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第十六章 再会(後編)

阿修羅、飛ぶ!

第十六章 再会(後編)




 阿修羅はヤーセナの住む山あいの村、コーサンビに向かって白龍を走らせていた。急ぐ旅だ。


 阿修羅の脳裏に泣きながら走ったあの日の事がよぎる。今とは全く違う心持ち。


 ――不思議なものだ。あの時はこんな日が来るとは思ってもみなかった――


 この道を再びたどることにしたのは、シッダールタに使っていた鉱石が残り少なくなったからだ。もう必要ないかもしれないが、今後のためにも補充したかった。世話になった盗賊たちへのお礼代わりにもなる。


 何よりもシャリーンが亡くなってから放置したままだったことも気になっていた。


 シッダールタはシャリーンのことを聞いて、同行を申し出た。だが、コーサンビの村までは馬で二晩かかる。さすがに無理だ。


「しかし……」


 わかっていても、離れがたい気持ちもある。ようやく会えた二人なのだ。


「我儘言うな。もう自分のことは自分でできるだろう。私の仲間に迷惑かけるなよ」


 阿修羅は努めて明るく言った。万が一にもダイバダの兵がここにやってくるとは思わなかったが、念には念を入れたほうがいい。


 いつかここを二人で出ていくとしても、あの鉱石や他にも薬があるなら手に入れておきたい。それには早い方がいいと阿修羅は思っていた。



「ぶるるる!」

 あと一時(いっとき)ほどで村に着く時分、突然白龍がその歩みを止めた。


「どうした? 白龍、疲れたのか?」

 白龍の首を撫ぜる。


 ――はっ!――


 阿修羅は白龍を今度は留め、周りを静かに見回した。


「何の用だ。私は急いでいる」


 険しい山道の岩陰から、複数の兵士たちが姿を現した。歩兵ではあったが、鎧も美しく、みなその手に立派な剣や槍を携えている。


「久しぶりに見るな。天の山の印か。貴様ら、ダイバダの手の者か」


 ――なぜここに? 一体何が起こっているのだ――

 阿修羅は嫌な予感を覚える。


 十人ほどだろうか。武装した兵士たちは阿修羅を取り囲んだ。みな一触即発の体だ。


「おまえは阿修羅だな?」


 隊長とおぼしき兵士が問うた。顔を一見するが見覚えはない。だが、向こうはもちろん阿修羅の顔を知っているだろう。毛艶美しい白馬白龍のことも。


 阿修羅は白龍の耳元で囁く。


「白龍、おまえは先に行け。わかっているだろう?」


 白龍が短く嘶くと、阿修羅はすっと右手を馬の背につき、宙を舞うかのように地上に降りた。


 途端、白馬は敵兵を蹴散らし走り抜けていく。


「カピラ国を陥れた極悪人、阿修羅! 覚悟しろ!」


 狭く切り立った山道。動きは著しく制限されるが、阿修羅にとってはさほど障害ではない。むしろ久しぶりの戦闘に血が沸き立ってくる。


「極悪人か……。落ちたもんだな」


 そう呟くと、阿修羅は斬りかかってくる兵士の刃をするりとかわし、足で思い切り蹴飛ばす。


「ギャッ!」


 背中の剣を抜くのが早いか、取り囲む兵士がそれと感じる間もなく一刀のもとに斬り捨てる。山肌や岩を飛び、時には斬り殺した兵士の肩を踏み台にまさに一陣の風のごとく。兵士たちは自分の目の前で剣が光るのを見たときには絶命していた。


「うわ! うわ!」


 腰が引けて阿修羅に向かっていなかった兵士はただただ恐れおののくばかり。味方の兵士が何もできぬままに倒されていくのを見ているしかなかった。


「こんな狭い所では、人数が多いことなど何の益にもならんわ!」


 阿修羅は刃を突き付けあうことすらなく、一方的に粉砕していった。腰の抜けた兵士にも容赦はしない。


 最後に残った隊長と思しき兵士も既に戦闘不能。阿修羅はその男の喉に刃を突き付けていった。


「どうしてここにいる。答えなければその首を落とす」


 ダイバダの親衛隊、その一部隊の隊長だろう。腕も大したこともなければ忠心もさほどない。


「ここへは、王の命令で来ただけだ。まさかおまえに会うとは思いもよらなかった」

「ふん。で、その王の命令とは。まさか山登りをしろと言われたわけでもあるまい」


 阿修羅は兵士の傷口をぐいぐいと踏む。


「う、うぎゃ、や、やめろ。花だ。花を取りに来たんだ! この地方に咲く青い花!」


 ――青い花!――


「そ、そしたら、面白いことがわかった。ここがおまえの故郷だったと……」

 兵士は最後まで口にすることはできなかった。


「故郷じゃない!」


 阿修羅は言うが早いか、電光石火の剣でその男の息の根を止めた。


 ――まずい! 村が!――


 阿修羅は親衛隊たちが繋いでいた馬を見つけると、急ぎ村へと駆けていった。





「おい、この馬は白龍じゃないか!?」


 長い髪を後ろでに結んだ見目麗しい戦士が、つい今しがた村に走り着いた白馬に近寄って叫んだ。


「ほら、俺が寄っても逃げない。あ、こら、よせ」

 逃げないどころか、白馬はその戦士に鼻づらを寄せてきた。


 大柄な男が白馬の側まで来て、その姿を見上げる。


「確かにそうだ。では阿修羅はやはりここにいるのか?」

「おい、白龍、おまえのご主人はどこにいるんだ?」


 山あいの村には、いつものひっそりとした田舎らしからぬ景色が広がっていた。たくさんの兵士と死体。焼け落ちた家屋にまだくすぶり続けて上がる炎と煙。


「ありがとうございました」

 勝者である戦士に村人の一人が礼を言った。


「いや、もう少し早く来れば良かったのだが。巻き込んですまなかったな」

 大柄な男の方がそう答えた。


「私はナダというものだ。おぬしはこの白馬を知っておるか?」

 村人はその馬を見るなり、声を上げた。


「これは、阿修羅の!?」


 ナダとリュージュは顔を見合わせた。村人の名前はヤーセナと言った。





 阿修羅は焦っていた。青い花を取るだけならまだしも、あの村にあいつらは寄ったのか?

一体なんのために。ヤーセナたちは無事なのか?


 道が開けてくると、白い煙が立ち上る村が見えてきた。


「ヤーセナ!」


 叫ぶと同時に阿修羅は馬を飛び降りる。そしてそこに思いもかけない光景が、阿修羅の目に飛び込んできたのだった。


「阿修羅!」


 白龍とともにいたその長髪の男を捉えたとき、阿修羅は夢を見ているのかと思った。


 ――まさか!――


「リュージュ!」


 二人はがっちりと抱き合った。


「もう一度おまえに会えるなんて!」

 リュージュは今にも泣きだしそうだ。


「俺もいるぜ!」

「ナダ!」


 阿修羅はナダにも抱きつく。こんな作法はカピラにいたときは一切なかったことなのだが。


 ひとしきり再会を喜んだが、そんな場合ではない。阿修羅は二人に事情を聞きたかったが、ヤーセナの話の方が先だ。


「王の親衛隊はこの村に来たのか?」


 ヤーセナは打ち落とされた薬の入れ物を片付けながらこう言った。


「いや。あいつらは青の花を取りに来たんだよ。この村の奥に咲く毒花をな」


 そう、それはいつかマガダが阿修羅に射った猛毒の花だ。


「ところがその途中で、ここにおまえが立ち寄ったことを聞きつけたようだった。阿修羅はどこにいるかと、村人を拷問しだした。家を焼いたり、畑をメチャクチャにしたり。もう少しで死人が出るところだった」


 ――なんてことだ。私のために……――


 この村は阿修羅の故郷ではない。だが母が死ぬまで身を寄せた恩ある場所だ。


「で、そん時俺たちが颯爽と登場して、不逞の輩を一網打尽にしたってわけだよ! ま、大半殺しちゃったけどな」


 リュージュが得意げに言う。


 ダイバダ王の元、阿修羅が危惧した通り、ナダ達は消耗品として扱われていた。リュージュとともに少ないながらも同志を集め、元先鋒隊の生き残りは地下に潜った。


 なんとかダイバダの命を消さんと画策していたところ、親衛隊のおかしな動きを察知した。折しも息を吹き返したコーサラ軍が今にもカピラを落とそうと迫ってきた矢先だ。これは何かあると追ってきたらしい。


「ちょっと待て。おまえたち、一網打尽にしたと言ったな」


 阿修羅は椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。


「私はこの先でその親衛隊と相対した。全滅はさせたが……」


 えっ、とナダとリュージュが同時に息を飲みこんだ。他にも親衛隊がいたのか?


「あ!」


 ヤーセナが叫んだ。


 「阿修羅、急いで盗賊仲間の所へ戻るんだ。おまえの居場所が漏れたかもしれない」


 ――!――


 三人は同時に扉を飛び出した。それぞれの馬に無言で駆け寄る。


 阿修羅は白龍に飛び乗ると手綱をくっと握った。


「私は隠れ家まで休まず走る。付いてこれなければ置いていく!」


 そう言うと、阿修羅は疾走した。白龍は疲れも知らず、阿修羅を乗せて矢のごとく駆ける。


「俺を誰だと思ってるんだ!」


 リュージュも負けじと馬に鞭を入れた。





つづく




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] たまりませんね、この疾走感! 本当に見事です!
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