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第四章 光と影(中編)

幼き頃の誓いの日を思い出す阿修羅。

その阿修羅の元に突然の訪問者が。


第四章 光と影 (中編)



「我楽、そんなチビ連れて帰ってどうするんだ。こんなやせっぽち、盗賊には無用だぜ。恰好から察するに印度あたりから来た奴隷だろ。兵士が砂漠をうろうろしていたから厄介なんじゃないか?」


 砂漠を抜け、山岳地近くの隠れ家に向かう盗賊達。我楽は仲間の言う事も聞かず、砂漠で拾った子供を馬に乗せ隠れ家へと運んだ。


「俺は我楽だ。見ての通り、砂漠の盗賊だ。おまえ、名は何という? 歳はいくつだ」


 翌朝、ようやく目を覚ました子供に我楽は尋ねた。


「名前……名前は……ない」

「名前がない……? ははっ、何を心配している。もう、おまえを追ってくる奴はいないさ」


 その我楽の言葉にほっとしたような顔つきで、子供は答えた。


「名は本当にない。いや、覚えていない。母さんは私を名でよばなかった。歳は七つのはず」 

「ふん、おかしな母親だな。で、七つか。いくら女でもあと二つ三つ大きくならなきゃ売れないな」


「女!? 何故分かった!」

「なぜって、そりゃ……」


 体温を下げるため、少女の肢体は冷たい天の山水で濡らされた布に覆われていた。


「お願いだ、我楽! 私を男として育ててくれ! 盗賊でもなんでもやる。男と同じ事をする。今までもそうしてきたんだ」


「男として……? そうだな。おまえ、男物の服を着ていたな。どういう事だ?」

 我楽は幼い少女の服をまじまじと見て言った。


「母さんがそうさせてた。子供のころは、男の方が労力として高いから」

「命を狙われるからかもな。そうか、だから名前も……」


「わからない。母さんはそんな事何一つ教えてはくれなかった。でも、私は女は嫌いだ。いつも男に服従して、傷つけられて、虐げられて生きている。力を持たないために心にもなく媚へつらうあの姿!汚らわしいほどだ。私は力をつける。力が欲しい、力を手に入れたい。男と同じように!」


 射るような目で少女は我楽を見た。その目は何かに対して抱いている激しい憎悪と嫌悪を訴えていた。


 ――なんて目だ。これが本当に七つのガキのものか。しかし、確かに男として育てられたようだ。細いが腕にも足にも力仕事を強いられた跡がある。こいつ、どんな生き方をしてきたんだ。しかも、印度からこんな所まで逃げてくるなんて。いったいこのガキは何者なんだ……――


「そうだな。考えてやってもいいが。さっきも言ったようにおまえの追手はもう来ないだろう。砂漠でのたれ死んだとでも思っているだろうからな。それでもおまえがそう望むのなら、俺はおまえをこの砂漠一の盗賊にしてやろう。だが、途中で投げ出したら砂漠に放り出すぞ。いいな」


 小さな少女はこくんと頷いた。


 盗賊我楽に拾われた少女が “流沙の阿修羅” と呼ばれ恐れられるのに、そう時間は掛からなかった。




「マガダの強さは何といっても象軍だ。この象軍の動きを封じ込まなければ、我軍に勝ち目はない。城を取る事よりも先に、この象軍の攻略を考えなければならない」


 翌朝、昨夜練っていた策をナダ隊長達と合議している。リュージュはその言葉通り、昨夜の事を忘れたかのようにいつもと変わりなく阿修羅と接していた。


「ナダ隊長、大変です!」

「どうした、敵か?」

「いえ、そうではなくて」


 見張りの兵が、息を弾ませて会議室へと飛び込んできた。


「シッダールタ王子がご自分の兵を引き連れて、もう間もなく到着されると」

「なに?!」


 ――シッダールタ、なんて事を――


 阿修羅は腹立たしく思う反面、どこかでこの日を待っていた自分に気付いていた。



「王子、ようこそおいで下さいました」

 慌てて砦前に立ち並んだ兵士達とともにナダ隊長は王子を出迎えた。


「ナダ、そんな挨拶はいい。遊びに来たのではないからな。次の城攻略、付き合わせてもらうぞ」

その隣に仏頂面をした阿修羅が立っていた。


「阿修羅」


 久々に阿修羅の顔を目にできたシッダールタは、自然と頬が緩むのをどうする事も出来なかった。


 ――見ちゃいられないな――


 そばにいたリュージュはもちろん、ナダすらシッダールタのふぬけた面に気がついた。


 ――やれやれ……――

 阿修羅は軽く息をはくと、わざとらしく膝をついた。


「遠いところをわざわざおいで下さり、光栄に思っております」

「え……ああ、いや、退屈で。本陣は」


 シッダールタは仕方なく笑ってみた。それにつられるよう兵達も笑い出した。


「さあ王子、砦へ。狭い所ですがなかなか使いやすい良い砦です」

 ナダ隊長は気をきかしたのか、進み出てシッダールタを誘った。





「何という事だ! シャカ族ごときにこのマガダ国が右往左往するとは」


 マガダ国の首都、ラージャグリハの美しい城で、若い王が見るからにイライラと歩き回っていた。


「ビンビサーラ王、砦一つを奪われただけの事、すぐ取り戻せます」

「何を呑気な事言ってる! あの砦はカピラとの戦のために再築されたものだ。それをいとも易々と……、ガザ将軍!」

「ははっ」


 玉座の前に控えていた武将達の中で、一際目立つ鋭い目つきの男がその均整のとれた体を王の前へ進ませた。


「あの軍神とか呼ばれる小僧、阿修羅とか言ったな」

 ガザ将軍は頷いた。


「おまえもマガダ国一の武将と言われる男。何としてもあやつの首を取れ! さもなくばいかに強大な象軍を誇ろうと、私は安心できん」


「ははっ。我が命に代えましても」

「その言葉、偽りないな。違うでないぞ!」

「はっ」


 ビンビサーラはガザ将軍を険しい目で見下ろした。ことシッダールタに関わると、若い王は人が変わったように血気ばった。


 ――何が末は聖王だ! シッダールタ、阿修羅、カピラ国など私の力でねじ伏せてやる――


 ビンビサーラは手にあった果実を握りつぶした。





 北の砦に日が落ち、空に黄金のゆりかごが揺れる。自室の寝床にねころがり、阿修羅は一人石の天井を眺めていた。無数の穴がまるで夜の星々のように、虚ろな表情の軍神を見つめている。


 ――象軍にもう二度と戦えないくらいのダメ-ジを与えてやりたい。明日の策、はたして上手くいくだろうか。何百頭といると聞くが餌に毒でも盛れれば……――


 考えがまとまらなかった。策そのものが手の打ちようにないほど無謀なものなのか。それとも単に、ふやけた頭に妙案が思いつかないのか。


 阿修羅にはどうも後者のように思えていた。


 ――頭の中で、雑音ががなりたてている――


 深くためいきをつくと、訓練用の剣を手に立ち上がった。その時、何の前触れもなく扉が開いた。


「阿修羅!」


 ナダ隊長達との酒宴を終えたシッダールタだった。


「やっと解放されたよ。ナダもけっこうおしゃべりだな」

「何の用だ。私は今から一汗流しに行く」


 扉から出ようとした阿修羅に、シッダールタは右手を伸ばし、それを制した。


「行くな。話がある」


 これ以上にないくらいのシリアスな表情で阿修羅を見つめるシッダールタ。阿修羅はその有無も言わさぬ様子に仕方なく従う。西の国のものか、鮮やかな模様の椅子に腰掛け、二人は向かい合った。






つづく

第四章が存外に長くなりましたので、当初前後編で更新するつもりでしたが、前、中、後編に編集し直しました。内容は変更しておりません。

今後、物語はさらに盛り上がりを見せていきます。どうぞお楽しみに。

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