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第十六章 再会(前編)

リュージュ再び!

第十三章 再会(前編)




 誰かが咳をしている。自分の肩に誰かが触れている。


「!」


 阿修羅は跳び起きた。肩に触れていた手は驚いたように滑り落ちた。


「シ、シッダールタ」


 目の前に、半身を起こしたシッダールタの笑顔があった。


「阿修羅。心配かけたな」

「あ、ああ!」


 阿修羅は思わずシッダールタに飛びついた。


「夢、夢じゃないな! シッダールタ!」

「く、苦しいよ……」


 阿修羅に抱きつかれ、嬉しい気持ちもあったが、今のシッダールタにはそれを受けとめる力はなかった。慌てて手を放す阿修羅。


「あ、すまん! そうだ、ほらこの水を飲め!」


 阿修羅は例の鉱石入りの水を飲ませた。


「少し味がする水だな。うまい」


 阿修羅はシッダールタの額を触る。まだ少し熱はあるが、大分下がっているようだ。


「良かった。良かった……」

 阿修羅は涙が後から後から流れてどうしようもなかった。


「すまなかったな」


 いや、いいんだと言う代わりに、阿修羅は二度三度、頭を横に振った。


「シッダールタ、言いたいことは山ほどあるが、今は体力を戻すことが第一だ。腹は空いているか?」


 何か言いたそうなそぶりをしたが、シッダールタもまだ長く話をする体力はなかった。


「そうだな。何か食べたいような気がする」





 夜になって盗賊たちが戻ってきた。最近はインド国近くでは全く獲物がない。内乱で商売どころではないのだ。仕方なく西国近くまで出かけている。そのルートも阿修羅が彼らに授けたものだった。


「そうですか。良かった」


 シッダールタの目覚めに我楽も喜んだ。そして商人の荷から奪った、体力増進に効くという薬草を渡してくれた。


「これを煎じて飲むといいらしいですぜ」

「ああ、これは……」


 阿修羅にも見覚えのあるものだった。幼き頃、どうしても動けなほどの高熱にうなされたとき、母が飲ませてくれたものだった。


 ――貴重なものだったんだ――


「それと、阿修羅王、少し気になることが……」

「ん、なんだ?」


「コーサラ国王のヴィルーダガが生きていたそうです」



 


 阿修羅は我楽にもらった薬草を煎じ、早速シッダールタに飲ませた。


 ――アシタはこう言った。全てを受け入れよ。シッダールタが息を吹き返した。そしてインドでの不穏な動き。私は近いうちに死ぬのかもな。それは構わない。だが、あいつには生きてもらわないと。さて、どうしたものか――


 阿修羅は夢の中の出来事を全て信じていたわけではない。だが、二人で一つという言葉が妙に納得いった。同時に二人が生きられないのであれば、一つになるしかない。

 

 阿修羅はアシタが夢の中で言ったことを一つ一つ思い出していた。いつか会った、未来のシッダールタ、仏陀の言葉も。





「ナダ隊長! ご無沙汰しております!」


 ここが戦場でなかったら、懐かしい人に再会した喜びを祝えただろう。


「リュージュ、元気そうだな。あ、俺はもう隊長じゃないぞ。上官ですらないからな」


 ナダは迫りくる敵を大ナタで吹っ飛ばしながらそう言った。


「俺にとってはナダ隊長は隊長です!」


 こちらも見事な剣さばきで一挙に敵を討ちとる。


「もうずっと最前線で、楽しいったらないですよ!」

 本気か冗談か区別できない明るさでリュージュは叫ぶ。


「しかし、参ったな。コーサラの王が生きていたとはな」

「そうですね……。阿修羅はあれで甘いとこあるからなあ。あんとき皆殺しにしておけばよかった」


 「阿修羅は斬る価値もないと思ったんだろうよ。そういうヤツだ」

 大方の敵兵をなぎ倒し、二人は一息ついた。


「ここはもう良さそうだな。日も暮れた。どうだ、せっかくだから俺のテントに来ないか? 雑居房だがな」


「ありがとうございます! 是非とも」





  夜も更ける頃、二人は改めて再会を喜んだ。ラージャグリハで旧マガダ国の治世のため駐屯していた二人に、思わぬ命令が下ったのは阿修羅が去った半年後のことだった。


「貴殿たちを反乱軍の討伐隊として派遣する」


 その場所は、当時最も激しい紛争地帯の最前線だった。土着の豪族や西からの異人種が混乱に乗じて国境を侵そうとしていた。


 ナダもリュージュもその地位をはく奪され、一兵卒扱いとなり、おまけに二人は別々の隊に入れられたのだ。


 ダイバダが王位を継いだ時、遅かれ早かれ左遷されるとは思っていたが、ここまでやるとは思わなかった。二人が再会するのはそれ以来のことだ。


 そのため、旧コーサラ軍の討伐で彼らが集められたのは、かえって好都合と言えた。


「ところで、これは極秘情報なんだが」


 月の美しい夜、二人は話を誰にも聞かれないよう、大木の上にいた。リュージュは阿修羅とラージャグリハ城に忍び込んだことを思い出している。


「なんですか?」

 思い出にふけっている場合ではなかった。ナダは声を一層潜める。


「ダイバダはシッダールタ前王を探しているようだ」

「シッダールタ王子を?」


 そうか。とリュージュはすぐ合点がいく。


「捕らえてコーサラに渡すつもりですね」

 ナダは頷いた。


「コーサラ国にシッダールタ様の首と領土を返して、事なきを得るつもりだろう」

「ったく。尊敬できねー奴だな」


 リュージュは半ば呆れたようにそう言うと、

「だが、絶対に見つからないですよ。王子はもうここにはいない」


 ナダの右眉が少しあがる。


 リュージュはいつまでもシッダールタのことを王子と呼んでいる。もう王位も何もないが、慣れ親しんだ呼び名をリュージュは変えることができなかった。


「やはりな。ダイバダも尊敬できないが、シッダールタ様もシッダールタ様だよなあ。まあ、阿修羅に会って、惚れない男なんていないとは思うが」


 とナダが鼻先で笑う。


「シッダールタ様は阿修羅を追ったのだな」


「それは間違いないと……。ただ、阿修羅達の隠れ家は、砂漠の向こうにあると聞いています。ちゃんとした場所がわからない限り、辿り着くことは難しい。王子がたどり着けたかはわかりません」


「たどり着いたろうよ。シッダールタ様であれば」

「……そう思います」


 リュージュはあの最後の朝、城門で抱きしめた阿修羅のことを思い出した。鍛えられた筋肉と相反するようなしなやかな肢体。ふわりと香る髪の匂い。


 あれほどの強さを誇りながら、か細く今にも壊れてしまいそうだった。


「どうする?」

 ふいにナダが聞いてきた。


「え、何がですか?」

「俺はもう、あの男についているのはご免だ」


「ナダ隊長!」

 思わずリュージュは辺りを見回した。


「それは、そうですが……。王子はもういない。俺たちが仕えるべく人はいないんですよ」


 ナダは目をつぶり、腕を組んだ。


「野盗にでもなりますか?」

 リュージュがあながち冗談でもない口ぶりで言う。


「それもいいがな。その前に、カピラ国のためにも玉座の掃除をしてやりたい」


 これにはさすがのリュージュも驚いて声も出ない。それは世にも恐ろしい王の暗殺を意味しているのだ。


「リュージュ、俺は自分の部下が虫けらのように扱われて殺されていくのをこの目で見てきた。コーサラ、マガダと戦い抜いて、カピラ国を印度国の盟主にした戦士たちをだ。生き残っているのはおまえや俺のような悪運の強い数名だけだ」


 先鋒隊であったナダ隊は解散後、補給もままならない最前線に送られ、次々と敵の手に落ちていた。ナダの目はいつの間にか涙目になっている。


「あんな男を後継者にして、この国を捨てたシッダールタ様にも正直腹が立っている。だが、もし生きているのなら戻ってきて欲しい。そのためにも、ダイバダを殺す」


 リュージュはこの大男の涙が痛いほどわかった。誰よりも部下を思い、育て、死線をくぐってきた。


 先鋒隊はその特異な任務のため、死者も多く出た。悲しくもあったが、それが任務と知っていたし、その犠牲あっての勝利とも考えていた。


 だが、今回の戦はただの捨て駒。意味もなく死体の山に積まれていくのがナダにはたまらなく辛かった。


「シッダールタ様はダイバダに俺たちの処遇は変えないようにと約束させたそうだが、そんなものが守られると思っておいでであったか。阿修羅ともし再会できているなら、二人でまたここに戻ってこの国を立て直してほしいんだ」


 ナダは最後まで話すとしばし沈黙した。涙が止まらない。


 ――ナダ隊長……。王子は多分、戻ってこない。でも、あんたがそれを望むなら、つきあってやってもいい――


 ナダよりも色々な事情や周りが見えていたリュージュには、それが無理な相談であることが良くわかっていた。でも、ここで悔し涙を流す男の気持ちもわかり過ぎるほどわかる。


 このまま死ぬのを待つよりも、無駄とは知りつつやってみるのも一つかなと思い始めた。


「わかりました、ナダ隊長。ここには昔の仲間もいる。どうせ明日をも知れぬ命だ。俺たちの思う通りに使いましょう」

「リュージュ! まことか!」


「面白くなってきましたね」


 リュージュはふふっと笑った。あの日、あの木の上で阿修羅が笑ったように。






つづく


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