91 ゴブリンの流儀
翌日の朝、朝食を『笑う狐亭』で済ませた俺たちは、グァン様の所に戻るべく、王城区を目指して出発した。
まだ日が昇って間もない時間だというのに、獣人区の市場はすでに買い物客や朝食を求めて屋台に群がる客でごった返していた。
半年前にもよく見た光景だが、その時よりも人間の割合が多いように思った。以前は獣人や亜人たちばかりだったのに、みすぼらしい姿をした人間が多くなっていた。
これが戦争から逃れてきた人々だろうか?暗い表情の大人や物欲しそうに食べ物を売る屋台を見る子供などが、獣人たちを避けるように埃っぽい道の隅に大勢いた。
貧民街区の冒険者ギルドのことがすごく気になったが、今日はグァン様とアルム国王の謁見が行われる。俺は後ろ髪を引かれる思いで、市場沿いにある水路の船着き場を目指した。
「痛てーな!!放せよ!!この気持ち悪ぃ緑野郎!!」
後ろで叫ぶ子供の声がしたので振り向くと、ハヤアシがぼろをまとったくすんだ金髪の人間の子供の手をしっかりと掴んでいた。子供の手にはハヤアシの腰にあったはずの皮の小袋が握られている。
どうやらこの子がハヤアシの財布をスリ取ろうとしたらしい。だがハヤアシを狙うとは運が無いというか無謀というか。俺は子供に同情を禁じ得ない。
ハヤアシはゴブリンの戦士の中でもずば抜けた動体視力と反射神経を持っている。自分に向けて別の方向から違うタイミングで打ち出された2本の矢を片手でつかみ取れるくらいなのだ。
初めてそれを見たときは、ス〇ープラ〇ナかよ!って心の中で突っ込んでしまった。そのうち、時間とか止めるんじゃないだろうな。
そんなハヤアシからしてみたら、小袋を狙う子供の手の動きなんか止まって見えたに違いない。
「これには俺の金が入っている。お前がこれの代わりに、俺に何か美味いものをくれるのか?」
ハヤアシがやや聞き取りにくい大陸公用語で子供に問いかける。子供は裸足の足でハヤアシの足を蹴ったり手で体を叩いたりしているが、鍛え上げたハヤアシは何の痛痒も感じていないようだ。
騒ぎのせいで、周囲の人々が俺たちを避けてちょっとした空間ができている。子供は焦ったように叫んだ。
「わけわかんないこと言うな!これは俺の金だ!言いがかりはやめろ!」
「お前の金だったのか。じゃあお前に渡す方がいいな。」
ハヤアシはそう言うと、あっさり子供の手を放してしまった。子供は驚いて自分の手の中の小袋とハヤアシを何度も見た後、ハッとしたように駆け出して人垣を抜けようとした。
「そんなわけないだろうが、この手癖の悪いガキめ。」
スッと横から腕を出して逃げる子供の襟首を掴まえたのはシャリーフだった。シャリーフはあっという間に子供を取り押さえるとハヤアシに小袋を投げ返した。
「心配して見送りに来てみれば案の定、厄介ごとに巻き込まれてやがる。このガキは俺が衛兵に突き出しておくから、お前らはもう行け。」
子供は地面に押さえつけられたまま放せ放せと暴れていたが、シャリーフの「衛兵に突き出す」という言葉を聞いた途端、真っ青な顔をして黙り込んでしまった。
「ありがとうシャリーフ。ハヤアシたちには俺からよく説明しておくよ。ところでその子はどうなるんだ?」
「この盗人のガキか?盗みをしたんだから罰を受けるに決まってる。まあよくて鞭打ち20回かな。盗みが初めてでなけりゃ、その後で片手の手首を切り落とされるだろうな。」
犯罪のリスクが高すぎる!鞭打ちというのは鋲の入った重たい革の鞭で背中を叩く刑のことで、子供なら一回叩かれただけで骨が砕けるほどの衝撃のものらしい。
20回も叩かれたら女性や子供はほぼ確実に死ぬそうだ。運よく生き残っても、体に重大な障害が残るらしい。俺とシャリーフの話を聞いた子供は血の気を失い、完全に脱力して静かに泣いていた。
「ちょっと厳しすぎないか?まだ子供じゃないか。素直に反省してるんだったら許してやっても・・・。」
「お前らの世界じゃ盗みとかないだろうから知らなくて当然だが、アルムじゃ盗みをしたら鞭打ちっていうのは、自分で歩ける子供ならみんな知ってることだ。」
シャリーフは泣いている子供を乱暴に立たせると「ほら、行くぞ」って無理やり手を引きずって北門の衛兵詰所に向かって歩き出した。
子供は助けを求めるように周りを見回すが、周囲の獣人や亜人たちは非常に冷ややかな目をしている。彼らにとっては当然のことなのだろう。
「お願いです!謝りますから許してください!俺が戻らないと、妹たちが死んじゃうんです!!お願いします!お願いします!!」
泣き叫ぶ子供をシャリーフは冷ややかに見下ろし「泣いて謝るくらいならはじめからするんじゃねえよ」と吐き捨てた。絶望したように項垂れる子供。
「待て、シャリーフ。その子供を俺の所に連れてきてくれ。」
俺がたまりかねて声をかけようとしたとき、それに先んじてシャリーフを止めたのはハヤアシだった。ハヤアシは続けてシャリーフに言った。
「その子供は俺の持っているものを持って行こうとした。だからその子供のことは俺たちの流儀に任せてもらう。」
「お前たちの?ゴブリン族にそんな流儀があるとは知らなかったな。」
シャリーフに手を引かれて俺たちの所に戻ってきた子供の目に微かな希望の光が灯る。だが続くシャリーフの言葉を聞いてギョッとしたように表情を変えた。
「魔獣もバリバリ食っちまうお前らのことだ。まさかこいつを食う気じゃないだろうな?」
子供が周りを取り囲む俺たちの姿を怯えたように見回す。手足の鋭く黒い爪や長い4本の牙を見て泣きそうになったその子は、俺と目が合った途端気絶した。なんで俺なの?俺なんもしてないよね!?
俺たちはとりあえず子供を抱えたまま『笑う狐亭』に戻った。子供を抱えた俺を見るなり、タサさんが俺に言った。
「・・・俺もさすがに、人間の子供は調理できないぞ・・・。」
いや、食わないから!!皆の中で俺いったいどんなキャラ付けされてるのさ!?
子供を敷物に寝かせてしばらくすると子供が目を覚ました。だが俺が話しかけたらまたすぐ目を回してしまったので、アリスとシャリーフに話を聞いてもらうことにした。
この子の名前はミヒェル。山を隔てた隣国のノルン王国出身で今年で7歳。アルム王国には10日前に着いたばかりだと言っていた。
「ノルンから10日前に着いたばかり!?じゃあ、冬の山脈を越えてきたのか!!」
シャリーフが驚いて声を上げた。ノルンとの国境沿いにある山脈は冬の間、雪と氷で閉ざされるため、通り抜けるのはかなり困難らしい。
ミヒェルは山脈の谷間にある小さな猟師村の生まれだそうだ。秋に徴兵命令が伝えられ、村の若者は男女問わず王都に連行されることになったという。
突然多くの働き手を奪われた村の生活は立ち行かなくなってしまった。ミヒェルの家族も父母兄姉が連行された。残ったのは祖父とミヒェル、そして幼い二人の妹だけだった。
さらに物資の徴発なども行われ、生活は困窮を究めたという。祖父は活路を求め戦火を逃れるため、ミヒェルたちを連れて村を出た。それが秋の終わり頃のことらしい。
経験豊かな猟師であった祖父の導きによって何とか雪が深くなる前に山脈を越えることができたものの、ミヒェルたちを生かすために無理を重ねた祖父はついに病に倒れ、帰らぬ人となった。
ミヒェルは祖父の遺志を継いで妹たちを守るために頑張った。街道を行く親切な隊商に入り込んでその日の食い扶持を稼ぎ、妹たちを食べさせながら何とかアルム王国の王都まで辿り着いた。
だが流れ着いた王都の貧民街は今、多くの難民がひしめき合い仕事や食べ物を奪い合っている状態だった。ミヒェルはその日の食べ物にも事欠くようになり、やがて妹たちは寝込んでしまった。
妹たちに何か食べさせてやりたい一心で市場を回って仕事を探したものの、身寄りのない汚い子供を雇う者などいるはずもない。追い詰められたミヒェルはついに盗みをしてしまったというわけだった。
訥々と話しているうちに泣き出してしまったミヒェルをアリスが優しく抱きしめる。そんなミヒェルにシャリーフが声をかける。
「お前、大地母神の神殿には行かなかったのか?王都内の神殿ならどこでも貧民の救済のための施しをしてるはずだが・・・。」
「貧民街の神殿は人が多くて食べ物が足りないんだ。それに・・・。」
ミヒェルはアリスとシュリをチラリと見た後、言いだしにくそうに言葉を続けた。
「大地母神は『みだらな悪魔のけしん』で、関わると魂が汚れて永遠に地獄で呪われるって、教会の巡回神父様が言ってたから・・・。」
確かに太ももやおへそが丸見えの二人の格好を見たら、ミヒェルが言い出しにくかったのも分かる気がする。シャリーフはそんなミヒェルにすごい勢いでデコピンした。
「そんなもんと妹の命、どっちが大事だよ?それにお前の神様は盗みをした人間でも許して天国に迎えてくださるのか?」
シャリーフの言葉で何も言えなくなってしまったミヒェルは何度も「ごめんなさい」と言いながら、大声で泣き出してしまった。
「ところでハヤアシ。ゴブリンの流儀で何とかするって言ってたけど、こいつのことどうするんだ?本当に食うのか?」
シャリーフがハヤアシに問いかけると、ミヒェルはビクッと体を震わせておびえた目で俺を見た。なんでそこで俺を見るんだい、ミヒェル君?
「この子供のことは、俺じゃなくてガウラが決めてくれる。ガウラは賢いからな。」
ハヤアシがそう言うと、他の戦士たちもうんうんと頷いた。ハヤアシにそう言われた俺はどうすればいいのか考えた。
ゴブリンの流儀か。ゴブリンにとって一番大切なものは群れ。そしてメスと子供。そのためにオスは互いに助け合うものだ。それならば・・・。
「ミヒェル、お前は俺たちの敵か?」
俺がミヒェルに尋ねると、ミヒェルは震えあがってしまった。だがじっと待っていると震える声で「ち、違います!」と言った。俺はそれに頷く。
「さっき市場でハヤアシのものをミヒェルが受け取った。俺たちは仲間でものを分け合う。仲間は助け合わなくてはならない。」
ゴブリンの戦士たちはうんうんと頷く。シャリーフはポカンとしている。俺は続けた。
「だからミヒェルは俺たちを助ける。俺たちはミヒェルを助ける。お前は俺たちを助けるか、ミヒェル?」
俺と戦士たちがミヒェルの顔をじっと見る。ミヒェルはちょっと怯えた表情を見せたが、すぐに決然と目に力を込め俺たちに向かって言った。
「俺が出来ることなら何でもします!お願いです、妹を助けてください!!」
何でもするって(ry。思わずネタに走りそうになってしまった。いかんいかん。
空を仰いで「なんだそりゃ。訳が分からん」と呟くシャリーフはまるっと無視して、俺たちは貧民街のミヒェルの妹たちを迎えに行った。
途中ガラの悪い大男にアリスがからまれかけたが、シュリ姐さんが極小の《闇の打撃》で男を吹き飛ばして撃退した。
周りで見ていた連中とミヒェルは、シュリが触れただけでシュリの倍以上ある男が通りの反対側まで吹き飛んだのを見て、目を丸くしていた。そのおかげでその後は何事もなく移動できた。
「しかし、本当に治安が悪くなってるみたいだな。さっきみたいな連中はこれまでも居なかったわけじゃないが、ずっと質が悪くなってやがる。」
シャリーフが周りを見ながら呟く。自分の育った町が変わってしまったことを嘆いているように見えた。
ミヒェルの妹たちは路地裏のゴミで作った小さな隠れ家の中で眠っていた。5,6歳くらいだと思われる双子の妹たちは目が落ち窪むほど痩せ細り、浅い呼吸を繰り返している。
アリスが癒しの魔法を使うとすぐに二人の呼吸が楽になった。栄養失調から肺炎を起こしかけていたようだ。妹たちの様子を見てミヒェルが安心したように息をついた。ゴブリンの戦士たちが眠っている妹たちを抱え運び出す。
「しかし、こんなところに寝ててよく攫われなかったな。奴隷にされて売られるとかないの?」
俺がそう言うと、シャリーフが呆れたように言った。
「こんな病気のガキ攫ってどうするんだ。それにアルム王国で人身売買は重犯罪だ。関わった奴は問答無用で全員縛り首だよ。」
アルム王国では表向き奴隷の所有や売買が禁じられている。奴隷として入国することは原則できないそうだ。どうしても入国させる場合は、従者や召使として扱うことになっているらしい。俺にはその違いがよく分からんけど、まあ、今はどうでもいいや。
その後『笑う狐亭』に引き返した俺たちは持っている銅貨をすべてタサさんに渡し、ミヒェルたちのことをしばらく預かってくれるようお願いした。
タサさんとタリちゃんは快く引き受けてくれた。俺はミヒェルに、俺たちが戻るまでしっかり妹の面倒を見るように言って、王城へと向かった。
ミヒェルは『笑う狐亭』の戸口に立って、いつまでも俺たちの姿を見送っていた。
「まあ、そんなことがあったんですか。それは大変でしたね。」
グァン様は俺たちの話を何度も頷きながら聞いていた。昼食を済ませた俺たちは、謁見までの時間を待っているところだ。
「王都の治安もかなり悪くなっているようでした。戦争が近いらしいというのは本当なんでしょうか。」
俺の言葉にグァン様は少しだけ頷いた。
「実は今回の謁見もその相談のためなのです。私たちに力を貸してほしいということなのかもしれません。」
「ガウラ、戦争っていったい何なの?」
シュリが俺に尋ねる。俺は少し考えて答えた。
「話し合いで解決できない問題をはっきりさせるための力比べさ。ただしゴブリンの力比べと違って、戦争は多くの人が死ぬことになる。」
シュリやゴブリンの戦士たちが、驚きの声を上げた。
「戦争するのは同じ種族なのでしょう?違う群れ同士で死人が出るまで争うなんて聞いたことが無いわ。なんでそんなことをするのかしら。」
「いろいろ理由があるんだろうけど、それはこれから王様が説明してくれるんじゃないかな。とにかく聞いてみるしかないよ。」
シュリやハヤアシたちはどうしても納得できないといった顔をしていた。彼らが同族殺しを理解できない気持ちは、ゴブリンとしての俺にはすごくよく分かる。
だが同時に人間の心を持つ俺は、戦争は避けようもなく起こってしまうものだということも、十分すぎるほどわかっていた。
そしてもしゴブリン族がこの戦争に加担することになったら、人間を殺さなければならないのだろうかと考えた。
俺はこれまで多くの生き物を殺してきたが、それは食べるためであり生き残るためであった。では今度の戦争で人を殺すとしたら、それはいったい何のためなのだろう?
俺は戦争が恐ろしい。人を殺すのももちろん怖いが、それ以上に人を殺した自分がどうなってしまうのか考えることが恐ろしかった。
慈しみの精霊ウカ―ティアさんを目覚めさせ、魂に取り込んだことで俺は狂戦士の呪いから解放された。だがあの時の感情、生き物を壊したいという強い衝動と欲望を忘れたことは一度もない。
自分の大切な人を自分の手で傷つけてしまうかもしれない。アリスを、シュリを、仲間たちを。強い不安で胸が苦しくなる。
そんな俺の不安を感じ取ったかのように、シュリは俺の目をまっすぐに見て言った。
「私には人間の都合なんてわからないわ。私は群れを、仲間を守る。ただそれだけよ。」
伝令の騎士によって呼び出された俺たちは、国王との謁見に向かう。
国賓を迎える式典のため、謁見の間には騎士たちだけでなく、多くの貴族たちが整列していた。
無骨な城の床に敷かれた敷物の上をグァン様が進むに従って、彼らがゆっくりと頭を下げる。国王は玉座に座るのではなく、その前に立ってグァン様を迎えた。
国王の脇に控えるのは今回の婚礼の主役であるフレイ王太子とマニーサさん。そして宰相のマフードさん、マニーサさんのおじいさんだ。
グァン様がお祝いの言葉を述べ、アルム国王がそれに応えた後、お互いの簡単な紹介やら挨拶やらがあった。
式典が一通り終わった後、俺たちは応接室に移動して今後のことについて話し合った。そこで俺はアルム王国に迫りつつある危機を具体的に知ることになったのだった。
個体名:ガウラ(後藤 武)
種族名:ゴブリンウォーリア
生息地:暗黒の森
装 備:魔獣の黒角
レベル:8(58)
スキル:突撃の極意L2(12) 格闘王L3(13) 短弓術L2 棍棒術L5 登攀L2 潜伏L5 武器防御L6 魔力操作L8 魔力感知L5 咆哮L1
魔 法:影隠L6 点火L7 瞬光L5 自己回復L8 身体強化L8 魔力武器創造L8
耐 性:酸耐性L3 毒耐性L3 石化耐性L2 麻痺耐性L2
言 語:ゴブリン語 大陸公用語
称 号:真の名を持つもの
状 態:狂戦士の魂
読んでくださった方、ありがとうございます。




