婚約破棄
「アレクサンドラ・ロナガン公爵令嬢! 君との婚約を破棄させてもらう!」
私――アレクサンドラ・ロナガンは、二年前、寄宿学校の卒業パーティの席でそう宣言された。
突然の宣言に驚きの声をあげる観客たち。
こういうとき、どういう反応をするのがいいのだろうか。
泣いてみるべきか。
絶句してみるべきか。
それとも慟哭するべきか。
迷った末に、私は眉を持ち上げただけで、特別な反応を示さないことにした。
「殿下、貴方様のお気持ちは変わらないのですね?」
それはおそらく、今まさに婚約破棄されているとは思えない落ち着き方だっただろう。
案の定、アイナル王子は忌々しげに口元を歪めた。
「僕はここにいるエルシーのお陰で真実の愛に目覚めたんだ! 彼女はこの三年間、献身的に僕を支え、親身になって側にいてくれた――! 貴様のような悪女とは違ってな!」
まぁ、そうだろう。
そのエルシーとかいう小娘は王太子妃の地位と権威目当てなのだ。
いや――目指しているのはおそらくもっともっと上だろうから、カモを籠絡するためなら、親身になるどころか悪魔にだってなるだろう。
私はアイナル王子に肩を抱かれ、戸惑ったような表情を浮かべるエルシーを見た。
あどけなくて、人畜無害の塊にしか見えない、いたいけな少女。
だがその目の光だけは、本人の計算高さと狡猾さを想像させる輝き方をしている。
私は別にエルシーとかいう小娘が嫌いではなかった。
いやむしろ、隣に立っているアイナル王子よりも、この娘の方がよほど好きだった。
知恵が回ってすばしっこくて、擬態も媚態もこれ以上なく上手い。
それは山の獣には必須な要素だからだ。
「一方、貴様がこのエルシーにした暴力行為の数々――勇気を持ってこのエルシーが打ち明けてくれたぞ! アレクサンドラ、貴様は嫉妬に狂って彼女を階段から突き落としたそうだな!」
ざわっ、と、固唾を飲んで事態を見守っていた観客がざわついた。
無論、それはエルシーの自作自演であり、私には全く関わり合いのない話。
ただ、私が近くにいた時に、エルシーが勝手に階段から落ちただけのことだ。
ちら、と私がエルシーを見ると、エルシーの目が嗤った。
「貴様は今ここで断罪されねばならない! アレクサンドラ・ロナガン、貴様は未来の王太子妃であるエルシー・ジェナロ伯爵令嬢への殺人未遂の罪で、北方の辺境に追放処分とする!」
アイナル王子は高らかに宣言した。
その瞬間、私の心の底から、溢れ出るような喜びが湧いてきた。
我知らず歪んだ口から笑声が漏れてしまい、私は反射的に口元を手で抑えた。
「な――何がおかしい!」
「あ、いえ――なんでもありませんわ。殿下、繰り返しますが、北方の辺境に私を追放なさるのですね?」
私が念押しすると、アイナル王子が一瞬だけ、気圧されたように口を噤んだ。
今の今まで私を嗤っていたエルシーでさえ、私の不審な発言に少しだけ顔を曇らせた。
「あ、ああ――リンドストランド王国内ではもっとも過酷な豪雪地帯だ! 生きていけると思うなよ、アレクサンドラ!」
フッ、と、私は鼻を鳴らした。
生きていけると思うな――?
私はその言葉のおかしさに失笑してしまった。
生きていく以外、人間に何をしろというのだ。
「殿下のお気持ちはわかりました。それでは、邪魔者は消え、その北方の辺境とやらに向かう準備をするとしますか。――アイナル殿下」
私は最後にアイナルを見た。
アイナルは不審そうに私を見た。
「そのエルシー嬢と末永く、お幸せにね――」
ぽかんとしただろう二人の間抜け面は、見なかった。
私はそのまま学院の卒業パーティ会場を後にした。
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