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山の神の気まぐれ

ヘッポコ元王子の絞り出すような声。

全く嫌な話なのだけれど――私は言葉を飲み込んでしまった。

ひぃん、と情けない鳴き声を発して、アイナルはガタガタと震えた。


「エヴァリーナは今……人質として宮殿に幽閉されてる……彼女は……何も悪くないのに。僕がくそったれの馬鹿じゃなかったら……彼女があんなことになることはなかった。伯爵家は……僕を処刑すらしてくれなかった。僕に――それだけの価値がない男だから――」


ひぃんひぃん、と子供のように、実質中身は子供であるアイナルは泣き喚いた。


「僕は……僕は妹を助けたら……死ぬ。いや、エヴァリーナの解放と引き換えに、伯爵に処刑されに王都に……戻るつもりだ。冬が明けて……都に歩いて帰れるようになるまででいい……」




アイナルはもう一度、雪面に額を擦りつけて、心の底から泣き喚いた。




「頼む――誰でもいい、神でも悪魔でもいい、僕を……僕を生かしてくれ……! それまででいい、今は……今は死ねないんだ……!」




その言葉に――。

私は先程のクソ忍耐の理由を察してしまった。


エヴァリーナ、か――。

私は自分以外の口から、二年ぶりにその名を聞いた。

十歳ぐらいからこのアホの婚約者だった私にとっても、彼女は妹同然だった。


妾腹で、色々と妬みややっかみも投げつけられた中で、彼女だけは私の味方だった。

否――彼女は、そもそもこの世に敵や味方というものさしで人を見ない人だった。

兄とは全く似つかわしくなく、清廉で賢くて、慈愛に満ちていた美しい少女。

確かに――伯爵家にとっては、このボンクラよりも彼女を手元に置いておいた方がよほど価値があっただろう。

なるほど、さっきのクソ忍耐は、あの子のためだったか――。


雪崩が起こるのではないかと心配になるほど、アイナルの嗚咽は大きかった。

一頻り泣かせた後、私はレバーを戻した猟銃の筒先でアイナルの頭をどついた。


「いつまで泣いてんのよ。腹が減って下山できなくなるわよ」


アイナルが、雪でべちゃべちゃになった顔を上げた。


「春まで生きるんでしょ? だったら食べて、寝ないと。殺されに戻る体力を養う、それが今のアンタにできる全て。だったらちゃんと食ってたくさん寝て、立派に殺されなさい」


私の言葉に、アイナルが焦点の合わない目で私を見た。


「生かして――くれるのか?」

「それは私が判断することじゃない。この山が判断することよ」


私が苦笑すると、アイナルは絞り出すように言った。


「すまない、アレクサンドラ……僕は……」

「もういいわ、どうせお互い、許せないし、許してもらおうとも思ってないようだし。さ、さっさとこのクマを里に降ろすわよ」


えっ? と、アイナルが顔を上げた。


「降ろす? ここで解体するんじゃないのか?」

「バカね、もうすぐ夕方よ? 今からここで解体して山を降りる頃には日が沈んでるわ。そうなったらふたりともあの世行き決定。ささ、アンタがこいつを引きずって降ろすのよ」


ええっ!? とアイナルが情けない悲鳴を上げた。


「僕が――僕がこんなデカいのを降ろすのか!? そんな事できるわけが――!」


ガチャッ、と、私は猟銃のボルトを上げた。

その冷たい機械音に、アイナルが慌てて言葉を飲み込んだ。


「……今なんて?」

「い、いや、なんでもないです……」


アイナルはぶるぶると首を振った。


はぁ、と、私は未だに雪が降り止まない曇天を見上げた。


全く――この山におわす山の神は、こんなフニャチンのどこを気に入ったのか。

顔はいいけど、頭が悪くて、甲斐性なしで、性格も最悪のこの元王子のどこを。

しかもそれを因縁深い私の前に連れてくるなんて――一体どういう気まぐれなのだろう。

そしてコイツは、追放からも何故かしぶとく生き残っていたこいつは、春まで生きて死ぬ。

どうせいずれは死ぬ人間を、何故この山は生かしておくのか。

そして私はそのとき、いくら憎い相手とは言っても、果たして笑顔で行ってこいと送り出せるのか――。


そこまで考えて、私は首を振った。


いや――考えても詮無いことだ。

山の神は与えもし、奪いもし、その采配は誰にもわからない。

私たちは山の神の気まぐれによって死んだり生きたりするだけ。

だったら、こいつもその通り、遅かれ早かれ生きたり死んだりするだけだ。


それでいい、と私は思った。

どうせ人間には生きていく以外、やることなどない。

だったらその日まで生きればいいだけなのだから。




「アレクサンドラ……?」




思わず笑顔になっていた私に、アイナルが少しだけ不思議そうな顔をした。





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