助けてくれないの?
青年――アイナル・リンドストランドの身体が、小さく震え出した。
「さしずめ、アンタの方もその『真実の愛』を囁いた相手に追放されたってことでしょうね。自分が愛した女に裏切られて、自分が裏切った女に会えて、これ以上なく嬉しいでしょう?」
一体コイツはなんで震えているのだろう、と私はその理由を想像した。
自分が過去に犯した、あまりにも軽率な間違いについてだろうか。
それとも単に寒さのためだろうか。
きっと後者だろう。この男には反省する脳みそも良心もありはあしないのだから。
「これでこの世に未練はないわよね? さ、感動の再会もおしまいよ。後は止めないから好きに死んで頂戴」
くるりと背を向けて歩き出そうとすると、アイナルは露骨に慌てた。
「え?! ちょ、ちょっと――!」
「何よ? まだなんかあんの?」
「助けて――くれないの!?」
言うと思っていた。
私は律儀に受け答えした。
「助ける? なんで? 私が? アンタを? なんで? 一方的に裏切って婚約破棄して追放した元婚約者が目の前にいるから?」
「?」をいっぱいつけてやると、アイナルは「そ、それは――」と口ごもった。
「多少クズとグズが治ったかと思ったさっきの私を絞め殺してやりたいわ。アンタは相変わらず自分のことばっかり。アンタの軽率な婚約破棄で滅びた国のことは考えたことないんでしょうね? 自分が今できることは責任をとって野垂れ死ぬことだって理解できてないからこの期に及んでそんな口が叩けるのよ」
好き勝手罵っているうちに、だんだん腹が立ってきた。
二年前にされたことについてではなく、この男の情けなさに対してだ。
この雄大な北方の辺境に、こんな無様で情けない根性なしは存在が許されない。
否――存在すべきではないし、存在してはいけないのだ。
ガチャッ、と、私は猟銃のボルトを引いて青年の目の前に置いた。
アイナルは怯えたようにそれを見て、青かった顔が真っ白になった。
「な、なんだよ、これ――!?」
「なんだよって猟銃じゃないの。引き金を引けば鉛玉が飛び出してクマだろうが鹿だろうが一発で即死する。甚だ不本意だけどアンタに貸してあげる」
「か、貸すって――!?」
「今から王国滅亡の責任をとって死ぬんでしょう? 足の指引っ掛けて頭をぶち抜いて死ね。私が責任持って新しい王国に届け出てやるから」
アイナルの震えが大きくなった。
これでは手がブレて狙いが外れ、長く苦しむことになるかもしれない。
うん――きっとそれがいい。そっちの方がドラマティックだ。
「さぁ、気が変わらないうちに早く」
「ちょ――待ってくれよ! ぼっ、僕に死ねって言うのか?!」
「アンタの真実の愛の相手もそう言ったんでしょ? 女の願いを聞き届けるのは男の甲斐性だわ」
「まっ、待ってくれ! 僕にはやることがあるんだ!」
「やることって死ぬことでしょ? 男らしく責任を取るのよ」
「たっ、頼むよアレクサンドラ!」
アイナルは無様に雪面に這いつくばった。
「頼む! 少しでいい、助けてくれ! やることが終わったら君の言う通り頭をぶち抜いて死ぬから! だから――少しだけでいい、助けてくれ!」
「助けない」
私は取り付く島なく冷酷に言い放った。
「アンタのやることって何? どーせ民衆の支持を取りつけるだの捲土重来するだの、いもしない味方を説得して反乱軍を組織するだの、そういうどーしようもないこと言い出すんでしょ? だからアンタは今ここで頭ぶち抜いて死ねってのよ。その海綿体脳みそがこの国の歴史をこれ以上穢す前に――」
「頼む、少しでいいんだ!」
がばっ、と、アイナルは雪面に土下座した。
「君に向かって許してなんて言うつもりはない。でも、すまない――今は僕は死ねない、死ねないんだよ! 頼む、なんでもするから! 僕を――僕をどうか春まで生かしてくれ!」
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