復讐開始
後半の方は、ほとんど涙声になっていた。
私は懇願するアイナルを無視して、くるりと背を向けた。
正直言えば、少しだけ驚いていた。
顔以外は人間として0点のアイナルは、王子として蝶よ花よと育てられたために、能力に不相応にプライドも高い。
だから、この元王子がいくら現実に叩きのめされたからと言って――土下座することなど考えられないことだった。
なにかよっぽどの理由があるのかもしれない、と、少しでも考えてしまった私の方も――思えばよくよく甘ちゃんと言えた。
それに……と私は考えた。
正直、コイツには色々と意趣遺恨もある。
かつてやられて嫌だったこと、腹が立ったことがてんこ盛りだ。
しかも――今は立場が大逆転している。
こいつはおそらく、今この国で最も価値のない生命体、最底辺のその下にいる人間なのだ。
コイツを生かすも殺すも私次第なのだ。
なら、少し立場を利用して復讐してやったって――誰も咎めまい。
私はふーっとため息をついた。
「なんでもする、って言ったわね?」
がばっ、と、アイナルはべちゃべちゃの顔を上げた。
「なんでもする、なんでもするのね? たったの一度でも、嫌だとか、辛いとか、そういう事は言わない、ってことよね?」
アイナルは青い顔でガクガクと頷いた。
ニチャッ、と、私はわざとらしく嗜虐的な笑みを浮かべた。
その表情に、アイナルは気圧されたように身を固くした。
「そういうことなら助けてあげる。いい? 一度でも嫌だとか辛いとか言ったら、私がアンタを処刑するから」
ぎょ――と、アイナルが目を剥いた。
私は腰に帯びていた山刀を右手で抜き、雪面に突き立てた。
「額に穴が空いたアンタの首をこの山刀で掻き落として!」
刃渡りが三十センチほどもある巨大な山刀だ。
目の前に突き立てられた氷の刃を見て、アイナルは失禁するほどに恐れ慄いた。
「……アンタの首を手土産に王都に戻ってやる。いい?」
私が言うと、アイナルはガクガクと頷いた。
よろしい、と私が言うと、アイナルがややあってから、情けなく引きつったほほ笑みを浮かべた。
「あっ、ありがとうアレクサンドラ。こんな僕を生かしてくれようだなんて……」
「ハァ? 何言ってるの? 私はアンタを生かす気なんかないわ」
私が言い放つと、アイナルの顔から表情が抜け落ちた。
私はその顔に向かって宣言した。
「言っとくけど、私はアンタに食べ物を恵んだりしないわよ。自分の食い扶持は自分で稼ぐ。それがこの山のルール。それがどういう意味なのか――私がこれからアンタに嫌というほど摺り込んでやるから」
私はそこで、計画的に微笑んだ。
その微笑みに、アイナルは怯えたように唾を飲み込んだ――。
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