正体がもしバレたら
「あ、アレクサンドラ……! なんだよあの名前! アダム・ヘッポコマンって! へ、ヘッポコって……!」
「仕方ないじゃない。咄嗟に思い浮かばなかったのよ」
いくら何でも、というように憤るアイナルの言葉に、私はばつ悪く言い訳した。
「それにアンタ、ほっとけばペラペラ自分の名前喋ったでしょ? 今のアンタはある意味、国一番のお尋ね者なの忘れたの?」
「う――!」
「もしアンタがアイナル・リンドストランドだってバレたら、いくらこの村のみんなでもアンタを歓迎するとは思えないわ。国を乗っ取った伯爵家が王子を追放したのはこの村の人間でも知ってることだし」
私はアイナルの手を引きながら、小声で付け足した。
「いい? アンタはただでさえこの村では浮く存在なのよ。絶対に王都の話なんかするんじゃないわよ。まぁ、アンタのことだから言ったところで頼りないけれど、それでも正体がバレそうになる行動は謹んで。でないと――」
私は辺りに人がいないことを確かめ、更に声を潜めて耳打ちした。
「でないと、村の誰かがアンタの寝首掻きに来るわよ」
私が抱えている危機感は、アイナルにはいまいち伝わらなかったらしい。
どうして? と視線で訊いてくるアイナルに、ハァ、と私は頭を抱えた。
「アンタね……もう少し危機感っていうもの持たない? アンタ、なんでこの辺境に追放されたかわかってる? 処刑する手間が省けるからじゃないの」
アイナルのぷよぷよの脳みそに、私は事態の深刻さを刷り込むように言い聞かせた。
「伯爵家が今一番欲しいものは、アンタの死体よ。いくら馬鹿でも、王子であるアンタを処刑すれば外野がうるさい。一方、アンタがどこぞで野垂れ死んだことがわかれば、晴れて伯爵家は王位簒奪に道筋がつく。アンタの父親である王に禅譲を迫り、もうひとりの王位継承候補者であるエヴァリーナは暗殺されて、あのエルシーとかいうアバズレの父が王になり代わる。ここまではいい?」
私が確認すると、アイナルは頷いた。
「ただでさえこの村は自給自足の村なのよ? それに血の気の多い若いのも多い。アンタの首を手土産に王都に出向いたら……まぁそうね、あの伯爵家なら、一生遊んで暮らせるぐらいのカネは積んでくれるでしょう。アンタは今、一級の賞金首なのよ」
そこで初めて、アイナルの顔に変化が生まれた。
私はますます恐怖を刷り込んだ。
「この村にはお金と土地はないけど、猟銃と火薬なら腐るほどある。物陰からアンタの後頭部をぶち抜くなんて簡単よ。それか崖から突き落としてもいいし、毒を飲ませたっていい。どうせこの村のことだから犯人が誰かなんてわかりゃしないわ」
カタカタ……と、アイナルが震え出した。
ようやく、私の言うことが伝わってきたらしい。
「そして伯爵家により、アンタの死体は悪政を敷いた暴君だとして王都に引き取られ、一番目立つ街頭に吊るされる。民衆に石を投げられ、カラスに啄まれるままにされ、骨になるまで晒し者よ。もしかしたらアホで馬鹿でとどめにワガママなアンタを日頃から恨んでて、死ねばいいのにと思っていた兵士や王宮の侍女たちも一緒になって石を投げるかもしれない」
ゾーッ、という感じで、アイナルの顔から血の気が引いた。
唇が色を失い、刻一刻とかさかさになってゆく。
「いやもっと残酷かも。この村には血の気の多いのもいるからね。報酬は山分けってことになるかもしれないわ。撃ち殺したアンタの首と両手両足をバラバラにすれば、とりあえず胴体も入れて六つにまで数は増える。伯爵はそれを持ってきた人間たち全員に同額の報酬が支払うぐらいはするでしょうから――」
「も、もういい、わかった。絶対に名乗らないよ。わかったから、や、やめてくれ……」
アイナルはブルブルと首を振って私の言うことを遮った。
「さ。わかったなら己の身の振り方に関してもう少し慎重になりなさい。行くわよ」
「行くってどこへ?」
「この村の狩猟組の頭領のところ。おやっさん、もしくは親方って呼ばれてるわ」
ふぇ? とアイナルは妙な声を上げた。
「狩猟組……?」
「アンタだって春までこの村にいるんでしょ? だったら食べるために働く必要がある。その交渉をしにいくの」
「え、えぇ……!?」
まぁそういう反応をするだろうと思っていたけれど、アイナルが情けない声を上げた。
「し、狩猟組ってなんだよ?」
「何だよもへったくれもないわ。この村の重要な資金源は狩猟。だから男たちが集まって狩猟をするのよ。アンタは春までそこででみっちり修行させてもらう。いいわね?」
「それは具体的にどういうことを……」
「口では説明しきれないわ。とにかく行くわよ」
私は話を打ち切り、村を歩き出した。
おやっさん――ヒカミ村の狩猟組の親方はこの村の最も奥まった場所にある。
しばらく歩いて親方の家の前に立つと、アイナルがその佇まいをしげしげと眺め上げた。
「何?」
「え? いや、大きな家だなぁと思って」
「そりゃそうよ。おやっさんはこの村の名士だもの。昔は村長も勤めてたぐらいよ」
そこで私は少し釘を刺しておくことにした。
「それとアイナル、おやっさんに会ったら絶対に失礼な口を利いちゃダメよ。国王、いやもっとそれ以上の存在に話すように話して。でないと」
「で、でないと?」
「アンタ、この村放り出されるわよ」
私はそこで少し声を潜めた。
「いい? おやっさん、いや、親方はこの村そのもの。そんなに目くじら立てて怒るような人ではないけれど、威厳はあるし周りの目もある。アンタがナメた口利いたなんてことが広まったら、あの新入りは気に入らないからやっつけてやろう、なんてことにもなりかねない。平身低頭、いいわね?」
「うっ、うん」
どこまで伝わったかは甚だ不確かという他ないのだけれど、一応言うべきことは言った。
私は少しだけ気持ちを整理し、親方の家のドアをノックした。
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