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火起こし

私はアイナルを肩に担いだそのままの体勢で、一歩踏み出す毎に膝まで埋もってしまう雪原を歩いていた。




如何に頭がカラッポでひょろひょろだとしても、馬鹿は馬鹿なりにそこそこ重い。

ハァハァ……と息を切れさせ、大汗をかきながら歩いていると、上から随分遠慮がちな声が降ってきた。


「あ、アレクサンドラ……降りて歩くよ、僕」

「うるさい黙れ……! 殊勝なこと……抜かすな……! 気持ち悪いのよ……!」

「う……だ、だって、随分つらそうじゃないか……。いくら僕だって君にそんな迷惑は……」

「迷惑なら……婚約破棄されたときに……来世分までかけられてるわよ、クソ虫野郎……!」


私がとぎれとぎれの悪態をつくと、さすがのアイナルも黙るしかなかったようだ。

アイナルが、シュン、と顔を俯けたせいで前に重心が傾き、わわっと私は前につんのめった。


「ふざけんな! 何してくれてんだ、背筋伸ばせ!」

「はっ、はいぃ……!」

「アンタがすべきことは全力でお荷物にならないように動かないことと、その減らず口を閉じることだ! しっかりやれ!」

「う、うひぃ……!」


怒られたショックというよりは私の声の怖さに、アイナルは怯えたような声を発した。

私は唯一自由になっている左腕で額の汗を拭い、また歩き出した。


十分も歩くと、ようやくお目当ての場所にたどり着いた。

衝立岩――地元の猟師にはそう呼ばれている、灰色の巨岩が崖となってせり出している場所である。

私はその崖にわずかに生じた切れ目に向かってのしのしと歩き、そこでようやくアイナルを地面に降ろした。


「はぁ、疲れた……肩が痛いわよ、全く」

「ご、ごめんよアレクサンドラ……」

「謝るのはいいから入るわよ」


私が洞窟の中に分け入ると、洞窟の中には人の生活感があった。

燃えてちびた炭、真っ黒に煤けた天井、散らばった鳥の羽と動物の骨……。

ありがたいことにまだ燃やされていない薪と粗末な筵、そして錆びた鍋釜もある。

おそらく、吹雪に吹かれた私でない誰かが、ここでまんじりともしない一夜を明かしたに違いない。


「アレクサンドラ、ここは……?」

「ここは緊急のシェルターみたいなもん。地元の猟師は吹雪に巻かれるとここに避難すんの。だから最低限煮炊きのための道具も揃ってる。それはそうとアイナル、そこらへん探して。火打ち石か何か転がってない?」

「え……ちょ、ちょっと待って。えーと……」


しばらく周りを検めていたアイナルが、ない、と首を振った。

ここまで装備が揃っているなら火打ち石(フリント)もあると思っていたのだけれど、流石にそれは甘え過ぎだったか。

今日は日帰りの猟の予定だったため、私はあいにくと火打ち石やマッチなどの火の気があるものは持ち歩いていなかった。


「アイナル、アンタ魔法使えたっけ?」

「え? 魔法――? 魔法ってあの魔法?」

「魔法にあのもこのもあるかアホ。アンタ一応学園ではそっちの専攻だったんじゃないっけ? 火花ぐらいは出せるでしょ?」


私が言うと、アイナルは何故なのかキョトンとした表情を浮かべ――次に「そんな面白くもない冗談を!」と即座に否定した。


「なんで僕が魔法なんか使えなきゃならないんだい? 僕はこれでも王子だぞ、水がほしいなら召使いが持ってくる、火がほしいなら執事がランプを持ってくる。魔法なんてあんな下賤なもの、高貴な生まれである僕の人生には必要ないものだよ。違うかい?」


本当に何故なのか、アイナルは自慢げにそう言い切った。

おお、と私は本気でその時、アイナルに感心した。

こいつ、そこそこ馬鹿だと思っていたけど、どうやら違うらしい。

こいつはどうやら相当の、かなりの、極限の馬鹿であるようだ。


「あー、いいいい。もういいわ。アンタに何か求めた私が愚かだったわ。今のは忘れてちょうだい」

「今回はいいけど、次は気をつけてね。いくら僕相手でも言っていいことと悪いことはあるんだよ」

「はいはいそうですわね。崖から墜ちて死ねばいいのに」

「ん? 何か今暴言吐いたかい?」

「となると、火はつけられない……はぁ、とにかくやるしかないわね」


私はこめかみに鈍痛を覚えながら、猟銃を地面に降ろし、洞窟の中にあるべきものを探した。

そこらに誰かが積んでいてくれている薪の中で、なるべく太いものを選び、山刀で慎重に割った。

薄い板を一枚作ると、私はその板の端を山刀の切っ先でくり抜き、小さな窪みを拵えた。


「なにしてるんだいアレクサンドラ?」

「何を、って、魔法も使えないド無能の王子様のために火を焚く準備じゃないの」

「火を焚く準備? 君は猟師のくせに火種くらい持ってないのかい?」

「山刀で目玉くり抜かれたい?」

「えっ、なんで怒るんだい?」

「もう口閉じろ。アンタと話してると頭痛がひどくなんのよ」


口を動かしながらも、同時に手も止めない私は、次に小枝を一本手に取り、節やササクレを山刀で丁寧に削り取った。

小枝の先端も少し整形して尖らすと、次に別の枝の一本を手に取り、山刀でこするような動きを与え、なるべく繊維状になるように削り落とした。シラカバの樹皮の上に集めた削り屑、これが火口となる。


「これでよし、と……」

「これでどうやって火をつけるんだい?」

「いちいちなんか質問してないと死ぬのアンタは? これで錐揉みして火を熾すのよ。見たことない?」


私が言うと、はっ? とアイナルが目を見開き、次の瞬間、頭を抱えて大笑いした。


「アレクサンドラ……君は原始人か何かかい!? そんな棒きれと板で火を熾す? 随分と文明人らしくないやり方じゃないか!」


ファーッハッハッハ! とアイナルは実に快活に笑った。


「いくら素人の僕相手でもそれは冗談がすぎるんじゃないのかい? 仮にも公爵家の令嬢がそんな面白くもない冗談を言うとは思わなかったな! そんな原始的なやり方で火なんか熾こせるわけが……」


キレた。

私はまだ鞘に納めていない山刀を逆手に持ち、ドズッ! とアイナルの足の間に突き立てた。

ウギャア! と慌てて飛び退ったアイナルを、私は肩越しに睨みつけた。


「次に私のやることを笑ったら殺す」


余程恐ろしい顔と声だったのだろう、アイナルは洞窟の壁に張り付いたまま、ガクガクと頷いた。

意気消沈してしおらしくなっていたはずのアイナルは、曲がりなりにも風雪を除けることができたせいで、元のワガママなバカ王子に戻りかけていたようだ。

しばらくは飴は与えず鞭で仕込むか……と決意を新たにした私は、フン、と鼻を鳴らして正面に向き直った。


「馬鹿なアンタにはわからないでしょうね……この山で火を焚くってことの大変さが」


私は両手を拝むように合わせ、棒を握った。

そのまま、台座となった板に押しつけるようにしながら、素早く棒を錐揉し始めた。


「いいか、馬鹿元王子。人間が人間であり、他の動物とは違う最大の理由を言ってみろ」




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