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第6章 姫はじめの一歩 part1/4

 部屋に戻っても、ミユキはいつもと違って勉強を始めなかった。それよりも、はるかに重要な問題があったからである。


ひもパン……」


 信じられないあまり、思わずそう繰り返す。ダレンが落としたのは――


「本当に紐パンだったんですか?」


「ええ、ウエストのところだけじゃなくて、前も後ろもっていう、もうほぼ紐ってタイプのやつね」


 もし本当に紐パンだったとしたら、女子生徒の下着を盗んで、その罪を自分に着せようとしたのは、ダレンだということになるだろう。


 だが、自分だって最初は蛇と勘違いしたのである。単にリリスが見間違えただけという可能性もないとは言えない。


 ミユキが半信半疑なのを見て取って、リリスは説明を続けた。


「ちなみに、形状に紐が含まれるパンツはざっくり言ってこんな感じよ」



・サイドタイ……腰の部分が紐になっていて、それをリボンにして結ぶタイプ。タイサイドとも言う。ほどけた時に困らないように、リボンはただの飾りというものもある。


・サイドストリング……腰部分が単に紐になっているタイプ。下着のラインが浮き出にくいため、薄手の服を着こなす時に利用されることも多い。


・Gストリング……腰と後ろが紐になっているタイプ。名前の由来は不明だが、一説にはgroin(鼠径部)のGとも。推理小説で凶器に使われたことがある(『Gストリング殺人事件』)。


・狭義のTバック……Gストリングの内、後ろの当て布がないタイプ。そのため、後ろから見ると紐がT字に見える。ただし、広義には布面積が多めのもの(チーキーなど)まで含む。


・Cストリング……後ろが紐になっているタイプ。腰部分に布がないので、横から見るとC字(U字)に見える。中に固定用のフレームが入っており、挟むようにして装着する。


・Tフロント……腰と前の部分が紐になっているタイプ。後ろも紐になっていることが多く、その場合は前から見ても後ろから見てもT字に見える。



「別にそこは掘り下げなくていいですけど……」


 またどうでもいい知識が増えてしまった。


「私は大淫魔だもの。他のものならともかく、パンツだったら見間違えない自信があるわ」


「理由は最低ですが、確かにそうでしょうね」


 これだけ下着に詳しいのである。彼女が紐パンだと言うなら、それは間違いなく紐パンなのではないか。


「それに、守護精霊がシルキーっていうのも怪しいわね」


「どういうことですか?」


「家事を司っているんだもの。簡単な鍵くらい、魔法で開けられても不思議はないでしょう?」


「あっ」


 同じく家事の精霊であるブラウニーが、開錠の魔法を得意とするという話はミユキも聞いたことがある。もしシルキーもそうだとしたら、女子生徒の部屋から下着を盗んだり、それをミユキの部屋に仕込んだりするのは簡単なことだったろう。


「言うまでもなく、動機は十分あるでしょうしね」


「…………」


 これまでにも、ダレンには武器術や風魔法の出来で挑発されたり、授業の時に近くの席に座るのを拒絶されたりしていた。それどころか、一年の頃は悪魔憑きの息子というだけでルームメイトを解消させられている。彼は筋金入りの反悪魔主義者なのだ。


 とはいえ――


 とはいえ、真犯人だと決めてかかるのはまだ早いのではないだろうか。


「でも、紐パンを持っていたからといって、盗んだものだとは限らないですよね」


「彼女のものってこと?」


「ええ」


 よく知らないが、脱いだまま部屋に忘れていったとか、何かしらの特殊なプレイだとかで、恋人の下着を持っていることもありえるのではないか。よく知らないが。


 だから、ミユキは最終的にこう結論づけるのだった。


「とりあえず、ダレン君に彼女がいるかどうか調べてみましょうか」



          ◇◇◇



「また、苔蜘蛛モッシースパイダーの危険な点はもう一つある。分かる者は?」


 毒グモの特徴について説明していたギーゼラは、そう言って生徒の顔を見回す。


 そして、今日も挙手していない生徒を指名した。


「ジェイミー・バズビー」


「た、体長が小さいことです」


「体長が小さいとどうなる?」


「事前に発見しにくく、被害を避けるのが難しくなります」


「その通りだ。だから、苔蜘蛛モッシースパイダーの毒に対しては、解毒魔法が特に重要になってくるわけだ」


 ギーゼラが頷くと、指名された生徒はホッとした顔をする。というか、クラス全体にホッとした空気が流れる。


 結局、この日は誰も怒られることなく、回復魔法の講義が済んだのだった。


「あの、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが……」


 授業後、ミユキは声をひそめて、隣の席の生徒に話しかける。


 すると、イングリットは勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「何よ? 今日の授業なんて、そんなに難しい内容じゃなかったと思うけど」


「いえ、そうではなくてですね」


「じゃあ、何よ」


 イングリットは不機嫌そうに急かしてくる。今更「やっぱり、なんでもないです」とは言えそうにない。


 だから、ミユキは意を決して尋ねる。


「ダレン君に彼女がいるって話聞いたことあります?」


 これに対するイングリットの答えは簡潔だった。


「知らないわよ、そんなこと」


 ということは、ダレンは誰とも付き合っていないのだろうか。それとも、ただ単にイングリットが知らないだけなのか。


 それを確かめるべく、リリスはさらに質問を重ねた。


「じゃあ、女子の間ではどう? 人気あったりしない?」


「そんなことないと思うわよ。ムダに態度がでかいから」


「成績は結構いいみたいだけど」


「あの程度なら、もっと上がいくらでもいるでしょ」


「でも、彼貴族なんでしょう? お金持ちなのはやっぱりステータスなんじゃない?」


「それだって、他に上がいるわよ」


「そういう言い方するってことは、イングリットちゃん的にもナシなの?」


「ナシよ、ナシ。当たり前でしょ。あんな口だけのやつ」


「なら、どういう子がタイプなの? それとも、もう好きな子いたりする?」


「そんなこと聞かれてもね。私、色恋沙汰には興味ないから」


「えー、本当にぃ? 誰にも言わないから教えてよぉ」


「別に恥ずかしがってるわけじゃないわよ」


 なんか脱線しているような……


 しかし、ミユキがそうツッコむまでもなく、イングリットが話を戻していた。


「ていうか、何でそんなこと聞くのよ? ダレンと何かあったの?」


 これに二人は顔を見合わせる。


「イングリットちゃんなら、話しても大丈夫じゃない?」


「そうですね」


 これまでの学校生活で、ダレンと親しくしている様子は特に見られなかった。また、学園裁判では、真実を証言する正義感の強さを見せていた。打ち明けたところで、この件をダレンに密告するような真似はおそらくしないだろう。


「実はですね――」


 話の詳細を聞いたイングリットは、驚きのあまり叫んでいた。


「この学校にそんなエグいパンツをはいてる女子が!?」


「どこに喰いついてるんですか」



          ◇◇◇



 東洋史の授業後のことである。


「おい、さっさと行くぞ」


「は、はい、ただ今」


 筆記用具の片付けを命じられていたシルキーは、その上ダレンに次の教室への移動を急かされてしまった。


 シルキーという名前の由来は、「彼女が人知れず家事を手伝ってくれる時には、着ている絹製の服のこすれる音がする」という伝承にあると言われている。その伝承のように、シルキーは衣擦れの音をさせながら、ダレンのあとを慌てて追いかけていく。


 そして、そのあとを、さらにミユキとリリスが追いかけるのだった。


 詳しい事情を説明したものの、結局イングリットから有力な情報は得られなかった。かといって、他に話を聞けそうな女子の知り合いもいない。


 そこで二人はダレンを尾行して、彼女がいるかどうか観察することにしたのだった。


 特にリリスは早速気づいたことがあったようだ。


「よく考えたら、シルキーのものってパターンもあったわね」


「そういえばそうですね」


「ああいう大人しそうな子がエロい下着をつけてると、ギャップで興奮するわよね」


「よく考え過ぎです」


 柱の陰に隠れながら、二人はそんな話をする。


 自分たちのことを、さらに後ろから追いかけてくるような人間がいることなど想像もしていなかった。


「お前ら、何コソコソしてんだ?」


「!」


 ミユキはかろうじて声を抑えながら驚く。


 不幸中の幸いで、自分たちの尾行に気づいたのはグラントだった。


「これは、その、ダレン君に彼女がいるかどうか知りたくて……」


 ダレンの――というか貴族の名前を出すと、グラントは露骨に不愉快そうな顔をした。


「チャールトンに? そんなこと確かめてどうすんだよ?」


「それは……」


「お前、まさかそっちの趣味があったのか?」


「なんでそうなるんですか」


 早合点にもほどがあるだろう。


 それで誤解をとく意味でも、グラントには事情を明かすことにした。貴族嫌いの彼なら、ダレンに味方することはないだろう。


「――というわけなんですが、何か知りませんか?」


「聞いたことねえな」


 そもそも興味すらないとばかりにグラントは首を振る。


「ただ、お貴族様には派閥や立場があるから、おおっぴらにできないだけって可能性もある」


「なるほど……」


 たとえば、相手が平民だとか、敵対する貴族だとか、そういう事情から周りに関係を隠しているということは確かに考えられるだろう。


 しかし、もしそうなら、尾行してもなかなか尻尾を出さないかもしれない。


 そう悩み始めたミユキに、グラントは手っ取り早い方法を提案する。


「いっそ本人の部屋を調べてみるか。真犯人ならまだ隠し持ってるかもしれねえし」


「それはそうですけど、でもどうやって中に入るんですか?」


 不思議がると、グラントは右手を見せてくる。


「俺に任せとけって」


 先程まで指輪としてはめられていたオグンは、手の中で鍵の形に変わっていた。

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