山育ちの公爵令嬢
私――アレクサンドラ・ロナガンは、ロナガン公爵家の一人娘だ。
けれど、決して蝶よ花よと育てられたわけではない。
蝶よりも空を飛び回る鳥を。
花よりは食べられる山菜やキノコを。
そんな環境で私は19歳になったこんにちまで育てられたのである。
というのも、私はロナガン公爵がオオカミ狩りに行った先の北の辺境の村、そこで見初められた村娘との間に生まれた妾腹なのであった。
私の異母兄である男が熱病に罹って命を落とさなかったら、一生をここ北の辺境で暮らしていたに違いない――山育ちの野生児だ。
私は十二歳までこの雪と岩に包まれた辺境の山で育ち、男手のなかった家庭において、腕利きの猟師であった祖父の寵愛を受けて育った。
そして異母兄が死ぬのと同時に、嫌がる私の意向など全く無視された上で公爵家に引き取られることになった。
そこからやっと貴族の子女らしい教育としつけを受け、あれよあれよという間にリンドストランド王国のアイナル王子との婚約が決まったのであった。
はっきり言って、私は嫌だった。
公爵家も、王都も、くだらない貴族の生活も。
そして頭に脳みその代わりにヘドロが詰まっているようなアホな婚約者も。
体面とか世間体とか、血筋とか、そういうものは北の山にはただひとつとして存在が許されない。
北の山では、そんなくだらないものを守るよりもまず、命を守らねばならない。
そしてそれ以上に、自分の命よりも遥かに偉大なもの――自然の掟を守って生きねばならない世界だ。
そういう環境に育ち、その教えを祖父から容赦なく叩き込まれた私にとって。
貴族社会での生活は苦痛以外の何者でもなかった。
何度逃げ出そうかと考えた。
何度も婚約を破棄してくれればと願った。
最愛の師であった祖父の死に目にも、私は会うことが許されなかった。
だが――そのチャンスは、十七歳の冬、突然訪れた。
例の婚約破棄である。
私は約五年ぶりに、追放という形でやっと自由の身になったのだ。
その後、私は「アイナル王子直々の断罪」という権威を振りかざし、宣言通りに父に自分を北方の辺境へ追放するよう、半ば脅迫する形で圧し迫った。
父はアイナル王子のしたことに呆れ、そしてその追放を心から喜んでいる娘に更に呆れ果て、もうこの国は終わりだと何度も嘆いた。
しかし嘆きながらも、公爵である父は割とあっさりと、私の追放――もとい、北方への帰還に同意したのだった。
こんなことで、私は晴れて公爵令嬢という肩書きを捨てることが出来て五年ぶりに故郷に帰還し、懐かしい半農半猟の生活を再開したのだった。
それはそろそろ里からは雪も消えようかという、ちょうど今日のような、それでもまだ肌寒い日のことだった。
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