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第一章 運命の二人(後編)

いよいよ重要人物達が登場。

第一章 運命の二人 後編



 この頃、“印度国” 即ちガンジス河流域の北東インドは小国乱立の時代を迎えていた。


 シャカ族の国、カピラ国はその中でも北に位置し、背に天の山ヒマラヤ山脈を頂く小国だった。軍事的にも経済的にも隣接するマガダ、コーサラ両国の比ではなく、かしずくことにより平安を保つ弱国だ。

 

 だが、シッダールタが正式に軍を率いるようになった一年前から、様相は一変した。


 早くから西国との貿易等を行い、その蓄えた財で武器、武人を大量に集め、シッダールタの指揮の元、印度国の地図を塗り変えんとしていた。


「カピラ国の若造め、たかだか河向こう一つ手に入れたからといって、いい気になるんじゃない」


 マガダ国もコ-サラ国も、小国と侮っていたカピラ国を、今や手強い敵国として受け止めざるを得なかった。


 シッダールタは生い立ちより偉大な王となると予言されてきた。その類稀なるカリスマ性と卓越した才能から、およそ少年とは思えない恐るべき指導者として他国に脅威を与えていた。



 印度国の乱戦はまだ始まったばかりである。




「王子、次なる作戦はどうなさるおつもりで」


 カピラ城よりはるか南、軍の駐屯するこの村で、カピラ軍幹部たちが軍議を開いていた。 


 総大将であるシッダールタは、豊かな黒髪をそのまま、がっしりとした肩にたゆたさせている。その長身と太い腕は強さをイメージさせたが、聖人のように美しい顔立ちは、まだ十六才の少年そのものだった。


「うむ。そろそろコーサラ国の城を一つ落としてやらねばな。ナダ隊長!」

「はっ!」

「どうだ。この城、攻められるか?」


 地図の一点を指し、シッダールタが尋ねた。


「お任せ下さい。すぐにも落として見せます」

 指された城を一瞥し、ナダは即答した。


「すごい自信だな。私がハッタリを好かんのは知っているだろう」

 シッダールタは杯に注がれた酒をぐっと飲んだ。


「いえ。恐れながらハッタリではございません。明朝にはここを出立いたします。朗報をお待ち下さい」


 シッダールタは怪訝そうにナダの顔を見たが、やがて深く頷くと、退席を命じた。


「ナダの奴、あの自信はいったいどういう事だ?」

 シッダールタの呟きに側近のモッガラーヤが答えた。常に気配を消している影のような男だ。


「何でも最近、めっぽう腕のたつ兵を手に入れたとか。それはまるで軍神のような使い手と噂されています」

「軍神? ふうん。会ってみたいものだな」


 シッダールタはその軍神という言葉が持つ神秘的な響きに心惹かれる思いがした。


「ナダ隊のその軍神。戦いぶりをしかと見届けよ」

「はっ!」


 モッガラーヤは足音もたてずその場を立ち去った。




「阿修羅、城攻めは初めてだろう。自信はあるか」


 ナダ隊長の隊はコーサラ国の砦、西の城近くの森にいた。ナダの指し示す地図に阿修羅は眉一つ動かさずに言った。


「夜陰に紛れて私が行こう。夜明けとともに攻め込むがいい」

「できるのか?」


 阿修羅はナダの不安げな言葉を軽く受け流してこう続けた。


「難しい話ではない。だが十人ほど兵をくれ。腕のたつ、なるべく身軽なやつがいい」

「わかった。そういうのにうって付けの奴がいる。リュージュ!」


「はっ!」


 背後に控えていた兵士のなか、長い黒髪を束ねた若い男がぴくりと動いた。ナダが最も信頼する兵士の一人、リュージュだった。


「阿修羅とともに行け!」




 深夜、阿修羅達十人の兵士は城へと向かった。


「音をたてるな。一人一人片づけていく。見張りの数はそう多くもない。この時間は最もやつらにとって辛い時間帯だ。夜明けまでに見張りは全員片づける」


 兵達は黙って頷いた。城壁になわを架け、するすると上っていく。


「だれ、うっ!」

 星も瞬かない真っ暗な夜だった。


「火は消すな、気付かれる」


 十人の兵士達は次々と見張りを片付けていく。中でもリュージュはさすがにナダが推すだけあって、隙のない一流の戦士だった。

 

 このナダ隊随一腕のたつ男はまた、最も都の女共にその名を知られた色男でもあった。そのどちらも今や阿修羅にはかなわなくなっているが。


 彼らの忠実な仕事のお蔭で予想以上に事は上手く運んでいた。


 そして、夜はその闇を取り払い、次第に天に地に色を取り戻していった。




「行くぞ!」


 ナダ隊長の合図とともに、カピラ国の兵士達が一斉に城へと攻め進んだ。城の門はすでに阿修羅の手に落ち、ナダ隊長の旗が翻ると同時に開け放たれた。

 驚いたのはコーサラの兵士達である。易々と門を破られ、突然の猛攻である。皆、鎧を付ける暇もなく逃げ惑っている。


「行けえ! 一気に攻め落とせ!」

 

「阿修羅! 白龍だ!」

「よし!」


 白龍に飛び乗る阿修羅。昨夜何十人ものコ-サラ兵を殺めた背中の剣を抜き、城内へと切り込んでいった。


 白馬の向かうところ敵なく、次々と名のある武将達は阿修羅の刃のもと斬り落とされていった。


「私はこの城をコーサラ国王より預かるダイカ。貴様は誰だ!」


 勇ましい鎧を付けた敵の隊長が毛艶の美しい馬に乗り、阿修羅の前に立ちはだかった。


「私の名は阿修羅。覚えなくていい。お前はすぐにあの世に行くからな」 

「ほざくな!」


 敵隊長ダイカと阿修羅の一騎討ちが始まった。剣のぶつかり合う音が大気を震わせる。みな敵と対峙しながら、その凄まじい二人の闘いに目を離せなかった。


「阿修羅!」

 ナダが馬を操り阿修羅に駆け寄った。


「邪魔するな。こいつの首は私が取る!」

「何を! ふざけるなぁ!」

 顔を真っ赤にしたダイカは阿修羅に体ごとぶつけて剣を振り下ろした。


 ――愚かな。力任せなど――


 次の瞬間、阿修羅はダイカの視界から消えた。


「何!?」

 阿修羅の影が頭の上を越えると同時に、冷たい物が首の背を触った。それが彼の最後の思考だった。


「やった! 阿修羅!」


 阿修羅はダイカの馬の背に立ち、首のない死体を蹴り落とした。


「さあ! コーサラの兵どもよ、直ちに武器を捨てよ! 我が旗に降れ! 勝負は既に決した!」


 阿修羅は馬上で剣を高く突き振るい、大声で言い放った。


 そのあまりの恐ろしさは逆に神々しくさえあり、コーサラの兵士達は次から次へと武器をほうり投げ、ひざを折って地にうつ伏した。 


「阿修羅! ご苦労だったな」

「ナダ隊長、これはおまえの手柄だ。たった今この城はお前の物となった」


 阿修羅は興奮で上気するナダ隊長にそう言うと、くうっと背伸びをした。


「ところで私はひとまず眠りたい。部屋を一つ貸してくれないか」

「どこでも好きな所で眠るがいい。だが、宴には顔を出せよ」


 一戦を終え、その充実感にきらきらと輝く瞳だけで笑うと、阿修羅は城内へと入っていく。その後ろでカピラ国の兵士達が勝利の声を高らかに上げていた。




「城を奪ったか」

「はい」

 

西の城での戦いを見届けたモッガラーヤはその一部始終をシッダールタに報告した。


「阿修羅殿は、まさに超人的な技量で敵を粉砕しておりました。まるで六本の腕と六つの目を持つかのごとく」

「六本の腕……、それはまた凄まじいものだな」


「はい。阿修羅殿にはスキというものが全くありません。その剣技もどこから繰り出されるのか見えない程です」


「うむ、まさに修羅の王か……」

 シッダールタはモッガラーヤの言葉から、一層深く阿修羅に興味を持った。


「足を運ぶとするか。西の城へ」




つづく


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