プロローグ
緋い。その戦場は緋すぎる。
手に握るアサルトライフルにもう弾は残っていない。服はところどころ破れ、味方の兵士の血で赤く染まっている。
右胸のポケットに入っている通信機からは撤退の指示が出ている。
「無理だ」
誰に聞こえる訳でもないがそう小さく呟いた。
そう、無理なのだ。既に俺の右足はなくなっている。歩くこともままならない状況であの"黒い影"から逃げるなど。
俺の目に映るのは黒い影としか形容できない怪物だった。身長は2メートル半程で、体は黒く、強靱な肉体に赤い目が光る。その周りにはかつて味方だった兵士たちの肉片が散らばっている。
総勢200人近い人数だ。それも素人ではない。皆、ライフルを持ち、厳しい訓練を耐え抜いてきた一介の兵士たちだ。全員殺られた。あいつ1人に。
「せめて敵と戦って死にたかったぜ」
兵士は腰にさした刃渡り10センチ程のナイフを手に取り、向かって来る黒い影を見据える。
せめて一撃。そう思った。
黒い影が地面を蹴り、飛びかかってくる。俺の肩に巨大な黒い手がかかった。
ナイフを逆手で持ち、黒い影の首筋に突き刺す。急所を一撃。人間だったなら確実に仕留めている。
人間だったなら。
どす黒い血が黒い影の首筋から流れる。
巨大な手が俺の首を掴む。そこから意識が途切れた。
黒い影は最後の1人の首を絞め殺すと、地面に放り投げる。自らの首筋に刺さったナイフを抜く。黒い血が吹き出し、先程殺した兵士の死体にその血がかかった。
黒い影の傷跡はすぐに回復し、まるで何事も無かったかのように人間の匂いのする方へ向かう。
「殺してやる」
聞き取れない程小さな声で影はそう呟いた。