希望の創作
被検体925番が引き起こした被害は甚大だった。
A国、その隣国であるB国を壊滅させ、討伐に派遣された兵士達を皆殺しにし、戦車5両を破壊した。戦艦を沈め、死傷者は6万人を超えた。
もはや災害。各国にとって無視できない存在であることに間違いはない。被検体925番はその風貌から、"影"と名づけられていた。
各国の首脳達は至急集まり、影への対策会議を開いた。その結果、自分達の国の研究者を2人ずつ選出し、影へ対抗する方法を模索させるということが決定した。時間はまだある。諦めるには早かった。
赤坂颯太は焦っていた。
「くそっ」
そう呟き、拳を握りしめる。影対策チームの一員として日本から派遣されたのだが、全くもって良い案が思い浮かばない。諦めず、もう一度思考に老ける。
影の体長は2メートル半ほど、ライフルで射撃しても致命傷は与えられない。その回復速度のせいだ。
だが痛みはあるようだ。影も射撃されると怯むからだ。
毒はどうだ?
だめだ。すぐに回復されてしまう。まずまずどうやって毒を吸わせるというんだ。
ミサイルはアメリカのチームが既に試したあとだ。1分間程動かなくなり、体を一回り大きくして、また動き始めた。
死に近付くほど強くなる。中途半端じゃだめだ。即死だ。となると......だめだ。思いつかない。
黒椅子から立ち上がり、日本から派遣されたもう1人の研究員、早峰翼に声をかけ、外に出る。早峰は中学生からの付き合いで、共に研究者を志した親友だ。
研究室を出て、静かな廊下をゆっくりと散歩する。4分程見回って、ふとタバコが吸いたくなってきた。近くにあった扉から外に出る。太陽の光が目に突き刺さる。
「っつ......眩しーな」
そう声が漏れる。
今は12月だ。肌寒いが、暖房のよく効いた部屋にまる1日こもりきっていたので逆に寒さが心地いい。
冬というのは素晴らしい季節だ。鍋もみかんも美味いし、暑がりな俺にはぴったりだ。恋人もいないのでクリスマスを気にすることも無い。
本当に素晴らしい。因みに恋人が欲しくないとはいってない。俺はいつでも募集中だ。
内胸のポケットに入っているタバコを取り出し、火をつける。嗅ぎなれた匂いが辺りに漂い、俺を誘う。1口でそのタバコのうまみを全て吸い取るかのように全神経を集中させる。
そうして、目を瞑る。
タバコは俺にとって集中力を上げ、思考を加速させる為のツールに過ぎない......と自分では思っている。頭の中が真っ白になり、必要な情報だけが浮かび上がってくる。
............どうすればいい?
少しずつではあるが形が見えてきている気がしている。
研ぎ澄まされた俺のフィールド。
静かな世界に漂う膨大な量の情報。
「お父さん!仮面ライダーのおもちゃ買ってくれてありがとう!」
誰にも邪魔されることの無いその空間。
なのに.......その言葉はやけに鮮明に俺の耳に吸い込まれていった。
崩れ去る思考の世界。目に映るのは男の子を連れた優しそうな父親。
崩れ去ったその先にある答え。親子連れなどではなく、俺は確実にその答えを見据える。
(仮面ライダーだ)
そう思った。仮面ライダーとは、ただの人間がベルトを使って変身し、正義のヒーローになって世界を守る物語だ。
手に持つタバコの2口目を吸い込む。煙が体の先まで行き渡る感覚に身を任せ、その場に座り込む。
真っ白なその空間に仮面ライダーという単語を持ち込む。
「人間じゃだめだ」
人間の体では動きに制限があるし、体力にも限界がある。腕や足がちぎられたら再生もしない。戦うということに関して人の体は弱すぎる。
ということは、戦闘アンドロイドが好ましい。
つまり、遠隔操作か!
いや、あの速さにどうついて行く?それこそ不可能だ。となると......
人工知能だ。
人工知能のある人型のロボット。それならば銃器を装備させることも簡単だ。戦闘時にも相手の行動を計算して動ける。
それに、彼が今まで人生をかけてきた研究が役に立ちそうだ。
アンドロイドの形を想像する。その設計図を確かに頭に入れ、また白い世界を崩壊させる。
興奮していた。早速 、アンドロイドの制作に取り掛からなければ。そう思い、まだ2口しか吸っていないタバコを捨てた。
ノックされることも無く、研究室のドアが開いた。中学生の時からの親友である赤坂颯太が入ってくる。
歩幅と目つき、肩の揺れ具合。他の人間から見ればいつもと変わらない冷静な佇まいだが、付き合いの長さに合わせて、自分の得意とする観察を加えれば簡単にわかる。
明らかに興奮している。
それに、少しタバコの香りがする。考えて来たのだろう。何か思いついたに違いない。彼は天才だ。いつでも。どんな時であっても。
しかも彼はただの天才では無い。努力する天才。
僕は颯太を尊敬している。
「思いついたのか?」
「ああ、細部に至るまでな」
やはりか 。それなら僕は手伝うだけだ。
「始めるぞ」
そう声を掛けられ、僕は拳を握りしめた。
簡単に言うと、それは人智を超えた"物"だった。
対影専用人型戦闘機構"神風"
戦闘と分析に最大限まで特化した自律兵器。
僕にとって金属とは何か?
鉄や銅、チタンや鉛、金や銀などがそれに該当するだろう。それぞれ融点と言うものが存在し、溶かして型に流し込み、冷やす。熱して柔らかくしてから叩き、冷やす。このようにして加工が行われてきた。
その認識を完全に変えた。いや、変えたのではないのかもしれない。それしか頭に浮かばなくなったと言えばいいのか。それほどの衝撃だったんだ。
颯太の考えた兵器は自らを改造、創造することのできる人類未踏のアンドロイドだった。
まず、金属に触れて、電気を流す。そうして、抵抗や金属内の不純物の位置、原子構造を把握する。
これを3回程繰り返し、完璧に分析、鑑定、計算を行い、内部に3種類の電気を流す。1つは引き合う電気。もう1つは反発する電気。最後にそれらの機能を打ち消す電気。
それら3種類を計算した通りに配置し、3種類目の機能打ち消す電気を自らの体に戻す。
抑えられていた2種類の電気が金属内部で引き合い、反発しあい、その動きで狙い通りの場所にエネルギーを生んでいく。そのエネルギーをまた電気によって操作し、その動きでまたエネルギーを生み、操作されたエネルギーは少しずつ金属を変形させていく。
これが大雑把な説明だ。
凄すぎる。なぜこれを実行しようと思える?
仕組み自体は理解できる。人間でも機械を使い、10年間以上かければなんとかできるかもしれない。なぜしないのか?効率が悪いからだ。従来のやり方の方が合理的だからだ。
だが颯太は作りあげた。いや、創りあげた。
今まで述べた工程を颯太の作ったアンドロイドは僅か1秒で行う。
小型のナイフぐらいであれば、鉄板から変形させるのに10秒掛かるか掛からないかという時間で創ることができる。
一体どれほどの演算スピードか。おおよそ人類では到達しよう考えることもおこがましいスピードだ。創ってしまったんだ。
そんなスーパーコンピューターを。
しかし、問題はまだあった。自律させることがどうしてもできないということだ。これでは自身の持つ素晴らしい計算能力と高速の予測演算がなんの役にも立たない。
やはり......無理なのか。僕はだらんと手を下げ、ある用事の為に颯太を残して研究室をあとにした。
「行ったか」
俺はそう呟いた。誰もいない静かな部屋だからかやけに響く。本当に疲れた顔をしていた。何も思いつけない自分を悔やんでいるんだろう。いや、あいつも天才だ。俺と変わらないくらい。下手したらもっとだ。
思いついている筈だ。ひとつだけ、死の危険がある案が。もう時間もない、俺が実行しようと思う。
翼は妻もいるし、今年6歳になる娘もいる。
もし翼が死んでみろ。どう責任とれってんだよ。
その点俺は最強だ。俺が死んで悲しむやつなんて翼と研究室の仲間2、3人くらいだろう。
母親も既に他界しているし、父親は俺が研究者の道に進んだのが気に入らなかったらしく、俺を家から追い出した男だ。悲しむなんてありえない。
アンドロイドの電源を入れ、データチップを胸の箱に差し込む。このデータチップがこいつの命だ。
これが破損したら死んだも同然。膨大なデータと世界初の演算能力、特殊な金属加工技術を持った、世界中の人間が喉から手が出る程欲しいであろう俺の創った人類の宝だ。
売れば一生遊んで暮らせるだろう。そんなものに興味は無いが。
アンドロイドが電子的な声で喋りだす。今の自分に異常がないか自動でチェックし、教えてくれるのだ。
「うるせえな」
自分で設定した癖に酷い言い草だ。そう思い、俺は1人苦笑した。胸の箱にプラグを10本程接続し、それをお盆のような形をした、精密な機械に差し込む。
ずっしり重いそれは、人間の大人の頭がすっぽり入る位の大きさに造られている。
俺が昨日翼を寝かせ、徹夜でこっそり作った機械だ。
自分の脳に少し負担がかかる位の電波をかけ、それをアンドロイドの調整用に作った遠隔操作機能で、アンドロイドを操作し、分析させる。
そうすることで、戦い型や、金属の形の変え方を教え込むことができる。
ずっしり重い脳波装置を持つ手に汗が滲む。
死んでしまう可能性があるからだ。少しでも脳波が脳の限界値を超えてしまったらもう終わりだ。
怖いよ。逃げ出したいよ。
「死んでもいい」と「死ぬのが怖くない」は全く別だ。ほら、自殺と同じさ。
1度装置を置き、トイレに行くことにした。緊張からか、お腹が痛い。
それともさっき食べたバームクーヘンが当たったか?
まだジョークを飛ばす余地のある自分を確認し、いけるいけると自己暗示をかけながらトイレへ向かった。
「忘れ物忘れ物」
僕はそう言いながら研究室のドアを開けた。財布を置いていってしまったのだ。
これでは颯太への日頃の感謝という名目で予約していたサプライズプレゼントが買えないじゃないか。
研究室の中に入ると、アンドロイドの声がした。正確には対影専用人型戦闘機構"神風"と言うのだが、長いから僕達はアンドロイドと呼んでいる。
神風でいいじゃんって?なんか厨二病みたいじゃないか。僕はそんなに好きな名前じゃないんだ。
電子音が流れてくる。
颯太は少し音量を上げすぎだ。耳に響く。
「機体は正常です」
そう聞こえ、うるさい電子音が止まった。机の上に置いてあるお盆のような機械が目に止まる。
颯太が昨日、徹夜で作っていた機械じゃないか。寝たフリをして、ずっと作っている工程を見ていた僕にはわかる。
これが何をする機械か。
どう操作するか。
そして......颯太が何をしようとしているのか。
思えば颯太ばかりに負担をかけてきた。いつも颯太は疲れた顔をしていた。自分にできることぐらいはしたいものだ。
プレゼントを買いに行く予定だった店に電話をかけ、ネットで会計を済ませる。研究室のある建物へ配達を頼み、研究室のドアの鍵を内側からかける。
ずっしりと重い精密機械を頭に被せ、脳波を送る。
頭に小さな痛みを感じるが、気にせずに進めていった。
3分程したところで少しずつ痛みが増していることに気がついた。
そろそろやめておこう。そう思い、機械に手をかけた。
いきなり視界がぐらつく。
見えている景色の色が変わっていく。
体が上手く動かない。
頭が割れるように痛い。
死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
"死"という文字が頭を埋め尽くす。
ドアを叩く音が外から聞こえてくる。颯太が帰ってきたのか。
元気に生きろよ。
最後にもう一度でいいから家族に会いたかった。
かっこいい父さんとして、娘を守ってやりたかった。
ドアが壊れる音が聞こえ、颯太が走りよってくる。
「死ぬな!」
ごめん颯太。もう俺......眠たいよ。