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村を目指す

「ふんぬぬぬ……! うううう……! このォッ……!」

「ほら、ちゃんと踏ん張れ。急がないと日が暮れるわよ」


私が発破をかけたのに、アイナルは答えようともしなかった。

ただただ、大汗をかき、美しい顔を歪め、腰に結えつけられたロープを馬車馬のように引っ張っている。

その先には先日撃ち取ったクマが、そこらの木から調達した枝を重ねた即席の(そり)の上に縛り付けられている。

この柴橇(しばそり)は全く即席のもので普通の橇ほど滑りはよくないが、こうすることでいくらかは引きずるのが楽になるし、第一折角撃ち取った獣の毛皮を傷めないで済む。


昨日とは打って変わって冷え込んだお陰で、季節外れの大雪は既に根雪となって凍りついている。

これなら壺足――雪に足が嵌ってしまうこと――の心配もないし、橇もよく滑る。なんとか午前中には村に辿り着けそうだ。


だけど――私はアイナルを振り返った。

ふんぬぬぬぬ……! などと殊勝に引っ張ってはいるものの、斜面に差し掛かったクマは先程から少しも動いてはいない。

そんなに大きなクマでもないのに……私はアイナルの相変わらずの非力っぷりに呆れてしまった。


「ふんぬゥッ! このおッ! 動け! 動けったら……!」

「アンタさっきから掛け声ばっかりうるさいけど、一歩も動いてないじゃない。喉じゃなくて足に力入れなさいよ」


私は呆れてアイナルを睨んだ。


「一応生物学的には男でしょう? 想像を絶して非力ね、アンタ」

「ぐ……! し、仕方ないじゃないか。初めてやるんだし……!」

「いくらクマ引きずって下ろすのが初めてだって、普通の男ならもう少しスピーディにやると思うけどね。私追放した後は剣とかの訓練とかしなかったの?」

「剣、剣だって――!?」


私の言葉に、アイナルが何故だか少し憤ったように喚いた。


「ばっ……馬鹿にするなよ! 落ちぶれたとはいえ僕は高貴な生まれなんだぞ! この手は茶を飲んだり優雅に花を愛でたりするためのものであって、剣みたいな下品なものを振り回すための手では……!」


また少しキレた。

私はツカツカとアイナルに近寄ると、その脛の辺りをたっぷり十発近く蹴飛ばした。

アヒッ、アヒイッ! と情けない悲鳴を上げながらアイナルは身を捩った。


「アッ、ごめ……! もっ、もう言いません! この手は下賤な手ですッ! 許して……!」


ふん、コイツの手が高貴で優雅な手であるなら、私の足だってこのボケナスビをしつけるための高貴で優雅な足なのだ。

私は腕を組んで仁王立ちし、あくまでも手伝わないという意志を見せると、アイナルは諦めたようにクマを引きずり始めた。


「しかしアレクサンドラ……一体どこまで引きずればいいんだ? もう相当山を降りてるけど……」

「もちろん里までよ。私の住んでる村」


そう説明すると、えっ、とアイナルが驚いた表情を浮かべた。


「こんな北の辺境に村なんかあるのかい?」

「とんでもなく失礼な事言うわね……アンタ、この北の辺境が無人地帯だとでも思ってたの?」


私は呆れて説明した。


「確かに王都と比べれば積雪量も多いし人口も少ない。だからって生きていく術がないわけじゃない。知恵と技術さえあれば生きていくことはできるわ」

「へぇ、そういうもんか……僕には想像さえ出来ないな」


アイナルは周りの風景を見回しながら、正直な感想を漏らした。


「正直、こんなところに追放されなければ、ここで生きている人がいることすら想像しなかったかもしれないよ……」

「アンタ一応この国の王子だったんでしょ? そういう教育はされなかったの?」


う、とアイナルは短く呻き、目線をそらした。

されたかどうかも覚えてはいないのだろう。


「ああもう……いいわよ。ハナからアンタにそういう為政者としての心構えなんか期待してた奴は誰一人いないでしょうから。無理に思い出せないフリしなくてもいいわよ」

「そっ、それはいくらなんでも酷くないかい……? っていうかアレクサンドラ、君、追放された途端に滅茶苦茶口が悪くなってないか……?」

「これが素よ。それにアンタじゃなくて心から立派だと思える人間にはちゃんと敬語も使うわ。話す対象がアンタだからこうなってるだけよ」


うぐ、とアイナルは再び短く呻き、少し不満げに下唇を突き出した。

ここまで悪し様に言われればそりゃ面白くもないだろうが、コイツの生殺与奪の権は今、私が完全に掌握しているのである。

私に見捨てられたときが自分が死ぬとき――昨日再会してから、それぐらいは理解したらしいアイナルは、流石に不満をハッキリ口にする愚は犯さなくなってきている。

このアホな元王子にしては見上げた飲み込みの早さと言えた。


「さ、わかったらさっさとクマを引きなさい。午前中にはなにがあっても村に辿り着くようにね」


私が顎で山道の先をしゃくると、何もかも観念したらしいアイナルは再び喚きながらもクマを引っ張り始めた。


そのまましばらく歩くと、ようやく森が途切れ、道が下り坂になってきた。


「あ、アレクサンドラ……! ちょ、ちょっと待ってくれ……」


いつの間にか、アイナルの声が随分遠くになっていた。

アイナルは情けなく顔を歪め、ヒィヒィと命乞いをするように情けない声を上げる。

もう下り坂に差し掛かっているのに……と思った途端、私はハッとあることに気がついた。


もう下り坂……なのに、アイナルはクマを引きずったままだ。

普通、橇を引いた状態であれば、橇を先に行かし、自分は斜面の上の方で踏ん張りながら降りてこなければならない。


あ、と思った途端、アイナルと柴橇とを結んだロープが――ぴんと展張した。


「ばっ……馬鹿!」

「うぇ?」


私の叱責にアイナルが顔をあげたときには――もう遅かった。

ズル、とクマを乗せた柴橇は峠を越し、下り坂によって徐々に加速し始めた。

呆けて立ち止まっているアイナルの横を滑り抜けた柴橇は軽快に斜面を滑り落ち、ロープが再び真っすぐ伸びた。


「ぎゃ――!」


途端に、腰に結んだロープに引っ張られ、アイナルが悲鳴を上げた。

踏ん張って止めることも出来ず、まるで背後から何者かに突き飛ばされたように地面に転げたアイナルだったが、柴橇はそれでも止まらない。




やがて更に加速した柴橇は、地面に転げたままのアイナルをも引きずって斜面を滑落し始めた。




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