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第1章 ビッチとの遭遇 part3/4

「ユキ君、ユキ君」


「歩きにくいから、ベタベタしないでくださいよ」


「ごめんなさい。ユキ君が可愛くってついね。ちろっ」


「舌なめずりもしないでください」


 できれば、あだ名で呼ぶのもやめてほしかった。


 聖婚儀礼が済んだら、次は教師たちに結果を報告しに行かなくてはいけない。リリスを連れて、ミユキは神殿から講堂へと向かう。


 しかし、その足取りは重かった。


 契約した精霊が、ベタベタと体をくっつけてきたり、いやらしく舌なめずりをしたりするような淫魔だったからである。


「はぁ……」


 思わず溜息まで出てしまう。


「私よりもサラマンダーやウンディーネの方がよかった?」


「え? それはまぁ…… そのあたりは守護精霊としては最上級ですからね」


 彼女に悪いとは思ったが、それでも本音が口をついて出ていた。


 すると、リリスは自身を誇るように、そしてミユキを励ますように言った。


「ユキ君、私は淫魔の中の淫魔、大淫魔よ。そりゃあ、四大精霊みたいにSSR級ってほどじゃないにしたって、私だってSEXくらいはあるわよ」


「そのレア度は人によってだいぶ変わるような……」


 僕にとっては……いや、やめよう。まだあわてるような時間じゃない。


 悪魔憑きの家系ということで、この一年間さんざん目をつけられた結果、不本意ながら存在感を消すのは得意になっていた。同級生たちに声をかけられないように、ミユキはこそこそと教師のところへ行く。


 が、彼女にはそれも通じなかったようだ。


「ミユキ・ツチミカド」


 細い手足に薄い胸という華奢な体格。しかし、それに反して瞳は激しく燃え盛るように意志的で、また肌はあたかもそのせいで焦げたかのように褐色だった。


 学年でもトップクラスを争う才女、イングリット・エインズワースである。


「アンタの守護精霊、何だったの?」


 よほど優れた精霊と契約できたのだろう。「どうせ私と違って、大したものじゃあないでしょうけど」と彼女の目が言っている。


 しかし、彼女のそばに守護精霊の姿はないようだった。


「……イングリットさんは?」


「ニック!」


 彼女が叫ぶと、すぐに風切り音が近づいてきた。


 音の聞こえる方向は上。イングリットの守護精霊は講堂の中を飛び回っていたのだ。


 こうして降りてきたのは――一羽の鳥だった。


 造形こそ鷲や鷹に似ているが、その体は赤い羽に覆われていた。それも、炎のようにきらめく赤い羽である。


「フェニックス……ですか」


「そう、四大精霊級とも言われるフェニックスよ」


 誇示するように、イングリットは左腕に止まらせた彼を見せつけてくる。対照的に、彼の方は「以後お見知りおきを」と行儀正しく頭を下げてきた。


 フェニックスといえば、ヤマトでも火の鳥や不死鳥の名前で有名な精霊だった。これは死期が近づくと、自ら火に飛び込んで、その火や灰の中から復活すると言われているからである。この伝承から、フェニックスは火と再生を司るとされている。


 また、フェニックスは太陽を司る精霊でもあるとされる。その理由は、火にまつわる死と復活が、日の入りと日の出を想起させるためだった。


 このように太陽の象徴とされるだけあって、フェニックスは最上級の精霊の内の一柱に数えられるほどの力を持っている。特に同じ火属性のサラマンダーとは同格として扱われることもある。イングリットが見せびらかしたがるのも無理ないだろう。


「で、アンタのそれは?」


「ええと……」


「リリスよ」


 正直に答えようかどうか迷っていると、本人が先に答えてしまった。しかも、向こうが空中からの急降下で鳥らしさアピールしてきたのに対抗したのか、ミユキを胸に抱き寄せて淫魔らしさをアピールしながら。


 その名前と行動で、何の精霊かすぐにピンときたようだった。


「リリスって、せ、性愛を司っているっていう?」


「そう、性欲を司る、あのリリスよ」


 わざわざ言い直すな。あと抱き寄せるな。


 リリスの胸の中でじたばたしながら、ミユキはそうツッコミを入れる。淫魔というだけでも印象が悪いのに、これではイングリットに軽蔑されるのもやむなしだろう。


「……リリスは確か知性も司ってるのよね」


「気を遣われた!?」


 ある意味、軽蔑されるよりも傷つく反応だった。


 だから、自分のプライドを保つためにも、イングリットを見返すためにも、ここで本当に知性を司っていることをアピールしておきたかった。


「リリスさん、何かこう、役に立つような知識はありませんか?」


「いいわ、任せて」


 そう頷くと、リリスは言った。


「それじゃあ、右手でも左手でもいいから、自分の手を見てみて」


 指示された通り、ミユキは右手を顔の前に持ってくる。イングリットもそれにならった。


「人差し指の長さは女性ホルモンのエストロゲン、薬指の長さは男性ホルモンのテストステロンの量で決まるんですって。だから、人差し指よりも薬指の方が長い人は、性欲が強いそうよ」


「その知識がいつ役に立つって言うんですか」


「合コンとか」


「合コンで役に立ったところで」


 確かに、リリスは知性を司っているのかもしれない。しかし、知性のプラス分を、性愛が帳消しに、いやマイナスにしているとしか思えなかった。


「それで、ユキ君の薬指はどうなの?」


「ちょっと、見ないでくださいよ」


 リリスが顔を近づけてくるので、ミユキは慌てて腕を背中側に回した。


 しばらくの間、「見せてよ」「いやですよ」「見せられないってことは、薬指の方が長いってこと?」「違いますよ」「ちなみに、私はめちゃくちゃ長いわ」「でしょうね」などと、二人は言い合いをする。


 そのせいか、自分に矛先が向くとは思っていなかったらしい。


「あれ? イングリットちゃんも薬指の方が長くない?」


 リリスに手を盗み見られて、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「だっ、誰がオ○ニー中毒よ!」


「そこまでは言ってませんよ!?」


 大声でまずい単語を叫ぶので、ミユキも思わず叫ぶ。


 発言自体も問題だったが、それ以上にタイミングが最悪だった。


「えっ?」


「今、何て言った?」


「いやいや、エインズワース家だよ」


 他の生徒たちの間からざわめきが起こる。よりにもよって、これだけ人が集まっている時に口を滑らせなくてもいいだろうに。


 自分のしでかしたことに気づいたようで、イングリットはますます顔を赤くする。


 恥ずかしがっている――のではない。彼女は怒っているのだ。


「よくもこの私に恥をかかせてくれたわね!」


「いや、今のはほとんどイングリットさんの自爆だったような……」


 これ以上怒らせないように、やんわりと反論してみる。


 しかし、彼女は聞く耳を持ってくれなかった。


「あとで闘技場に来なさい。決闘よ」



          ◇◇◇



「ごめんなさいね。私のせいで大ごとになっちゃって」


 闘技場へと向かう最中、リリスは改めてそう謝ってくる。


 しかし、ミユキは彼女が悪いとは特に思っていなかった。


「あんまり関係ないと思いますよ。元々イングリットさんには目をつけられてましたから」


「そうなの?」


「一年の時、数学で僕の方がいい成績を取ったことがあって。それ以来、何かと勝負を挑まれるようになったんです」


 学期末の試験はもちろんのこと、小テストでさえも彼女は張り合ってきた。はては授業での挙手の回数でマウントを取られたことすらある。だから、仮に薬指の一件がなくても、決闘を挑まれていた可能性は高かっただろう。


「ユキ君、優秀なのね。さすが私の男ね」


「総合成績なら、イングリットさんの方がずっと上ですよ。特に実技なんて全然敵いません。でも、彼女すごく負けず嫌いみたいで」


 エインズワース家は、ブリタニアでも十指に数えられるような大貴族である。おそらく、そのプライドが他者の後塵を拝することを許さないのでないだろうか。


「単に対抗意識なだけ、イングリットさんはまだマシですけどね」


「?」


 不思議がるリリスだが、ミユキが詳しく説明するまでもなかった。


 イングリットとの会話を聞きつけてきたのだろう。二人が闘技場に到着した時には、すでに大勢の生徒が決闘のギャラリーとして集まっていた。


「マジでリリスなのか?」


「悪魔憑きどころか淫魔憑きって」


「Hentaiの国から来ただけのことはあるな」


 ミユキたちの姿を見ても、ギャラリーは陰口をやめようとしない。むしろ、本人たちを前にして、いっそう盛り上がっていたくらいだった。


「ずいぶん好き勝手言ってくれるわね」


「悪魔憑きの家系ってことで、犯罪者の息子だの何だのと、前から嫌われてましたからね」


 西洋で反悪魔主義がはびこっている理由はいくつかあるが、その内の一つは悪魔憑きに犯罪者が多いことだった。人口比で数%のはずの悪魔憑きが、ブリタニアの全窃盗犯・強盗犯の半数近くを占めているというデータまで存在するほどである。


 しかし、それ以外にも、犯罪者のほとんどは貧困層の人間だという研究結果が出ていた。悪魔憑きに犯罪者が多いのは、単に差別によってまともな職につけず、ろくに収入を得られないことが原因だったのだ。


 だが、「一、悪魔は反社会的な性質を有している。二、悪魔憑きには悪魔と契約できる素質がある。三、ゆえに悪魔憑きは反社会的な人格の持ち主である」という考え方は今でも根強いようだった。


「下着とか盗まれたらどうしよう」


「大淫魔と契約するくらいなんだから、それじゃ済まないでしょ」


「早く学校辞めてくれないかな」


『悪魔憑きの息子』から『悪魔憑き』になったことで、完全にタガがはずれてしまったのだろう。ミユキへの罵声はとめどなく続いた。


 これを聞いて、リリスは眉をひそめる。


「こうなったら、裸にひん剥いて写真撮って、それで脅して黙らせましょうか?」


「証明してどうするんですか」


 淫魔らしく下ネタを言いたかった……というわけではないらしい。どうやらリリスは本当に腹を立てているようだった。


「でも、ユキ君だってムカついてるでしょう? それともMだから興奮する?」


「別にムカつきも興奮もしませんよ。僕がこの学園に来たのは、土御門家を再興するためです。お友達作りのために来たわけじゃありません」


 だから、この決闘もギャラリーの鼻をあかすために勝ちたいとは思わない。


 ただ自分にお家を再興する力があることを確かめるために勝ちたかった。


 ミユキがそう答えると、一転してリリスはうっとりとした表情を浮かべる。


「可愛い顔してても、ユキ君も男の子ね」


「いや、そんな」


「キュンキュンしちゃったわ。子宮が」


「しばくぞ」


 反悪魔主義者の気持ちも、今なら正直分からないでもなかった。


「どうせ負けだろ」「淫魔でどうやって戦うんだよ」…… そんなギャラリーの罵声に、その内に「待ってました」「ぶちのめしちゃって」と歓声が混ざり始める。


「さぁ、今度はアンタが恥をかく番よ」


 イングリットが闘技場に姿を現したのだ。

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