。


 ただし子供はだめだ。

 子供は守るもんだ。


 妖怪でも人間でも関係ねぇ。

 善悪を学ぶのも、生きるのもこれからだ。


 と言うことで今、明は沼にいるのだ。

 ザリガニや鯰には良質な養分になるだろう。




 明は義父だが、明を探している愛子はミヨの実の母だ

 2人が相談してミヨを亡き者にしようとしたのだ。


 こんなに不幸なことはない。だから妖怪みんなでミヨを守って育てることにした。


 ミヨがここを出て暮らすのも良いし、死ぬまでここにいても良い。


 人間の寿命は百年位だが、妖怪は何百年とある。

 可愛いミヨを見届けるのは朝飯前だ。


 彼らは人間に変化し、ミヨを育てている。

 ここは妖怪の隠里。人間はミヨだけなのだ。




 万が一愛子がここに来たら、明と一緒の場所に送ってやろう。鯰はムジナの大好物だ。


「今年の鯰は大きくなっぞ。もしかしたら、また良いエサが自ら来るかもしれんな。くくくっ」


 好物を前に口角を引き上げてしまうのは、やはり妖怪の(さが)なのだろう。



◇◇◇

 今日もミヨは、母親と爺ちゃんとおじちゃんに愛され、幸せに暮らすのだ。


 明が持っていた黒い箱、ラジオも一緒に沼の中…………


 




 





6/7 23時 日間ホラーランキング(短編) 18位でした。

ありがとうございます(*^^*)

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