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ヘッポコ王子の忍耐

私がそう宣言すると、アイナルはなんだか夢遊病患者のように木に向き直り、木のウロを見上げ、じれったくなるほどの時間をかけて、右足を持ち上げた。


どすっ、どすっ……と、一体何に遠慮しているかわからないぐらいの優しさで、アイナルは幹を蹴った。

「お、おーい……おーい……」という声は、とても獣を追い出そうとする人間の声ではない。飢えて死んだ亡者の恨み声だ。


当然、私はこめかみに青筋を立てて怒った。




「ふッざけんじゃないわよ! そんなんで寝てるもんが起きて出てくるわけないでしょうがッ!!」




私の一喝に、ヒィ、とアイナルは肩を竦めた。




「アンタの股の間にはちゃんと男の証明がぶらさがってんの!? それとも追放された時に落としてきたのかしらッ! 真剣にやれ! もっともっと騒いで騒いで蹴っ飛ばしなさいッ!」




私の罵声に、やっとアイナルはその気になったようだった。

ぐいっ、と覚悟を決めたように目を剥き、アイナルはやけっぱちの大声を出した。


「くそ……ちくしょう! この獣めッ! 出てこい! 僕が相手だッ!」


ゴス! ゴス! という、先程の何倍も強い蹴りに、ナラの古木が揺れた。


と、その時。

ゴフッ、という、木のウロから発した声に、アイナルが固まった。


ぬ――と、赤茶けた塊が穴から出てきた。

思わず、私の方も息を呑んだ。


これは――なかなかの大物だった。

冬眠を前に散々食い散らかしたと見えて、脂肪が使い切られてぶよんぶよんと皮が弛んでいる。

それでもおそらく百キロは下らないだろう――山の主の姿だった。


さっ、と、私はアイナルを睨んだ。

完全に色を失っているアイナルは、私の視線にガクガクと頷いた。


このタイミングで一声でも騒げば、クマは鬱陶しい闖入者がすぐ眼下にいることを悟るだろう。

そうなれば齧られる、もしくは殴られるぐらいはするかもしれない。

当然殴られれば――このヘッポコ元王子唯一の美点である顔は二目と見られないほどに弾けるに違いない。

無論、そうなる前に仕留めるつもりではあるが――本人がこの恐怖に我慢できるかは別の問題だ。

これで音を上げて逃げ出すならそれもいいだろう、私はそんなふうに考えていた。


だけど――アイナルは意外なぐらい頑張っていた。

握り拳を握り締め、必死に歯を食いしばり、目からは涙、鼻からは鼻水を垂らして。それはそれはみっともない顔で、絶対に騒ぐなという私の言いつけをバカバカしいぐらい守っている。


クマは、越冬穴から顔を出し、黒い鼻先をひくひくさせながら左右を窺っている。


既にアイナルの顔は蒼白を通り越して土気色になっている。

目からは滝のように涙が溢れ、鼻水と合流して顎の先から滴り、雪面に穴を穿っている。


なんでギブアップしない?

私は照星から目をそらさずにアイナルを見つめた。


この山は最初からアンタを歓迎していない。

恐怖に耐えかねたアンタが奇声を上げて逃げ出し、どこぞで野垂れ死ぬのを待っている。

弱いもの、覚悟のないもの――つまりアンタのような奴は、端からこの山には生存が許されない。

色恋に狂って国を滅ぼし、死に場所をも弁えられないアンタがここに存在するなんて。

そんなことは私が許しても山の神が赦さないだろうに――。


その忍耐をいくらなんでも不審に思った途端、アイナルが呻いた。




「エヴァリーナ……」





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