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第2章 よくわかる変態魔法 part3/4

 図書館の本棚の前で、ミユキは頭を悩ませていた。


「やっぱり、守護精霊として淫魔と契約した例は少ないみたいですね……」


 一年時の精霊学の講義内容を改めて思い出す。さまざまな精霊について、神話や伝承、得意な魔法、精霊兵装の種類などを教わったが、リリスやアスモデウスのような淫魔はほとんど名前が出てくるだけに留まっていたのだ。


「精霊じゃなくて、魔物としての淫魔を調べた方がいいんでしょうか?」


 精霊学の研究者によれば、本人たちに具体的な自覚はなくても、精霊はただ存在することによって、この世界に大きな影響を与えているのだという。


 火蜥蜴のサラマンダーがいるから、この世界に火が存在する。正義の女神のユースティティアがいるから、この世界に正義が存在する。キングスライムのショゴスがいるから、この世界に魔物としてのスライムが存在する。


 それらと同じように、大淫魔のリリスがいるから、この世界には性欲が存在し、また魔物としての淫魔が存在しているのだという。


 以前にも、リャナンシーという魔物の持つ能力を例に挙げて、「リリスと契約すると、強化魔法が得意になる」という説明を受けていた。だから、魔物としての淫魔について調べれば、他にどんな魔法が使えるようになるのか類推できるはずである。


 しかし、リリスにはもっといい案があるようだった。


「別にわざわざ調べなくったって、私が教えてあげるわよ? 前にも契約したことがあるから、大体どんな魔法が使えるか分かってるし」


「それはそうかもしれませんけど、リリスさんの話って絶対脱線するじゃないですか」


「まあまあ、いいじゃない」


 リリスはそう言って、ミユキを強引に机に向かわせる。それで仕方なく、メモを取る用意をするのだった。


「淫魔の使える魔法といえば『変身シェイプシフト』ね」


「ああ、淫魔って相手の理想の姿に変身するとかって言いますもんね」


 淫魔というと美男美女というイメージがあるが、中には変身してそう見せているだけで醜い容姿の淫魔もいるのだという。


「淫魔の魔法って、お互いの好感度が効き目に関わってくるものもあるから、『変身シェイプシフト』は重要になると思うわよ。たとえば、男同士の勝負になった時に、相手好みの女の子に変身することで、『魅了チャーム』をかけやすくしたりとかね」


「はぁ、なるほど」


 前にリリスは『魅了チャーム』をハーレム作りの魔法のように説明していたが、本質的には相手を魅了して、こちらの命令を聞かせる魔法である。戦闘中にかけることができれば、強力なアドバンテージになるだろう。……いかにも淫魔らしい魔法だから、正直気は進まないが。


「ちなみに、上達すれば自分だけじゃなくて、相手を変身させることもできるわよ。だから、『変身シェイプシフト』を極めれば、『女の子になって百合えっちしたい』と思ってる男にも、『魅了チャーム』をかけられるようになるわ」


「それ地獄絵図じゃないですかね」


「ユキ君、セクシャルマイノリティを馬鹿にするような発言はよくないわよ」


「急に正論を言わないでください」


 普段の言動が言動だから、いまいち釈然としなかった。確かに、今のは自分が悪いような気もするが……


 もしかしたら、失言のばちが当たったのかもしれない。


 次の瞬間、ミユキの頭に痛みが走った。


「静かにせんか」


 学年主任のギーゼラ・デズモンドに杖で叩かれたのだ。


 身長は低く、手足は短く、まるで童女のようである。それでいて、しわがれた声や目の周りの黒ずみは老婆のようでもある。実年齢でいえば後者に近いらしいが、前者を名乗っても通じないことはないだろう。


 そして、童女にも老婆にも似ず、その眼光はすくみあがるほどに鋭かった。


「ここはどこだ?」


「す、すみません、ギーゼラ先生」


「どこだと聞いているのだ」


「図書館です。おしゃべりをする場所ではありません。つい余計な会話に夢中になって、騒がしくしてしまいました。今後は気をつけます」


 ミユキは一息にそう答える。一年の時に彼女の授業を受けていたから、「図書館は何をするための施設だ?」とか、「なら、何故騒いでいる?」とか、ねちねちと聞かれるだろうことは予想がついたのだ。


 しかし、それでも不満だったようだ。


「これだから悪魔憑きは……」


 ギーゼラは中傷まがいの言葉を言い残していったのだった。


「今の人、教師なのよね? ひどい言い方するわね」


 リリスはそう言って眉をひそめる。


 かと思えば、すぐに怒りを収めていた。自分たちがうるさくしたのが原因だから――というわけではないらしい。


「年齢的にしょうがないかもしれないけど」


「?」


「差別って、大体古い世代の方が激しいものよ。昔、私が契約した時は、もっとひどかったもの。逆に言えば、ちょっとずつだけど進歩してるとも言えるけどね」


「へー……」


 確かに、過去のブリタニアでは、悪魔狩りと称する悪魔憑きの大量虐殺まであったそうである。ヤマトでも開国当初は外国人排斥運動がおこなわれていたという。それに比べれば、現代はいくらか平穏になった方だろう。


「そういえば、リリスさんって今までに何回契約したことがあるんですか?」


「一回だけよ」


 基本的に上級の精霊ほど、契約できる素質を持つ人間は限られてくる。たった一度きりというあたり、腐っても淫魔ということだろう。


「だから、ユキ君が私と契約できたのはコテカよね」


「コテカ?」


チンケースってこと」


「ドヤ顔やめろ」


 下級でいいから、もっと普通の精霊がよかった。ミユキは改めてそう落胆するのだった。


「そうそう。前に契約した子は、光の魔法を開発してたわね」


「淫魔なのにですか?」


 イメージに合わない気がして、ミユキは怪訝な顔をする。以前は、闇属性の魔法が得意だと言っていたはずだが……


「聖なる光じゃなくて、物理的な光の方よ」


「それもあんまり淫魔のイメージじゃないですけど……」


「大事なところを隠すのに使うのよ。その名も『謎の光フリーキー・フラッシュ』」


「ああ、それなら納得です」


 もっとも、「淫魔のくせに隠す気があるのか……」と思わなくもないが。


「規制回避なら、他にも湯気を操る『謎の湯気(ストレンジ・スチーム)』って魔法もあるわね。ただ、どっちも単行本や円盤には弱いという弱点があるわ」


「逆に追加されるケースもたまに見ますけどね」


「確かに」


 ただ、『謎の光フリーキー・フラッシュ』にしろ、『謎の湯気(ストレンジ・スチーム)』にしろ、役に立つとは思えなかった。自分が目指しているのは、政府の要職――国内の治安維持や国土の防衛をするような仕事であって、ラブコメやエロコメの主人公ではないからである。


「もうちょっと戦闘に使えそうな魔法はありませんか?」


「それなら、時間停止はどうかしら?」


「えっ、そんなすごい魔法が使えるんですか?」


 時間操作はかなり難度の高い魔法で、習得できるのはほんの一握りの人間だけだと教わっていたから、ミユキは驚くとともに歓喜していた。


「正確には、この世界の時間を止めるんじゃなくて、対象の生物の体感している時間が止まるだけだけどね。だから、欠点もあるわ」


「相手の動きが止まるだけで、すでに放たれた魔法は止まらない……みたいなことですか?」


「ええ」


 それでもミユキには十分強力な魔法に感じられたのだが、リリスは何故か残念がっていた。


「だから、時間停止モノを撮ろうとしても、犬だけは動いちゃうのよ」


「戦闘に使うっつってんだろ」


「ふと時計を見た時に、一瞬だけ秒針が止まっているように見える、『クロノスタシス』っていう現象にちなんで、この魔法を『時姦封鎖ポルノスタシス』と呼んでいたわ」


「名前だけ微妙にかっこいいのがまた腹立つ」


 ていうか、あれクロノスタシスっていうのか。腹立たしいので口には出さないが、ミユキは密かに感心していた。


「他には因果律を操る魔法も開発してたわね」


「い、因果律操作ですか!」


 ミユキは色めきたつ。時間操作以上に希少な、もはや伝説として語られるレベルの魔法だったからである。


「具体的にはどんなことができるんですか?」


「事象を改変し、物理法則を歪め、運命を捻じ曲げることによって、ラッキースケベを引き起こすの」


「過程に対して結果がしょうもなさ過ぎる」


「その名も『機械仕掛けの神展開エロス・エクス・マキナ』」


「だから、なんで名前だけムダにかっこいいんだよ!」


 期待を裏切られたこともあり、ミユキは思わず声を荒げる。


 そして、そのせいで、「静かにせんか!」と再びギーゼラに杖で叩かれるはめになったのだった。

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