ヒカミ村
「あわわわっ! た、助けてアレクサンドラ――!」
まず最初に柴橇が、そして次にそれに引っ張られたアイナルが、凄まじいスピードで斜面を滑り落ちてくる。
仁王立ちでがっぷり四つに組み合って受け止める――なんて暴挙はもちろん犯さず、うわっ、と私は思わず横に飛び退った。
飛び退ったその横を、柴橇に乗せられたクマ、そして手を伸ばしたまま絶望の表情を浮かべるアイナルが通り過ぎた。
「あっ――ああっ! あああああああああああ!!」
既に制御不能の柴橇に引っ張られ、アイナルはボロ雑巾のように斜面を転がり落ちる。
あーあ、と思ってそれを見送っていると、斜面の傾斜がゆるくなってきた辺りで、柴橇とボロ雑巾はようやく停止する気配を見せ始めた。
私まで滑落しないよう、慎重に斜面を降った私は、まず柴橇の具合を検めた。
ロープできつく縛っていたのがよかったのか、どうやらクマも毛皮も無事であるようだ。
その後、ようやく私はアイナルの無事を確かめた。
アイナルは美しい金髪をこれでもかと雪まみれにし、ぴくりとも動かない。
顔を見ると、鼻に穴にまで雪がびっちり詰まり、翡翠色の瞳が冗談のようにぐるぐる回っている。
なんてひどい顔だ……私は思わずうわっと悲鳴を上げた。
「一応聞いておくけど、大丈夫?」
「……死んでるんじゃないか、僕」
「斜面転げ落ちたぐらいで人間死にゃしないわよ。ほら、立った立った。服が濡れると凍りつくわよ」
私はアイナルの首根っこを掴んで引きずり起こしてやる。
何故手を引っ張らなかったのかというと、手を繋ぐようで嫌だったからだ。
全く、猫の子じゃあるまいに。立って歩くこともまともにできないのか。
ふと――さっと顔に爽やかな風が触れた。
私が背後を振り返ると、雲が切れ、世界が太陽の光に照らし出された。
「アイナル、ほら見なさい」
私が促すと、ようやくよろよろと立ち上がったアイナルが――息を呑んだ。
複雑に入り組んだ山々。
ぐるりを高い山々に囲まれた中に、まるで巨人が足跡をつけたかのように窪んだ平地。
そこにまるで肩を寄せ合うように集まった数十軒の家と、僅かに切り開かれた猫の額ほどの耕地がここからでも見える。
病院も、酒場も、教会すらない辺境の集落は、ここから見ると切なくなるほどに小さく見えた。
まるで箱庭のような、小さな小さな集落――。
それでも太陽が輝けば、そこに根を張った人々の生活を象徴するかのように、村はきらきらと輝いた。
「あの村が私の生まれ育った村、ヒカミ村よ」
私が説明すると、その小さな村を見下ろしたアイナルの口が、ヒカミ、と動いた。
このリンドストランド王国では間違いなく聞かない名前であるだろうし、それは不思議な響きの言葉であるはずだった。
実際、この辺境の村の文化はリンドストランド王国のものとは異なるし、文化や風習も独特だ。
「さ、ここまでくればあと一息よ。頑張ってクマを降ろしなさい」
私はそう言って、家へ帰る一歩を踏み出した。
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